6 よく考えたら女の子と話すってどうすればいいの?
僕は、中学入学直前の思春期ボーイです。
よく考えたら女の子と話すってどうすればいいの?髪型とか服をほめるんだっけ?
「・・・。」
ほら、もう会話が詰まってるじゃないか。このままじゃ立ち去らないといけなくなってしまう。
「ええっと。」
何かを話さないといけない。そして、彼女の状況を把握して悲劇を防ぐ。
いや、それ以前に会話を続けることのハードルが高すぎる。もうだめだ、何を話したらいいんだ。
「ええっと配達はいいの?」
「あ、うん。今のルートはここで終わりなんだ。」
「へー。」
嘘です、このためにルートを少し遠回りしました。自転車のおかげだけど・・・、いやまて、なんか僕変態ぽくない?
「・・・ねえ、新聞配達って楽しい?」
「えっ、うーん。」
と思っていたらリーフさんが話題を振ってくれた、目元が隠れているいのでよくわからないけど、じっとこっちを見ているということは、会話を期待してくれているってことでいいのかな?人付き合いは苦手とか聞いてたけど、気を使ってくれてる?それとも実は会話に飢えてるとか?
「楽しいとかは別として、やりがいはあるかな。新聞を待っている人に届けるのは。あと御駄賃もでるし。この自転車も自分で買ったんだ。」
「へえ、すごいね。」
そんじょそこらのママチャリやキッズ用自転車ではない。僕の自転車はクロスバイクと言われれるオフロード向けのバイクだ。雑誌を見て一目惚れして買ったものだ。
「タイヤが他のよりも太くてね、パンクもしづらいから山道とかも走れるんだ。」
「そうだね、たしかに他の子のよりも太いし大きい。」
興味をもったのか、タイヤと僕を交互に見比べるリーフさん。何か言いづらそうなのは、きっと似合っていないからだ。分不相応な自転車に乗っている自覚がある。なんなら、ゲーム内でラルフさんがサイズ調整してのりまわしていたっけ?
「そうだ、ゲーム?」
「うん?」
思わず口にでてしまい、リーフさんが首をかしげる。
「え、ええっと。リーフさんはゲームとかする?新聞配達ってゲームみたいな感じなんだよね、時間内に、決められた件数をどう配るか、そんな感じに最初は色々楽しんでたんだけど、結局は最初に教えてもらったルートでやるのが一番早いってなったんだよねー。」
「そうなんだ。」
「でも、デブネコとか障害物が移動していることもあるから、街の風景が面白いと思ったことはある。花とか鳥とかの変化は面白いよねー。」
「・・・それは分かるかも、ネコさんって毎日ちょっとずつ移動しているんだよねー。いつ動いてるかわからないけど、毎回場所が違うの。」
「そうそう。」
あれイイ感じない?というかわりと話が合うな。
「リーフ、何をやっている。」
そんなことを思っていた、不意に、冷たい声が僕らに届いた。
「・・・パパ、新聞を受け取ってたところ。この子はホーリー、学校の・・・。」
「友達です。夏休みで、久しぶりに会ったのでちょっと話をしてました。」
言い淀まれる前に、僕はそう言って彼女の前に立っていた。
グレーのビジネススーツに、オールバックでガチガチに固めた髪と黒ぶちの眼鏡。神経質そうにテラスの手すりをトントンと指でたたきながら、石ころを見るように冷たく無機質な目を向けてくる。清潔感のありすぎる格好が、この街では逆にめずらしい。
「そうか、それはいいが今日は大事な話があると言っていただろう、ほどほどにしておきなさい。」
ウッディ・リドルの姿は「俺」の記憶と寸分たがわぬものだった。見た目はクールな紳士を装いつつも他人を物のように見下し、失った妻を復活させるという妄執に囚われ、娘を実験台にする。
こいつはやばい。
「ねえ、リーフさん、その大事な話って今すぐなの?」
「ううん、夜に話すってパパは言ってた。」
後ろで申し訳なさそうに身を縮こませるリーフさん。その姿を見て、僕は間に合ったんだと希望と怒りをもった。
思えばリーフさんとは配達のときに偶に挨拶を交わす程度の関係だ。
「そうか、じゃあ、今日は暇だよね。一緒にダイナーへ行かない。あそこのアップルパイは美味しいんだよ。」
「えっ?。」
「あれ、リンゴだめ?ブルーベリーパイとかもあるし、今日はバイト代があるから奢るから。」
「あ、ちょっと。」
答えを聞いている場合じゃない。答えを待っていたら恥ずかしくなって、やっぱり、なしってなりそうだった。僕は戸惑う彼女の手を引いて、そのまま駆け出した。
「じゃあ、ちょっと遊びにいってきまーす。」
「なっ、きさま。」
「ほら、リーフさんも。」
「あっ、パパ、いってきまーす。」
突然の行動に、ウッディ・リドルは驚き顔を赤くしていた。しかし、特別な予定もない子どもが出かけるのを止めるのは、親として不自然だ。こちらはダイナーと行き先を告げている。
「え、ええ。」
「だって、夏休みなんだよ。もうすぐ中学校にあがるんだから、外食ぐらい平気だって。」
状況に理解が追い付いていないリーフさんの手を引いて、僕はどんどん歩いていく。
「で、でも自転車。」
「いいよ、帰りに拾うから。あっでもごめん、終了報告に新聞屋には寄らせて。」
「う、うん。」
我ながららしくない行動だ。同級生や町の人が見たらたくさんからかわれることになる。
「・・・意外と強引なんだね。」
「じつは、1人で甘い物を食べる勇気がないんだ。ほら、男の子って。」
「ふふ、なにそれ。」
強引なナンパになってしまったことは彼女も分かっているのだろう。けれでも繋いだ手が振り払われる様子はない。きっと彼女も退屈していたに違いない。少なくとも先ほどの会話ではそう感じた。
「次のバイト代が入ったら、甘い物をたっぷり食べるって決めてたんだ。」
ちなみに、ダイナーに向かう道中、ウッディ・リドルが追ってくるなんてことはなかった。あれだけ神経質そうに娘や僕の事を見ていたのに、彼は庭先からこちらを睨むだけで追ってこなかった。
(やっぱりゲームと同じなんだ。)
そんな様子に、リーフさんは不思議そうにしていたけど、「俺」には朗報であり悲報であった。
RCDのモンスターや敵には明確なルールが存在する。銃弾では死なない代わりに水を浴びれば死ぬスライムに、特定の音に反応して襲い掛かってくるゾンビ。その設定は様々なだけど一番多いのがその行動範囲だ。強いモンスターやボスほど一定のエリアから移動することはできず、その境界線を利用したハメ技なんてものも存在した。「ナワバリシステム」なんて言われていたものだ。
ウッディ・リドルもその例外ではなく、彼は、2年前に娘にリドルを投与してから、自宅の敷地から出ることができない。そういうルールを自身に課している。けどリーフさんにはそういった縛りはない。だから、こうやって彼女とウッディ・リドルを引き離すことができた。
突発的な思い付きだけど、うまくいった。上機嫌のまま歩く僕は、店長にからかわれるまではしっかりと手をつないだままだった。
わりと無鉄砲な少年でした。
ちなみに、ホーリー君が連れ出したタイミングは最悪の一歩手前の最善だったりします。




