85 子どものネットワークを舐めてはいけない。
事実は小説より奇なりということはない。前回から1週間ほどの後の話となります。
子どものネットワークを舐めてはいけない。
わずかな騒ぎだって、暇を持て余した中学生にかかると一大スペクタクルになる。
「聞いた。校舎裏の乱闘事件」
「聞いた聞いた。なんか骨折レベルの大けがをした人がいたんだって。」
「ショックで隣の州の専門病院に入院した子もいたって。関係者は退学なんでしょ。」
「てか、死んだ子もでたって。」
ひそひそと、それでいてどこか他の楽しそうに、噂は広がった。
「当事者の生徒は5人、被害者の女性徒の話だと。校舎裏で持ち物検査から、色々と隠そうとした生徒2人が、居合わせた女子生徒に絡み、それを止めようとした他2名と乱闘になった。結果として男子生徒4人は重傷を負って意識不明、巻き込まれた女性徒も腕をケガしてショック状態。ということらしいよ。」
「なんか、10人以上の大乱闘って話になってましたよ。先生もケガしたって。」
「ええっと、止めに入った先生が、パニックになった生徒に殴られただけだよ。通報があって警察がついたときには、女性徒以外は気絶してたし。」
その駆け付けた警察官であったラルフさんに教えてもらった話はそれだけでもニュースになりそうな規模だった。
だが、生徒へのプライバシーを理由に情報の公開が遅れたこと、持ち物検査で生徒たちの鬱憤が貯まっていたこと、妙な事件が続いていたこと、そういった要素が子供たちの間で、広がり、事実は、尾ひれ背びれをつけられて原型をとどめないものになってしまっていた。当然のように学校も警察も事件のあらましは公開しているが、それすらも陰謀だと、子どもたちはまくし立てている。
「・・・喧嘩なの?」
「うーん、なんというか、あれは、乱闘って感じかな。全員がボロボロで何があったかわからないってレベルだったよ。」
コーヒーを飲みながら視線を動かして考え込むラルフさん。それは何かを思い出しているというよりは、どこまで話すか悩んでいるように見えた。
「子どもが興味をもつのはどうかと思うさね。喧嘩はよくない。それでいいんだよ。」
もっと詳しくと思っていたら、コーヒーのお替りをもってきたローズさんに怒られた。
「学校のことで興味を持つのは仕方ないけどね、こういう面倒ごとには近寄らないようするもんさね。あと、ラルフも聞かれたからってほいほい答えるんじゃないよ。話せないで悟れる子たちさね。」
「「「ごめんなさい。」」」
ローズさんの指摘はごもっとなもので、僕らはうかつな言動を反省し、学校での乱闘騒ぎについての話題は終了した。
平和な田舎町、といっても喧嘩やいたずらはそれなりにある。一連の出来事はそういった出来事の積み重ねが悲しい結果を呼び込んでしまっただけだ。
「であるように、改めて君たちも自分たちの生活を見直し、学生として健全な生活を心がけてほしい。ルールや禁止事項が何故あるかを改めて説明はしないが、意見があるならば先生たちは聞く準備がある。」
校長以下、生活指導の先生などによる一斉放送はこう締めくくられた。
結果として、無理な持ち物検査は中止となり、その代わりに校内に持ち込んではいけないものがいくつも増え、それを保護者とともに確認してサインをもらってくるという宿題が与えられた。
保護者向けの説明会も行われ、学校側の管理体制は、独自のルールで行われていたクラブ活動にまで言及された。結果、校長は今年度をもって退職、さらには外部講師やトレーナーなども雇われ、見守りの体制も強化されるとのことだ。
「なんだか、きな臭い匂いがするなー。」
他がどうかは知らないけれど、うちの学校はかなり特殊なクラブ活動をしている。それを知ったのは「俺」の記憶にあるゲームの設定だ。アメリカを舞台にしているのに、システムが日本っぽいというツッコミがあり、学校の仕組みやシステムに補足説明がはいったというコラムがあった。
そして、それは・・・。
うん、深く考えるのはやめよう。
それはさておき、色々バタバタし日々が落ち着いたころ、僕はリーフさんとともに手芸部を訪ねていた。
「みてみて、これが新作のワニぐるみ、ミステリーバレーの新キャラクターをイメージしたんだ。」
「・・・かわいい。色もカラフル。」
テンションの高い部長さんが見せてくれたのは、9月の入学オリエンテーションで展示予定のあみぐるみの新作だった。
デザインはワニ。デフォルメされた二足歩行のワニながら、長い口とキバも再現されていて中々の完成度だった。パークの土産として売られていても遜色ないクオリティだけど、色がカラフルだった。
「・・・白と黒がかわいいです。」
リーフさんが気に入ったのは黒地ベースと白地ベースのワニだった。黒の方がメスらしく、頭にリボンがついているのがポイント高め。
「僕は黄緑かなー。」
淡い緑色のワニは、まるで配管工を背負う恐竜のようなカラーリングだが目つきが悪い感じがしてちょっと面白い。ほかにもピンクや青などの様々なワニがテーブルに並んでいる。このお披露目は、モチーフの題材をくれたお礼らしい。ネタバレ回避のために取材はオフレコ、ここだけの話という約束なのが残念だ。
「よかったらいくつか持って帰る?いいテーマをもらったからお礼ってことで。」
「・・・ありがとう。あと、販売したら残りも買います。」
「ははは、ありがとう。」
目をキラキラさせて白黒ワニを抱きしめるリーフさんに、部長さんも僕もほっこりする。部長さんは冗談と思っているかもだけど、ここにあるぬいぐるみを買い占めても余裕なぐらいリーフさんのお小遣いが潤沢なのは黙っておこう。
「ホーリー君は?」
「いいんですか、じゃあ、この黄緑のを。」
男でぬいぐるみというのもどうかと思ったけど、リーフさんとおそろいというならちょっと欲しい。
「それか、なかなかいいセンスだね。」
「ええっと、なんか他とは違う感じがして、」
人相が悪い。他にはない特徴を言葉にするのははばかれるが、一度認識すると、もうなんか気になってしょうがない。
「ああ、それは。」
「私が作ったお手本だ。それに目を付けるとはいいセンスだな。」
そういって、部長の横で大人しくしていたミザリーさんが黄緑のワニを手渡してくれた。今回も同席していたのだけれど、初めて話されたのでびっくりした。
「そ、そうなんですか。」
「そうなの、このワニぐるみの基本はミザリー先輩が考えたんだよ。すごくてね、白い糸で骨組みとキバを作って。」
「手芸もデザインも得意なんだよ。こう見えて。」
誇るわけでもなく、ことなげにいう姿は頼りがいがあった。それと、今日は前回よりも機嫌が良さそうに見える。
「ワニのあみぐるみはつくったことがなかったけど、これの応用で恐竜とかも作れると思う。」
「ああ、確かに、〇ッシーみたいですよね。」
「だが、あれにはキバがないだろ。キバを表現するのには苦労したんだ。それと頭の形をワニして二足歩行を成立させるのは苦労したよ。それに」
楽しそうにぬいぐるみについて解説するミザリー先輩の話は専門的な領域にはいってしまい、よくわかなかったが、モノづくりが好きな気持ちはよくわかった。
あと、一週間程度でデザインをして、この数を作る手芸部の実力もびっくりだ。
「ふふふ、ここ数日は部員全員で喜々して作ったからね。ミザリー先輩の教え方がうまいから、みんなすぐ覚えられたの。」
「へえ、それはすごいですねー。」
「既存の技術の組み合わせだよ。大事なのは、技術じゃなくてひらめきと試行錯誤だよ。頭の大きいのやキバの生えたあみぐるみは以前作ったことがあったからね。それを組み合わせただけだよ。」
「その組み合わせるって発想がすごいんですけど。」
「ほめれられたと思っておくよ、部長様。」
言い方はあれだが、その表情は柔らかい。初めて会った時の不機嫌を隠しきれていたない様子だったのはなんだったんだろうか。まるで別人である。
「ふふふ、気になるかい、ホーリー君。」
「えっ。」
「気にしなくてもいい、知り合いもだけど、私の変化に気づいて微妙な顔をするのは何人かいてね。」
「すいません。」
どうやら僕の疑問は顔に出ていたらしい。リーフさんのように表情の変化が少ないのもよくないが、おじさんやラルフさんのように、必要に応じて取り繕える器用さをいつかは身に着けたい。
「君たちにはなにかと縁があるしね。少しだけ教えてあげると、最近、ほんの数日前にいくつかの問題が解決したんだ。おかげで色々と心晴れやかになってね。」
「数日前ですか?」
不謹慎と思いつつ真っ先に浮かぶのは、例の乱闘騒ぎだが。
「ああ、あっちじゃないよ。あの乱闘騒ぎがあった日は、君たちの取材の後は顧問に呼び出されてたんだ。」
「そういえば、あの日でした。怖いですよね。この校舎の裏であんなことがあったなんて。」
「そうだね、壁一枚向こうは何ががあるか分からないなんて、漫画の世界だと思っていたよ。」
部長がそういって視線を向けるのは部室に設置された換気用の窓だった。乱闘事件はその窓の向こう、校舎裏で行われたと言われ、今は立ち入りが禁止され、窓にはストッパーが付けられている。
そこまでとも思うが、人目のつかないところに生徒が行くことを先生たちが怖がっているし、今後は監視カメラも設置されるとか。
「ケガの功名と言いたくはないが、例の事件の所為でストッパーがついたおかげで、覗き見やいたずらの心配がなくなったんだ。」
「なるほど。それはありそう。」
「・・・そうなの?」
リーフさんはピンときていないようだがありえそうな話だ。ゲームとかでも学校探索パートでは、部室などにある備品を使って解決するギミックがあったりしたし、これだけの作品があって、窓が開いていれば、魔が差すなんてこともあるだろう。
「もともと、顧問にはお願いしていたんだけどな。いつまでたっても改善されなかった。それがあの事件が起きたらほぼ即日で取り付けられたよ。」
「そうそう、今までは何だったんだって話ですよ。材料が飛ぶから窓を開けないでくださいって言っても、換気だって、窓全開にしてましたもんね、あの人。」
「ほんとな、たまにきて偉そうにしているわりにハンドメイドの繊細さの分からないやつだ。」
「ははは。」
そこはあいまいに笑っておく。クラブ活動は基本的に外部の講師やトレーナーが担うことが多いが、同好会レベルになると手の空いている先生が顧問をすることもある。だが、あまり熱心な先生ではなかったようだ。
「まあ、それも来年からは変わるらしい。顧問は転勤、代わりにボランティアで講師をしてくれていた人を正式に雇うことになったんだ。」
「へえ、それはまた。」
部活動改革の一環、これはいずれ記事にしても面白いかもしれない。
「そんなわけで、卒業前に愛着のある部活に平穏が訪れた。ならば最後に私も一つ成果を残したいと思ってね。ちょっと張り切ってしまったんだ。」
そういって照れくさそうに髪先をいじるミザリー先輩は、年相応な感じがした。なんだかんだ、彼女も中学生であり、ラルフさんや叔父さん達と比べたら僕たちに近いんだなーと思った。
「・・・むう。」
そんな顔を見ていたら、なぜかグイっとワニのぬいぐるみを押し付けられた。なぜ?
「・・・私もミザリー先輩と仲良くなりたい。あみぐるみの作り方知りたい。」
「いいっすね。リーフさんたちならいつでも歓迎です。なんなら来シーズンはうちで活動しませんか?」
なるほど、今のやわらかなミザリー先輩なら、リーフさんも人見知りをしないっぽいな。彼女が僕や文芸部以外の学友に興味をもつのは珍しい。なにせ、あのジェレイン先輩のことも話題に上がるまでスルーしてたぐらいだし。
「・・・はい、私も作れるようになりたいです。」
「そうか、私も卒業までは基本的に暇をしているから、何時でも来ると言い。」
「ちょ、それは私のセリフですよ、ミザリー先輩。」
「・・・はい、よろしくお願いします。」
ちょこんと頭を下げながらもワクワクしているようすのリーフさん。その姿に僕は感動していた。
1年前、まだ小学生だった彼女は、1人だった。
毎朝の新聞配達で挨拶する以外は、ほとんど話すことはなかったけど、朝の配達と学校以外で見かけたことはなく、表情も少なく、機械的な反応だったような気がする。
そんな彼女が、今、自分で交友の輪を広げようとしている。
友人として、こんなにうれしいこともない。
「・・・ホーリーも一緒にいこう。」
「ああ、うん、新聞部が忙しくない時なら。」
1人だと不安なのか、それとも楽しさを共有したいからか、男の僕を当然のように誘ってくるあたりが、リーフさんだ。まあ、手芸は小学校でも習っていたし、できないよりは出来た方が色々楽しいだろう。
「ふふ、2人ともいつでも歓迎しますよ。」
部長さんは、具体的なことは言わずにそう言ってくれた。いつでも歓迎は本当に言葉通りということなんだろう。いい人だ。そのまま早速とばかりに、リーフさんに毛糸とカギ棒を渡して部長さんは編み方を伝授していた。僕は、簡単なミサンガの作り方を思い出しながら、毛糸と道具を借りた。
そのまま、気づけばみんな真剣になり、作業に没頭してしまった。慣れない僕たちはともかく、部長さんとミザリー先輩なら、おしゃべりしてても問題ないと思うけど僕たちに気遣ってくれたのだろう。
「ところで、今更ながら、聞きたいんだけど、いいかな?」
和やかに作業を進めているとき、ふと、ミザリー先輩が口を開いた。
「やっぱり、ワニは緑にすべきだろうか?」
何を今更と、全員が笑ってしまった。
おまじないから始まってなにかと忙しない日々だったけど、なんやかんや新しい趣味と知り合いができた僕たちの日常は、平和そのものだった。
事実は、事件で塗りつぶされる?
警察が介入するほどの事件なので、もちろん事実は生徒たちや保護者にも公開されています。でも、子どもたちは、勝手に話を膨らませているだけです。




