70 ベアーハザード1
ペットなワンコな大冒険?
大人組、僕らが勝手にそんな風に読んでいる集団とは、ラルフさんとレイモンド叔父さん、ルーザーさんとロビンさんを中心とした、愉快な仲間たちのことだ。
ルーザーさんのサイト運営を名目に用意された秘密基地めいた地下室。あれこれやっているレイモンド叔父さん達を中心に、街の大人たちがわりと出入りしていたりする。
今回はそんな話だ。
「その情報は確かさね。」
ダイナーローズの店主であり、この街の顔役の1人でもあるローズ。青少年支援活動もしている彼女にとって、この怪しい集団は警戒対象であったが、中身をみれば身体だけ大きい子ども集団だった。
「ええ、まだ仮説段階ですけど。」
真剣な顔で街の地図に書き込みをしているルーザーは、街の境界の一点を指さしながら、タブレット操作して、モニターに数枚の写真を写す。動物のフンと思われるものや、へし折られた木製のベンチなどだ。明らかな獣の痕跡にその場にいた人間は息をのむ。
「例の噂の現場から最短ルートの場所、そこにある民家で見つかったものです。幸いなことに住人の人は不在で家の中に入った様子はなかったみたいですけど、ばっちり足跡もありました。」
「実際に調査したので、間違いないですよ。毛らしきものもありました。」
ルーザーをフォローするようにロビンが袋に入った茶色の毛をテーブルに置く。
「警察でも巡回はしているが、目撃情報はないぞ。ホントなのか?」
腕を組んで怪しんでいる刑事はローガン。彼は自分とローズを呼んだ、ラルフの方を見る。
帰ってきたのは、肩をすくめつつも真剣な顔だった。
「人慣れしてない野生の個体だったと聞いています。この街は隠れらる茂みも多いですし、まだ人間や人間の生活音に怯えているようですね。」
「それなら、街の中にいるのさね?」
「怯えて逃げまわるうちに、どんどん内部に入り込んだんだと思います。猫ちゃんが他の猫の縄張りを避けているうちに家から遠くへ行ってしまうのと似たようなものです。」
「うーん、何かあってからでは遅いな。これだけ証拠があるなら、署長も動いてくれると思うぞ。」
「学校と役所には私の方から声をかけそうさね。できたら、説明についてきてくれるとありがたいけど。」
「じゃあ、僕は。」
「ラルフとレイモンドは俺と来い。ルーザさんとロビンさんだよな、ローズの方を任せる。」
話を理解した2人の行動は早かった。テキパキと指示をだし、そのまま携帯でどこかへ連絡をしだす。
「クマなんて、何年ぶりさね?」
「さあ、少なくとも俺が新米のときから数回もなかったと思うぞ。」
半信半疑、それでも無視できない証拠の数々をもって、街は警戒態勢となった。
という話を僕とリーフさんは放課後のダイナーで聞いた。
「ああいうのは、たまに役に立つから厄介さね。」
いや、僕としては、接点があったことにびっくりだよ。
街にクマが入り込んだらしい。
レイモンド叔父さんから、そのニュースが入ったのは、学校のランチタイムだった。僕らに連絡が来ると同時に街では警戒を促す放送が流れ、学校は休校となった。生徒のほとんどは緊急で下校となり、家が留守の子は、公民館やダイナーなどの大人がいる場所へ避難したり、学校に残ったりと大騒ぎだった。
両親は仕事だし、ラルフさんは巡回に協力しているため、僕とリーフさんはダイナーに避難し、ローズさんからことの顛末を聞いたというわけだ。
「・・・クマってそんなにやばいの?」
「やばいさねー。」
田舎であるため、街から車で行ける距離に山はあり、そこにはクマもいるらしい。その熊が時々街に入り込んで畑や商店を荒らしたなんて話があるらしい。その時は、熊に襲われて何人か亡くなった。というのは、レイモンド叔父さんからの情報だ。
「まあ、一斉に動いてるから、今日中には家に帰れると思うから大人しくしてるさね。コーヒーとドリンクはサービスしてくよ。」
「「ありがとうございます。」」
放課後をローズで過ごすことは珍しくないので、慣れたものだ。僕たちは飲み物を奢ってもらいながら宿題を進めるなどまったりと過ごしていた。
「・・・エメル。」
「大丈夫だと思うよ。なんだかんだ賢いし、ラルフさんが連れ歩いてると思うし。」
「だよね。」
その時の、この会話のせいで、ちょっとびっくりすることになるけど、それはまた別の話。
それは、自分の存在をよくわかっていない。
意識を持った時、暗闇で震える身体は腹が減っていた。何か食べたい。未知への恐怖よりも食欲が勝り這い出したその場所、そこには、のちの主となる強者がいた。
「・・・君は?」
こちらを見下ろす身体。見た目は華奢であるが、内包されている存在感は自分と似通ったものであり、圧倒的な密度を持っていた。
勝てない、逆らってはいけない。とすぐに理解した。だがそれ以上に空腹だった。いっそこの存在に食べられることで、この空腹から解放されるならいいかもしれない。まだおぼろげな意識の中でそう思っていたら、目の前に甘い匂いのする何かが置かれた。
「・・・食べる?」
その言葉の意味を理解したわけではないが、施しであることは理解できた。
それが、チョコレートであり、ペットに与えるべきではないことを知るのはもう少しあとのことだ。
「バウ。」
エメルと名付けられた毛玉は、主との出会いを思い出しながら目を覚ました。
「バウ?」
キョロキョロと周囲を見回して主を探すが、そこが見慣れた乗り物の中であることに気づく。そのまま視線を向ければいつもの場所で、ラルフというオスが乗り物を動かしていた。どうやら寝ている間に連れ出されたらしい。オスの癖に生意気だ。
「エメル?目を覚ましたのか。よく寝てたな。」
こちらを振り返ることなくラルフは、自分に話しかける。謝罪の意志はないらしい。だがこういう場合は食べ物の入手であることも多いので、エメルとしても文句を言う気はない。
「おお、ケダマもいたのか、食え食え。」
今日はもう一匹のオスがいた。ラルフよりも大きなオスは、荒っぽいが会うたびに食べ物をくれるので味方だ。特にこのオスがくれる食べ物は、いつもの食事よりも味の濃く歯ごたえがあるのでお気に入りだ。
「バウバウ。」
独特な歯ごたえを楽しんでいると、優し気な視線をくれる。なんでかわからないが自分の食事を見るのが好きなのが多い。危害はないので無視しているが、落ち着かない。だから、食後はいつも主が恋しくなる。
「バウ?」
「ああ、リーフ君はダイナーだよ。今はちょっとね。」
食べ終えたので、ラルフに向かって鳴いてみるが、帰ってきたのは聞きなれた場所だった。自分は中には入れないが、あそこのメスは美味しい物をくれるので好きだ。
「今は出歩かない方がいいぞ。お前なんかペロリと食べられちゃいそうだ。」
追加の食べ物をこちらに渡しながら、オスが笑っていた。
「たしかに、熊は雑食だ。鹿やウサギなんかも食べるって話だけど。」
「街の犬猫が心配だな。まあ、賢いのが多いし、ゴミ捨て場が漁られていたという報告もあるから、大丈夫だと思うが。」
何やら難しい話をしている。どうやら食べ物を入手しに行くわけではなさそうだ。ならば、自分は主を迎えに行くべきだ。
そう判断して、エメルはグーンと伸びをして、いつものように乗り物の出入り口をみる。
「バウ。」
いってくる、いつものように挨拶して出入りに身体を滑り込ませる。
「あっ、エメル。」
その動きは猫のように柔軟で素早い。走る車から飛びおりたエメルをオスたちは追うことができなかった。
章の合間の番外編でした。
あと一本この話が続いたあとで。
新章に入ります。




