7 お小遣いでダイナーへ行くのは若者の憧れだ。
ダイナーデートって良くない?
お小遣いでダイナーへ行くのは若者の憧れだ。いや子どもかな、親に連れてってもらうことはあっても自分たちだけでお店に入り、好きな物を注文して食べるというのは大人な気分になって憧れる。
「おやおや、ホーリー、女の子連れでダイナーデビューなんてやるじゃないか。」
シックな茶色のエプロンドレスを着たローズおばさん。
「あっ?」
ローズお姉さんが切り盛りするダイナー「ローズ」。この街でダイナーと言ったらここが真っ先に浮かぶ。若者向けにお手頃で山盛りなメニューに、豊富なスイーツ。ダイナーというよりは喫茶店なような雰囲気だけど、メインはランチとデイナーの大盛りメニューなのでダイナーらしい。田舎の街には珍しいおしゃれな雰囲気のこのお店を1人、あるいは同年代の友人と訪ねるのは街のキッズたちの憧れだ。
「いいから、モーニングを二つ。デザートはあとで考えるから。」
「あいよ、飲み物はどうするさね。」
「僕はコーヒーで、リーフさんは。」
「・・・コーヒーはちょっと。」
「それならオレンジジュースにしとくといいさね。まあ、残り少ない夏休みを楽しんでいきな。」
そう言ってテーブル席に案内され、席に着くとほぼ同時に、ハムエッグサンドとサラダのモーニングが運ばれる。作り置きを出すだけとはいえ、仕事が早い。
「スープは今温めるからちょっと待つさね。」
コーヒーとオレンジジュースを運びながら、ローズさんはカウンターへと引っ込んでいく。そんなに広くない店内だというのにこの俊足、そして、ローズさんの年齢は、この街の謎の一つである。
「すごい。」
それは提供の早さかボリュームか山盛りのサラダと厚切りのサンドイッチに、コーンスープ。これで1人10ドル、15歳以下は半額扱いなので2人で10ドルというのだからお得だ。
「食べ切れなかったら持ち帰りもできるから。」
「・・・う、ううん、大丈夫。」
女の子が食べる量としてはどうなんだと思ったが、リーフさんの目はキラキラしている。なんだかんだ、成長期というか、たくさん食べる年ごろらしい。フォークでサラダをもきゅもきゅ食べる姿は、普通の女の子で、彼女がラスボスだと訴える「俺」の情報を疑いたくなるほどだ。
「おいしい、このドレッシング、初めて食べる。」
「そうなんだ。」
「ホーリー君は良く来るの?」
「そんなに。叔父さんが遊びに来たら連れてきてくれるぐらいかなー。」
「叔父さん?」
「うん、新聞記者をしていて、取材であっちこっちへ行ってるんだけど、時々帰ってくるんだよ。配達のお手伝いも叔父さんの紹介なんだ。」
「そうなんだ。素敵な叔父さんだね。」
「・・・ありがとうございます。」
にこりと笑うリーフさんにドキッとした。前髪が長いので目元は見えにくいけど、料理と会話を楽しんでくれているようで、純粋に嬉しくなる。
「えっと、リーフさんは外食とかするの?」
「ほとんどないかなー。パパは仕事があるからって、家から出たがらないの。基本的には宅配とかデリバリーばかり食べてる。だからお皿に盛りたての食事って久しぶりかも。」
「そうなんだ。忙しいんだねー。」
父子家庭ならではの話とも思うけど。
「あれか、お嬢ちゃん、リドルさんとこの娘さんさね?」
「は、はい。リーフ・リドルと言います。」
「ちょっとローズさん、いきなり。」
「いいじゃないか。モーニングめあての客もはけたから暇なんだよ。あっ、お嬢ちゃん、オレンジジュースのお替りはいるかい、サービスしとくよ。」
「・・・ありがとうございます。」
ピッチャーを片手に割り込むローズさん。するりと会話に入ってくるのも手慣れている感じがある。
「俺もコーヒー。」
「飲み過ぎたら寝られなくなるからやめときな。」
でも、これってチャンス?ローズさんのようなコミュニケーションお化けなら、リーフさんの現状を聞きだせるかもしれない。
「まあ、最近のデリバリーもいいものが多いけど、サラダとかサンドイッチなんかは好みで作ってもいいと思うさね。」
「料理をして、万が一ケガをしたらどうするんだって、パパが。」
「なるほどねー。噂通り過保護な人なんだねー。やりすぎな気もするけど、家の問題だからあんまりいえないけど、簡単な料理ぐらいならこの本を読むといいさね。」
いや、懐に入るのが早いなーおい。
「なるほど、本か。今度読んでみます。」
「包丁とか使わなくてもいいのもあるから、そういうのを買ってもいいさね。あと、うちもデリバリーしているから、このサラダを食べたければ、いつでも連絡しな。」
「わあ、というか、このドレッシングは市販のじゃないですよね。すごくおいしいです。」
「なかなかいい味覚をしてるじゃないか、そいつはうちのオリジナルさね。」
そのまま料理の話やらなんやらで盛り上がるリーフさんとローズさんをコーヒーを飲みながら見守った。決して会話に入れないからだとかじゃない。会話を聞いて、リーフさんの現状を見極めるために集中しているのだ。
「・・・あっすいません。」
「あっちだよ。」
と不意にリーフさんが席を立ち、店の奥へと言ってしまう。お手洗いだろうか?
「で、ホーリー、あのお嬢さんとはどんな関係なんだい?」
パタンと扉がしまったタイミングでローズさんはニヤニヤ。いやわりと真剣な顔で僕を見ていた。
「クラスメイト?小学校で同じクラスだったんだよ。あとは新聞のお得意さん。今日は御駄賃の日だったから、ダイナーデビューに誘ったんだ。」
「そうかい・・・。そいつはいいことをしたね。お小遣いで女の子に奢るなんてませてるじゃないか。」
「それほめてないよね。」
真面目と思ったらニヤニヤとこちらをからかうローズさん。
「別にたまたまだから。」
「たまたまか。じゃあ、お前さん、あの子の家での様子とかは知ってるのかい?」
「えっ?」
また真剣な顔になり、声を潜めてローズさんは俺に告げた。
「あの子、たぶん虐待されてるさね。」
「はっ?」
「詳しい事はお前さんには早いさね。ただ、肌の色とか痩せ具合、それに色々と、私みたいに見る目のある大人にはわかるレベルでね。」
さすが年の功。同年代の友人も、学校の先生も気づかなった兆候をローズさんは見つけたらしい。
「そんな、まさか。」
「まあ、詳しくは大人に任せな。とりあえず、お前さんは彼女に付き添ってあげるといい。できるかい。」
コクコクと俺はうなずいた。声にしたらリーフさんに聞こえてしまうかもしれない。いや、リーフさんを取り巻く何かに悟られる可能性が怖くなってしまったのだ。
でもこれは言わないといけない。
「ローズさん、くれぐれも気を付けて、ウッディ・リドルはかなりやばいと思う。1人で家を訪ねるなんてことは絶対。」
「しないから安心しな。相談所と警察署の連中に声をかけていくからダイジョブだよ。まあこういうのは慣れてるさね。」
ローズさんはホントに手慣れている様子で、リーフさんがもどってくるタイミングでカウンターの奥へ引っ込み、どこかへ電話をかけ始めていた。
「リーフさん、デザートはどうする?おススメはアップルパイなんだけど。」
「いいの?」
「うん、初来店の記念ってことで、ローズさんがデザート一品サービスしてくれるって。」
「うう、ううーん。わあ。」
おごられることに戸惑いがあったみたいだけど、デザートメニューを見せたらすぐに目を輝かせて、食い入るように見始めてしまう。
虐待云々はわからないけど、こういう楽しみが少なかったんだろうなって思うと、たくさん食べさせたいと思ってしまう。予算はそんなにないけど、今日は彼女が満足するまでおごってあげよう。そう思えてしまうぐらい、僕はリーフさんに肩入れしてしまっていた。
用語補足。
ダイナーはアメリカとかにある簡易食堂、レストランのことです。映画とかでパイとかを食べるイメージがあるお店。




