81 普通の中学生なら、空気に圧迫されて何も言えなかっただろう。
論破編 引き続き先輩視点です。
普通の中学生なら、空気に圧迫されて何も言えなかっただろう。
だが、ミザリー・アンは、自他共に普通じゃない。
「まず、放課後ですが、私はボブ先生に言われて、雑貨屋に荷物を取りに行っていました。」
落ち着いて、自分の潔白を証明する。まずはそこを目指そう。
「あっ!」
「理科の授業が終わったときに、言われたので、そのまま雑貨屋へ行きましたよね?」
私の言葉に顧問ははっとし、顔を青くした。
「あ、ああ、そうだ。」
「そうですよ、自分は授業の準備があるから、お前が行けって言ったじゃないですか。」
ついでに、顧問のズルをチクっておく。
「ボブ先生・・・。」
「い、いえ、どうしても準備しないといけないことがあったので。」
顧問が顔を青くしたのは、職務違反だったからだ。放課後は、部活動の顧問として活動を見守る、あるいは指導をする。というのは顧問の仕事の一つだ。だが、彼が部活に熱心でないことは周知の事実だ。
「おかしいですね。あなたは昨日、ミザリーさんは部活動に来てなかったと言ってませんでした。」
「来てなかったのはボブ先生では?」
「お、おい。」
面倒なので、放置してきたが、冤罪をかぶせられてまで庇う気もない。
「雑貨屋へ行くときは、ボブ先生から、注文書を渡されましたし、雑貨屋の店員さんに聞けば私がいたことは証言してもらえると思いますよ。まさか、覚えてなかったんですか?」
まるで探偵になった気分だ。まったく楽しくないけど。
「だ、だが、その後はどうだ?ボブ先生がいなかったなら、その後に盗んだってことも。」
「ジェレイン、バカなの?」
先生たちが青ざめて黙っている中、そんなことを言ってきた旧友に思わずそんな言葉がでた。
「なっ。」
「ま、まってくれ、ボブ先生の態度はほめられたものではないが、雑貨屋から部室に戻った後でもロッカールームへはいけるらしい。」
「先生たちは、そんなに私を犯人にしたいんですか?」
録音を意識して、彼女は怒りを隠そうとしなかった。
この場所は顧問が私とのやり取りをきちんと覚えていれば、ありえないはずだった。そうでなくても、落ち着いて他の先生から情報を集めていれば、私が犯人でないことははっきりするというのに。
「そ、そんなことは。」
「ただ、目撃した生徒がいるからな。事実は確認しないと。」
案の定、玉虫色の答えを返す先生たちに、ため息をつく。
「確認しますけど、私が映っていたという動画は、確かに一昨日のことなんですよね?」
次のカードを切る前に、念のため確認をする。なんなら動画を見たほうが早いのかもしれないけれど、あとから言い訳をされても嫌なので確認を先にしただけだ。
「ああ、その生徒の話も、スマホの日付も確認した。一昨日の放課後16時頃だ。」
「16時ごろですか・・・。」
その言葉は、私の潔白を証明するものだった。
「だったら、私は確実に違いますね。」
そう言って彼女は左手を掲げて包帯を見せる。
「私は、一昨日、雑貨屋の帰りにエントランスで転んで怪我をしました。それでそのまま病院へいったので16時は病院で治療を受けていました。」
ケガの功名とはまさにこのことだ。
「清掃員さんと保険室のマルーラ先生から報告はあがってませんか?少なくともボブ先生には、私がクラブをお休みすることが伝わっているはずなんですけど。」
そうでなくても派手に転んでしまった彼女を見ていた生徒や職員は多かった。自分の潔白は、彼らも証明してくれるだろう。
「そういえば、エントランスでケガをした生徒がいたと報告がありましたね。」
「なんでも左腕を縫うほどのケガをして病院へ運ばれたと報告が、君だったのか。」
そういえば、とカウンセラーとソーシャルワーカーが顔を見合わせる。
「・・・なるほど、我々に誤解があったようだ。」
「失礼な言動をしてしまってごめんなさい。」
カウンセラーとソーシャルワーカーはすぐに謝罪してくれた。顧問は顔を真っ赤にして黙っていた。彼にしてみれば、自分の担当している生徒の状況も把握していなかったのだから、いたたまれないのだろう。どちらにしろ、帰ったらラインで彼の醜態を広めてやろう。
「となると、あの動画は別人ということか。」
自分の潔白は証明できた。しかし、この状況に彼女を追い込んだニセ情報は解決していない。
「どういうことなんだジェレイン君?」
うん?どういうことだ?なぜ、こいつに聞く?
動画という証拠。それはかなりの確度があったのだろう。
「え、ええっと。でも。」
「君は彼女が入室した時に、彼女だと我々に合図を送ったね。見間違えるはずがないと。」
カウンセラーの口調は、どこか非難めいていた。責任転嫁にも見えるが、
「動画を見て、その生徒が私だと断言したのは、ジェレインなんですね。」
昔の彼を知っている私には、事情がすぐにわかった。
「ち、ちが、断言なんて。」
「そうやってそっそかしいところは変わらないねー。」
小学校のときも、早とちりや勘違いで友達を悪者扱いして泣かしていたっけ?そんな懐かしい思い出も、自分がまきこまれれば頭痛でしかない。
「か、彼は前もこんなことを?」
「小学校低学年の時の話ですけど。」
彼の名誉のために詳細は語らない。だが、語らないことで、先生たちのジェレインに対する印象は変わっていく。
「ち、ちがう。あのメガネと髪型は、こいつしかいないと思って。」
「我々は何度も確認したよね。本当に彼女かと。」
うざったい。
相変わらずの旧友もそうだし、それを信じてから慌てて体裁を取り繕う先生たちもキライだ。
地味で野暮ったい見た目のせいでなんども揶揄われたり、疑われたりした。自分が陰キャというジャンルにカテゴライズされることもあるけれど。ジェレインのようなクズとその追っかけと同類と思われることが気に食わない。
「動画、私にも見せてもらえませんか?」
この状況で、私の言葉を拒否することができる人間はいなかった。
タブレットに流された動画は、放課後の体育館のロッカーの前を映していた。
その中では、通路の奥からロッカールームへとこそこそと入り込む女性徒が確かに映っていた。茶色のぼさぼさの髪で隠れてその顔ははっきりとわからないが、確かに私と似ていた。何より特徴的なのは、昔から愛用している太目のフレームの赤い眼鏡だった。ロッカールームに入る前にためらいながら周囲を伺う横顔には、確かに赤いフレームが映っていた。
「・・・なるほど。」
手振れで荒い画像であるが、特徴だけみるとその生徒は私とそっくりだった。何も知らなければ、私だって、自分じゃないかと疑ってしまっただろう。
それくらい、似せられていた。
「うむ、となると振り出しか。」
「はっ?」
ソーシャルワーカーの言葉に、イラっと来た。
「そうですね、ミザリーさんでないとなると、他の生徒の可能性を疑ないといけないわけだ。」
「警察沙汰は避けたいところですね、お互いのために。」
こいつらは何を言っているのだろう。
「と、ともかく、ミザリーは関係ないということだ。帰っていいぞ。」
「そうだね、時間を取って悪かった。」
思わずテーブルを蹴り飛ばしたい衝動にかられた。
あれだけのことをしておいて、関係ないとわかったら、はい、サヨナラデスカ。
「ははは、災難だったな。」
そして何より、冤罪というお茶目をかましてへらへらしているジェレインが気に入らなかった。
「ふざけてます?」
自分でも驚くほど、冷え切った声になった。
怒りが恐怖に打ち勝った。理不尽な状況にわずかでも怯えてしまっていた自分が歯がゆい。そしてその状況を作ったジェレインと、先生たちの態度が気に入らない。
「私に冤罪をかぶせようとした、生徒は誰ですか?」
だから、私は真犯人とも思われる、目撃者について追及することにした。
先生たちが信じた理由
1 動画には、ミザリーの特徴的なメガネと髪が映っていた。
2 被害者であるジェレインが、ミザリーに間違いないと証言したから。
3 顧問のボブが、ミザリーに言いつけをしたことを忘れていたうえ、部活動をちゃんと監督してなかったらか、事前にアリバイを証明できなかったから
人災である。




