74 それは、ありきたりといえば、ありきたりな光景だった。
噂のイケメンに熱愛発覚?
それは、ありきたりといえば、ありきたりな光景だった。
図書館に幾つかあるテーブル席。生徒の多くが使うその場所は、閉館間際になると利用者はほとんどいない。図書館は校門から遠く、閉館してからでると色々と面倒だからだ。残っているのは職員や図書委員、あるいは僕らのようなもの好きだけ。
「密会するにはいい場所ってことか。」
「密会?」
「ホーリー君、えっちい。」
「静かにしないと見つかるよ。」
後ろでひそひそうるさい3人に注意しつつ、本棚で本を探すフリをしながら奥へと進む。
「・・・あそこ、昨日と同じ場所。」
ひょいと僕の肩から首を突っ込んでリーフさんが示した場所。そこは、奥まった場所に置かれた小さなテーブル席だった。テーブルとは名ばかりの小さなサイドテーブルに、パイプ椅子が二つ。おそらくは一時的に本を置いておくための場所であるが、周囲から視線がさえぎられるので本好きの間では密かに人気な場所だ。
「ははは、そうか。」
「そうそう、だから。」
そこにいたのは、確かにジェイレン先輩だった。相手の女性は分からない、肩まで伸びた茶色の髪でその顔はよくわからないけど、大きな赤いフレームの眼鏡をかけているのはなんとなくわかる。身長差からやや見上げるような位置関係で自分を見つめる彼女に対して、先輩は優しい顔をしていた。
「わお。」
「静かに。」
交代で顔を出して確認して、思わず感嘆の声がでてしまうのは、ジェイレン先輩があんな甘い顔をしているのが稀だからだ。先輩は有名人だが、スポーツマンだ。練習や試合でチームメイトとふざけることはあっても、普段はクールというか不愛想な顔をしていることが多い。そのクールさも人気ということなのだが、2人の醸している空気は、学校新聞や噂で知る先輩のイメージとは大きく乖離していた。
「てか、今日は結ばないのか、髪。なんならやってやるぞ。」
「ちょ、ちょっとやめてよ。」
おっと、相手の女性の毛先を指でいじって遊んでいる。これは、相当親しくないとできない。
これ以上はまずい。
そう思った僕は、静かに合図を送って、その場を後にした。取材というのは引き際が大事だ。万が一にも見つかってしまえば、どんな厄介ごとになるかわかった物じゃない。それに、どこか踏み込んではいけないという空気もあった。
有名スポーツ選手のスキャンダルを見たファンってこういう気持ちになるんだろうか?
ばれないように図書館の外へと移動した僕たちは、お互いに顔を見合わせた。言うまでもないが、お互いにクエスチョンマークが浮かんでいた。
「いやー、意外。」
「ジェイレン先輩といえば、クールキャラだったのにねー。」
図書館から離れながら、僕たちはひそひそと先ほど見た光景を語っていた。別に悪いことをしているわけでもないのに、声を潜めてしまうのは、場のノリだったと思う。
それだけ、ジェレイン先輩の姿は奇妙な物だった。まさかあの人に限って・・・
「・・・そんなに不思議?」
こてんと首をかしげるリーフさんの言葉に僕は我に返る。たしかに、ジェイレン先輩だって人間で男子中学生だ、ガールフレンドが居て、それを秘密していてもおかしくはない。
「確かにそうだね。有名な人だからそうだと思い込んでた。」
思い込みは良くない。今は、今まで隠していたガールフレンド、あるいは、先輩を射止めた相手の存在に驚くべきなんだろう。
「でもさあ、びっくりはびっくりだよね。」
「うん、何というか接点が浮かばない。」
「熱愛発覚?これってスクープになるの?」
「ホーリー君、特ダネじゃん。」
「こんなの怖くて、記事にできないよ。」
改めて、相手の女性を思い出すが、見覚えはない。茶色の髪は珍しくないし、メガネをかけているとわかっただけで、顔までは見えなかった。ただ、どちらかというと。
「地味だったよね。」
地味というか、印象に残りづらいというか、ジェイレン先輩との接点が想像できない人だった。
なんというか、住む世界の違う2人が逢瀬を重ねている。そんな感じがあった。
「まるで、緑の縁みたいだね。」
「まじ、だとしたら、御利益がやばいじゃん。」
なんだっけそれ?この時、僕は、緑の縁についてすぐには思い出せなかった。
「ホーリー君知らないの?新聞部なのに?」
「いや、新聞部かんけい・・・ああ、なんか最近噂になっているっていうやつ。」
サラさん達に言われた思い出したのだって、そういうおまじないが流行っているということだけ。その方法や、効果などについてはさすがに覚えていない。
「もしかして、緑の縁の効果で、あんな関係になったのかもよ。」
リンダさんの言葉はきっと冗談だと思う。その場の誰もが本気にしていなかった。一先ず、今見たことは、この場だけの秘密にしておこう。誰が言うわけでもなく僕たちは、自然とそういことにした。
だが、数日後、ジェイレン先輩が図書館で女子と密会をしていたという噂は学内に広まっていた。
先に断っておくが、僕たちは広めていない。
「きいた、ジェレイン先輩が。」
「聞いた聞いた、放課後こっそり図書館で密会してたんだって。」
「うっそー、ショック。」
どこからともなく広がった噂。授業の合間ごとに広がったそれは、ランチタイムには、ちょっとした騒ぎになっていた。
「・・・ホーリー?」
「僕じゃないからね。仮にするとしたら、記事にするけど。いや、そっちだってしないよ。」
もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、僕を疑うリーフさんにとりあえず弁明をしておく。
「・・・リンダさんとサラさんも違うって言ってた。」
「そうだよね、あれを見たら、秘密しておきたいって思うよ。」
それとなく探った噂の内容。そこから2人が発信源ではないということは分かっている。
ジェイレン先輩は、放課後は1人で帰っている。それは、隣町のクラブチームの練習に参加しているためで、部活動を早退する日もある。だから放課後にジェイレン先輩を見かけることはほとんどない。
目撃者は、下校したはずの先輩が図書館へ入っていく場面を見つけて、あわよくばお近づきになれないかと思ってその後をつけた。
そこで、図書館の奥のテーブルで、女生徒と親し気に話すジェイレン先輩を目撃した。
驚きその状況を見守っていたその生徒は、不意に先輩と目が合ってしまった。
何か良くないものを見てしまったという思いから生徒は一目散に逃げだした。
大まかな内容はそんなところ。目撃した生徒が誰なのか、そして相手の女性徒は誰だったのか?肝心な部分は不明なまま。だというのに、キスをしていたとか、ハグをしていたとか、先輩の行動にはバリエーションがあった。おそらく尾ひれがついたんだろう。
「リーフさんがジェイレン先輩たちを見たのは、閉館時間ギリギリだったんだよね?」
「・・・うん。でもあれ以来、ジェイレン先輩は図書館に近づいてないって聞いたよ。」
「誰に?」
「司書の先生。」
さらっとすごいことしてるね、リーフさん。毎日のように図書館に通っている彼女の言葉なら、それは確かなことなんだろう。
「でもそうなると、やっぱりおかしいだよね、この噂。」
「・・・なんで?」
「広まる時期が変なんだよ。」
ジェレイン先輩が図書館へ行かなくなったのはわかる。この噂にでてくる目撃者が、友人に話したとして、聞いた人は、僕たちのように興味を持って放課後の図書館へ向かうはずだ。誰かに見られたと気づいた先輩が、行動を控えるというのは当然の流れだ。
けれど、リーフさんの話を聞いて僕たちが図書館を訪れたとき、ジェレイン先輩はまだ図書館にいた。
そして、その時に僕たちは他の生徒を見ていない。だとすると、ジェレイン先輩はいつ、目撃者に気づいたのだろうか?
噂が広まったのは今日になってからだ。リーフさんの言葉を信じるならば、先日から図書館を訪れていないので、噂のように、ジェレイン先輩が目撃されたのは昨日ではない。となると、昨日はなぜ、あそこにいたのだろう。
「となると、やっぱり変なんだよな。もしかすると、」
突飛な考えだけど、目撃者は時間を置いてから噂を広めたと考えられないだろうか?それこそ、ジェレイン先輩が噂の広がる可能性を危惧して、図書館での密会を避けるようになる時間を待っていた?
「・・・考え過ぎじゃない?」
そこまで話すとリーフさんにそう突っ込まれた。
「私みたいに、何日か経ってから、なにかの拍子で話をしたのかもしれないよ。」
「それもそうかもね。」
ジェレイン先輩は校内でも有名な人だ。そんな人が女子と一緒にいるのを目撃したら、誰かに話したくなるもの。そんなゴシップ記者のような考えになっていたけど、僕たちのように、秘密を秘密のままにしようと思ったのかもしれない。
けど。
だとしたら、なぜ?今日になって急に噂が広まったのだろう。
正直言えば、噂の内容には悪意を感じる。不倫をしている有名人のような語り口は、ジェレイン先輩がまるで悪い事をしているかのようだった。
「何か目的があるかもしれない。」
それを調べる義務もメリットもない。先輩はあと数か月で学校を去る。放っておけば勝手に盛り上がり、勝手に静かになっていくような噂だろう。
だというのに、僕はこの一件がすごく気になってしまった。
噂には尾ひれがつくもの、そして、関係を疑われる謎の女子。そこが気になってしまうのはホーリー君の記者魂です。




