84 何かに追われるとき、人の心理とは非合理な行動をとる。
ホラーあるあるモリモリでいきましょう。
何かに追われるとき、人の心理とは非合理な行動をとる。
「やべえ、追ってきた。」
「いてえ、いてえよ。」
こちらを追ってくる狂気を目にした彼らは足を速めたいが、恐怖と痛みで思った以上の速度はでない。お互いに支え合っているのはいいが、歩調が合わない。ばらばらに逃げればもっと速く走れる。冷静に考えればそんな判断もできたのだろうが、凶器を持った相手に追われている事実を前にお互いにつかんだ手をはなすことができなかった。
置いて逃げるなんてことを考える以前に、1人になることがあまりに恐ろしかった。
「こっちだ。」
そして逃げ道。状況は女性徒の事情を知っていれば、人気の多い場所へと彼らは逃げただろう。だが、彼らはあえて明るい広場を避けて、視界に入っていた体育用具入れの倉庫へと足を向けていた。
脅威から少しでも距離を取りたい、できれば視界から外したい。そう言う心理から、扉や壁のある場所を目指してしまう。だからどこへ逃げればいいか考えたときに、すぐに目につく場所を目指す。高い場所を目指して階段を登ってしま人間、怪物に追われてトイレの個室へ逃げ込む人間にも似た心理が彼らを更に追い詰める。
小動物が、小さな巣穴や草陰に逃げ込むように、小魚がマグロから逃げる為に四方に逃げていくように。彼らは、逃げるという意思に支配され、その倉庫を目指した結果、人目のない場所を目指してしまっていた。
「馬鹿が。」
女性徒はそんな彼らをあざ笑いながらも、自分の幸運に感謝した。倉庫の鍵はしまっているし、仮に開いたところで、彼らは自ら袋小路に飛び込むにすぎない。棒きれで男2人を制圧するのは苦労するかもしれないが、愛のために行動している自分が負けるはずもない。
念のため、得物を変えよう。
相手を見逃さないと確信した彼女は、足を緩めて周囲を見回す。そして倉庫の近くに落ちていた椅子の足を見つける。やんちゃな生徒が破壊した残骸だが、充分な凶器となる。
「私はついてる。やっぱりこれは運命。」
自らに都合の良すぎる展開に彼女だが、その頭に人を傷つけることへの忌避感やリスクはない。どのように相手を無力化し、見られた事実をなかったことにするか、それだけに思考は囚われていた。
「別にばれてもいいんだよね。」
人間個人の存在を消し去れるとは彼女も思っていない。だが見られたという事実を消すことはできる。また、騒ぎになるかもだが・・・。
「そうだ、メガネ。」
ポケットから赤い眼鏡を取り出し、髪をほどく。
皮肉なことだし、憎たらしいが、そうすれば遠目にみれば自分の姿があのオンナと似ていることは理解している。
「最悪気絶させれば、あのオンナがいたと思わせることができそう。」
これだけの騒ぎになれば、今度こそ彼女自身も疑われる可能性がある。もったいないが髪を切って雰囲気を変える必要がでてくるだろう。
「まあ、手入れも面倒だったし、あの人は髪型ぐらいで人を判断しないよね。」
そう思えば、髪を切ることも悪いことじゃない。疑いが晴れるだけじゃなく、彼の気をひけるかもしれない。普段の距離感が近すぎるせいで、バスケの話ばかりだから、これをきっかけにおしゃれな話をしてもいいかもしれない。
大きな決断だが、それ以上に得るものがありそうだ。明るい未来を想像して、彼女は妖艶に微笑んだ。
だが、現実はそんなに緩くない。いかに人目がないとはいえ、ここは学校である。校舎裏といっても見える場所から意外と見えてしまうものだ。
「おい、そこ、何をしている。」
その声は上から降ってきた。
「あっ?」
血走った目で声の方を見上げ、その後に絶句する。見ていたのは窓から顔をだした教師だった。
「裏庭で騒ぐな、そもそも用もないのに立ち寄るんじゃない。」
上から目線の注意。それは教師なら当たり前なものと言える。
当事者にとっては緊急事態でも、距離を見ればふざけているようにしか見えない。
「すいません、ちょっとはしゃぎ過ぎました。すぐに辞めます。」
声だけで返事をしながら、彼女は目撃されたことは重くとらえなかった。
「ああ、仕方ないか。」
これからの行為で自分が疑われる可能性が高まってしまった。最悪の場合、自分は他の生徒に暴行を加えた犯人として特定されてしまうかもしれない。
「まったく、気をつけろよ。」
言葉とともに教師が窓から顔を引っ込めるのを待って、彼女は少し焦る。
「早く、早く、早く。」
おまじないを見られた事実を消さなくてはならない。
最善は、ばれずに目撃者を処理して、その犯人はあの女に押し付ける。
次点は、目撃者を処理して、暴行の現行犯として補導される。
彼らにセクハラされたなどと、適当にでっち上げれば女子である自分の意見のほうが信用される可能性もあるし、仮に暴行の罪を問われたとしても、反省の態度を見せれば、それほどの罪にはならない。
そうなったところで、彼と自分の絆がほどけることはないだろう。
「消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ。」
だが、おまじないを見られた事実はだめだ。これは消さなきゃいけない。彼との縁がほどけるなんてことは万が一にあってはいけない。縁があれば、幾らでもやり直せる。
なんなら、彼のためにここまでする自分を、彼はもっと好きになってくれるかもしれない。
「消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ。」
教師の声で、足を止めた生徒たち。これはチャンスだ。
「お、おい、やめろよ。先生だって見てたんだぞ。」
「何怒ってるか知らないけどよ、これ以上は」
なんて楽観的なんだろう。
教師の言葉で、冷静さを取り戻して、対話を試みる獲物に彼女は嗤う。
「消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ。」
自分の覚悟も知らないで。
自分の彼への思いも知らないで。
おまじないのルールの重さも知らないで。
「や、やべえ。」
「た、助けて――――――――。」
今更悲鳴を上げないで欲しい。処理が面倒じゃないか。リスクが上がってしまう。
「これは、しばらくお別れかもしれない。でも、ちょうどいいかな?」
彼は近々別の場所へ行ってしまう。それに合わせて自分も街を出ようと思っていた。
今回の件で傷がついてしまうかもしれないけど、問題ない。
縁があれば、彼と自分はいつまでもつながっている。つながっていればまた会えるし、いつかは永遠に結ばれる。
「だから、君たちは消えてね。」
自分の存在で塗りつぶして、見てしまったものを記憶で消してくれればいい。その過程で命が消えてしまっても、それは彼と自分の純愛を汚した愚かさを呪えばいい。
「いやだーーーーーーー。」
「助けて――――。」
うるさい。
そのまま黙らせるべく、彼女は両手の得物を振り下ろした。
使命感と狂気がごちゃませになった人間ほど怖い人はいない。




