75 何かと結び付けて悪い方に考えるのは僕の悪い癖だ。
ホーリー君の推理パ―ト (迷走ではないよ。)
何かと結び付けて悪い方に考えるのは僕の悪い癖だ。
気になることをそのままにしておくのは良くない。調べるだけ調べて、行動するときに慎重になればいい。結果として、色々と助かっていたこともある。
「ミザリー・アン先輩。なるほど3年生か。」
あの特徴的な赤い眼鏡を頼りに、新聞部にあった資料を調べてみたら、ジェレイン先輩の相手はすぐにみつかった。新聞部には、各部活動の紹介のほか、Yearbookの作成のための資料と名簿も保管されている。同学年からしらみつぶしに探してみたら、髪とメガネのおかげでミザリー先輩はすぐに見つかった。
「手芸部部員。写真は・・・そんなにないか。」
簡単に手に入る情報は、名前と顔だけ。生徒全員がとる個人写真のほか、スナップ写真など。けれど、ジェレイン先輩との写真はないし、そもそも誰かと一緒の写真が少なかった。これは、交友関係が少ない人に見られる特徴だ。
「転入とかではなく、街の出身、ジェレイン先輩と同じ小学校っぽい?」
数枚の写真には、ジェレイン先輩の出身小学校のロゴの入った文具がいくつかあった。これは学校の創立記念に配布、販売されたもの。よほどのもの好きでなければ持っているのは同じ小学校の出身者だけだ。
つまり、接点がないわけではない。昔からの付き合いがあり、それを校内では隠すために図書館で会っていたといえば、筋は通る?
ただ、本当に本人だろうか?
特徴的とはいえ、赤い眼鏡をかけた生徒はほかにもいるし、はっきりと顔を見たわけではない。
仮に僕と同じように、密会の現場を目撃した人が調べれば、真っ先にたどり着くのが彼女だ。
「考えすぎ・・・。いや、もうちょっとだけ。」
念のため、調べてみたけれど、下級生で赤い眼鏡をかけた生徒が数人いた。けれど一番近いのはこのミザリー先輩だった。
「うん、とりあえず。放置で。」
僕は追求をやめることにした。今は、新聞部の記事のための取材の方が大事だ。
先日の会議で決まった予定通り、学内で流行っているおまじないについての取材。大まかなことは学内SNSアンケートで行い、先生やクラスを部員で分担して取材する。ほとんどが学内SNSで収集したものを編集した内容に落ち着くんだけど、先生や生徒からでた話が意外と面白いので油断はできない。
「そうだね、おまじないと言えば、インディアンにはメディスンマンという治療師がいるんだけど、呪医とも言われていて、薬草や儀式を通して人々を治療していたんだ。その儀式の一つに、スエットロッジという浄化の儀式があるんだけど、それってまんまサウナなんだよね。」
例えば社会教師であるイッシュ先生は、新聞部に協力的で、惜しみない知識を披露してくれる。
「サウナがおまじないだったんですか?」
「うん、そう、浄化と癒しの儀式だったんだけ。蒸気に包まれることで自然と一体化するとかなんとか、まあやっていることはサウナなんだけどね。」
詳細は自分で調べなよ。言葉を端的に説明してくれるのもイッシュ先生は話が上手だ。
「まあ、でも、君らのいう願いごというと、あれだね。「サンダンス」とかがあるね。」
「サンダンス?ダンスってことですか。」
「うんそうだよ。ちなみに話だけ聞くと、ちょっと痛いよ。」
アメリカ・インディアンの大きな儀式である「サンダンス」。サンダンスツリーと言われる木の近くで4日間ほど飲食抜きで感謝の踊りを捧げ、最終日に、サンダンスツリーの木の枝を加工した装飾品をピアスのように身体につなぐのだそうだ。その際に引っぱってちぎった自分の皮を食べることで、願いが叶うというものらしい。
「まあ、これは基本だ。各部族ごとに微妙な違いがあるけど、大まかはそんな感じだね。大丈夫?」
「大丈夫です?」
はい、がんばってメモを取りました。箇条書きで要点をまとめつつ、あとで掘り下げたほうがいいワードには印。念のため録音機で会話は録音してある。
「じゃあ、ドリームキャッチャーってのは?」
「おお、良く知っているね。まああれはお土産ってイメージが強いからねー。」
ドリームキャッチャーというのは、インディアンのお守りだ。網のような形のお守りを枕元も置いておくと、悪い夢を防いで良い夢だけをみせてくれるものだ。
「あれは、インディアンの復興運動のときにアメリカ全土や各国へと広まったと言われている。みためもおしゃれだからインテリアとしてもおすすめだよ。まあ、気になったら社会科室を見に行ってみるといい、実物が飾ってあるから。」
うん、はい。あとで一応写真は撮らせてください。
こんな感じに、思いもよらない視点を与えてくれるので、イッシュ先生は人気者だ。
逆に情報量が多すぎて困るのが、事務員のトラットさんだ。
「おまじない。何年か前も記事にしてたよ。今と昔のおまじないに違いはあるかって記事だったね。」
「へえ、まあ人気なコンテンツですもんね。」
「うんうん、前に取材した子も同じこと言ってたよ。当時はあれだ。日本のアニメがブームになっていてね、その影響で日本の中学生がするおまじないとかが流行ってたよ。」
勤務期間の長いトラットさんは、学校の昔話に詳しい。要注意なのは、数年前の幅が広いので裏取りが必須というところ。あと、具体的な年を聞くと機嫌が悪くなるので自分で調べろ、というのは先輩の教えだ。
「消しゴムや鏡に意中の相手の名前を書いて使うと恋が叶うとか、手のひらに相手の名前を書いて絆創膏をはってみるとかだったね。あのときは絆創膏が売れたって聞いたよ。まあ、今でもやっている子はいるみたいだけど。こういうのは何時の時代も変わらないよ。」
「やっぱり恋愛関係が多いんですね。」
「そりゃ、そうだね。あっそうだ。その日本のおまじないの中には、お百度参りなんてものもあったね、なんでも神社ってところで100回お願いするんだそうだ。それを真似て教会を何度も訪ねる子もいたねー。」
それはちょっと面白い。「俺」の知識でも日本のお百度参りというのはある。願いを叶えるために神社で100回お願いするというものだ。教会でそんなことをしたら、きっと
「めっちゃ怒られてたねー。」
「ですよねー。」
日本の神社は山の上にあるらしい。長い階段を100回も登って願うというのはクレイジーだ。
「あとは、あれかー。」
もうお腹いっぱいなんですけど・・・。トラットさんの話は終わらない。
「願掛けだったかな。あれはちょっと怖かったね。」
「願掛け?」
「うん、そう、神様に願いごとをするときに約束をするんだ。例えば、「今度の試合でレギュラーになれますように、そのために、試合まではビールを我慢します。」みたいな感じ。」
「それって、節制では?」
「だよね、でも、日本ではそういう文化があるんだって。なんでも日本の将軍は、自分がおもらしした失敗写真を飾って、恥をかき続けた結果、日本の支配者になったって。」
「なんですかそれ。」
「ユニークだよね。でもなんだったかなー。たしか「せんじゅさま」とか「りゅうじんさま」って言ってたかな。まあそのあたりはコロコロ変わったね。何年かごとに変わったり、いつの間にか復活したりしていたよ。」
「せんじゅさまに、りゅうじんさまですか?」
「ああ、ごめん、その辺は適当なんだ。なんでも、学校のとある場所で、捧げものをすると願いが叶うってやつだね。まあその場所も毎回変わってたけど。」
まるで悪魔の取引だ。願いの代わりに請求されるのは魂?
「そうだね、血の一滴とか髪を一房とかだったりとか、ああ断っておくけど真似したり、記事にしたりしないようにね。前に学校の新聞で記事にしたときは、真似の果てにエスカレートして大変だったから。」
「えっ?」
「うん、願いを叶えるために、無理をしちゃった子がいたんだ。スクールカウンセラーを筆頭に職員みんんなで見守っていたんだけど、その子は大きな病院に入院して、それっきりだねー。今はどうしているのか・・・。」
「それマジですか?」
「どうだろうね?」
うん、これは僕をからかっているに違いない。僕は、願掛けについて聞いたメモをそっとちぎってゴミ箱に捨てた。
「ふふふ、その方がいいよ。ジョークもおまじないも笑える範疇でやるのが一番だから。」
「ごもっともです。」
そのあとは、当たり障りのないおまじないの紹介ばかりだった。あとで、情報の裏取りをして、わかったことは、一定の周期で似たようなおまじないが流行っていることだった。これは、親や兄弟から聞いた生徒が、その話を友人に話したことで生まれる循環なんだろう。
語り継がれ、実際に使われていく中で、おまじないは時代にあったたものに形を変えていた。
例えば、鉛筆にシンボルを掘るというおまじないは、鉛筆削りが広まるとともに、油性ペンで書くという形に変化していた。ラッキーアイテムは、その当時の流行りの漫画や映画などによって色や形も変わっていた。
そんな中で、おまじないには、二つの傾向が見えた。
一つは簡単にできるもの。消しゴムや絆創膏を使ったお手軽なおまじないなどだ。恋が叶うとか、願いが叶うというけど、その信ぴょう性はジョークレベルで、ほとんどが遊び半分でやっていることが多い。むしろ相手に消しゴムや絆創膏の下を見せて、アピールするあざといことをしている女生徒までいる。
もう一つは、難しい代わりに恩恵が具体的なものだ。トラットさんは言葉を濁していたけど、かつてこの学校では、髪や血を捧げることで願いをかなえてくれるランタンがあったという噂があった。人知れずそのランタンに自分の血や髪の毛を捧げると、願いが叶うという噂が20年ぐらい前に流行ったらしい。その当時、その噂にのめり込んだ女子生徒が心身を壊して街を去ったなんて噂があるけど、そっちはうそっぽい。そのような事件や事故の記録はなく、卒業生が勝手に広めた噂らしい。
噂が広がるのが放置された理由もなんとなくわかる。
そして、噂を広めたい子どもたちは、大人に怒られるギリギリを見極めて、そのルールを考え、そのスリルを楽しんでいるのだ。
「縁の緑」というおまじないが生まれたのもきっとそういう経緯だと思う。
どこかで聞いたようなおまじないに、相手の持ち物という手が届きそうな絶妙な難易度。それでいて、人目につかないように燃やすという不可能な行為。
ある程度分別のある子なら、期待はしても実行しようとはしない。せいぜいが緑の毛糸を入手するぐらいじゃないだろうか。
一連の取材結果を整理しながら、僕はそう結論し、その過程を面白いと思った。おまじないは、それによってかなえたい願いというよりも、おまじないを考えたり、することを楽しむもの。そういう風に考えたことはなかった。
「まあ、記事にできるのは一部だけだけどね。」
願いをかなえるランタンや、縁の緑については記事には出来ない。ただ、何か気になっていたことが納得できたような気がして、僕は満足だった。
ただ一つ後悔があったとするならば、僕程度が思いつくことなら、他の人も思いつくということだ、そして、中にはそれを悪用する人間がいるかもしれないということを失念していたことだった。
ホーリー君、危機察知したはずが、やっぱり怪しげなおまじないに興味をもってしまった。
割と専門用語っぽいので注釈を添えて
Yearbook
アメリカの学校における卒業アルバムみたいなもの。一年ごとに活動の記録をまとめている。
サンダンス
インディアンの儀式。自然復活や和平祈願の最大の儀式




