59 大量の段ボールとコンテナが並ぶ倉庫で男達は密会していた。
オーナーの予感は的中してました。
大量の段ボールとコンテナが並ぶ倉庫で男達は密会していた。
「今回はまた、派手に動いたな。」
「だからこそですよ。こういうのは大胆に動いたほうが疑われないものです。別に悪い事をしているわけではありませんし。」
「確かに、悪い事をするのはこれからだ。」
呆れた様子の顧客に対して、ジョンはにんまりと笑って見せた。
ジョン・ガーデンは商人である。彼の経営している企業「ガーデン」は玩具メーカーであるが、その収益の大半は様々な商品やサービスの流通を仲介業によって得たものだ。
玩具やキャラクターというものは国籍や言語の壁を越えて人気な物が多く、それらを取り扱っているジョンは様々な場所で歓迎される。それらで得た伝手を使って様々な商品や情報を入手し、他の顧客に提供する。それを繰り返して、そこそこの財を気づいてきたとジョンは自負している。
ジョンの人生の楽しみは金儲けで商売だ。使える商品を仕入れ、求める人間に提供する。そうやってお金を増やして更に大きな取引をすることに至上の喜びを感じていた。モノがともなう金儲け、輸送や保管の手間や売れ残りのリスクも含めて自分の天職と考えている。株やFXといった金だけの儲けは邪道だと思っている。
商人たちもの、顧客の求めるものを準備して儲ける。ジョンは自分は、純粋な商人であると自負している。純粋だからこそ、顧客が求めるものはあらゆる困難を超えて用意するし、顧客がその商品をどう使うかは考えない。
そんなわけで、彼の顧客は多岐に渡り、中には、人目を避けて取引をしたいと希望する。特殊なお客様もいる。
レオを名乗るこの大男はそんな顧客の1人だ。
そんな顧客のために、秘密裏に取引ができる場所が欲しかった。そのために多額の出資をして、アシストンバレーの倉庫の一部を借り上げたのだ。マルケットオーナーが懸念していた秘密の取引の隠れ家として利用するのに、遊園地というのは便利な場所であった。
もちろん、出資の理由として挙げた、業務提携も自分たちの商品を売るための計画も実利のあるもので、そちらでも充分な利益を上げる自信はあった。表で儲けてこそ、影が大きくなるのだから。
嬉しい誤算だったのは、集配用に専用の入口まで融通してくれたことだ。おかげでアシストンバレーの関係者の視線を気にすることなく商品を運び込むことができ、顧客もストレスなく来訪できた。。
(何かあったときに、自分たちは無関係だと主張するためでしょうけど。余計な邪魔をされないだけありがたい。)
マルケットオーナーが自分を疑っていることをジョンは理解していた。だがその疑惑すらも手札にして活用する自信があった。実際、資金援助の見返りとしては、十分すぎるスペースと安全な出入り口を自分たちは得たのだ。
「で、物は。」
「こちらに。」
レオの催促に苦笑しつつ、倉庫の一角に案内したジャックはダンボールの一つを開ける。中には緩衝材とビニールに包まれたぬいぐるみがたくさん入っていた。
「去年から売り出している当社のマスコットキャラ、パンプキンマンです。コンニチワ、パンプキンマンダヨ。好物はミートパイ。」
おどけた口調でへたな腹話術を披露するがレオの表情はぴくりとも動かなかった。
「で?」
「いやいや、これでもお子様には人気なんですけどねー。このパンプキンマンは、ポーチにもなるんですよ、手に取ってお確かめください。」
ジョンは包装と破って、背中のファスナーを開いて見せる。
「意外とモノが入るんですよ。」
差し出されたぬいぐるみを受け取り、レオは中身を確認する。そして、その口の端がわずかにあがる。
「なるほど、結構な容量で使いやすそうだ。」
中に入っていた白い粉末、それが何か尋ねないのは、ジョンへの信頼だ。
「このぬいぐるみは、防水と保護がしっかりしているので汚れに強いですし、水に落としても中身は濡れないのでお風呂に持ち込むことだってできるんですよ。」
「よくできているものだな。」
見た目は子ども向けのおもちゃにしか見えない。だが、その生地は特別製で中身を悟らせない。その技術が、X線検査やレントゲン、犬の嗅覚すら誤魔化すほど有能なことは、依頼していた品がこの倉庫に揃っていることが証明している。ただのぬいぐるみにずいぶんと手間をかけたものだ。
「最近は、なにかと厳しいですから。こういったニーズも多いのですよ。」
このぬいぐるみは、ジョンの自信作の一つだった。玩具としてのニーズに応えつつ、安全に商品を持ち運べる。キャラクターの人気がでればどこにあっても違和感がなくなる。そうなれば・・・。
「今回はこれでいいとして。事前に話してた「アレ」は本当にあるのか?」
仕入れ分の品質に満足したレオは、ぬいぐるみをダンボールに戻しながら、どこか期待した様子でジョンに訪ねた。
「ええ、それは、此方です。レオ様はお得意様ですから特別にお見せいたします。」
ニコニコと笑いながらジョンは、倉庫の更に奥へとレオを案内する。
たどり着いた場所は変わらずダンボールの山の中、しかし他と比べて奥まっており周囲からはより見えにくい。絶妙に調整された死角であることにレオは感心しつつ、ダンボールの一つを取り出すジョンを見守る。
「これはさすがに、ぬいぐるみに入りませんから。御内密にお願いしますね。」
そう念押しして開けたダンボール。その中には緩衝材に埋もれたトランクケースが入っていた。緩衝材をどかしながら取り出したジョンは、素早く暗証番号を打ち込みケースを開ける。
「ほう。」
中にある蛍光色の液体アンプルを見て、レオは感嘆の声を漏らす。
「やり手だとは思っていたが、まさかこれを入手するとはな。」
真偽はともかく、これを仕入れて販売しようとすることに、感心を覚えずにはいられなかった。
「入手できたのは、ごく一部です。ですが、本物な事は証明できます。」
そう言ってジョンは手渡したタブレット、そこにはこの場所で、それを使うジョンの姿が映っていた。
「三日前の実験です。もしご希望なれば検体の方もお見せ出来ますが。」
「いや、いい。信用しよう。」
映像はそれだけ劇的な物だった。
頑丈なケージの中に閉じ込められていたマウス。ジョンはアンプルから一滴だけ液体を皿にたらして与えた。飢えていたのか、マウスは皿に飛びついてその液体を舐め回し、興奮したように走り回り、やがて力尽きて気絶した。
その後の変化は劇的だった。
死んだのかと思うが、その腹は呼吸によって激しく上下し。突然風船のようにその身体が膨らみだす。皮膚はひび割れて筋肉がむき出しになり、爪やキバが鋭くのびる。最終的には中型犬サイズになったマウスはすくっと起き上がり、狂ったようにケージに体当たりし脱出を図った。頑丈なケージはびくともしないが、その光景は出来の悪いのホラー映画のようだった。
やがてケージが破壊できないとわかるとマウスは中央で丸くなって眠りだす。するとビデオの逆再生のように皮膚が再生し、むき出しの筋肉を覆っていく、最終的には、巨大なマウスがケージで大人しくしていた。
「巨大化に伴って知識も上がっているようです。危険は冒しませんし、ある程度はこちらの命令を理解できるようですね。まあ腹が満ちている間だけですが。」
まるでペットでも紹介するように平然としているジョンに、レオはうすら寒いものを感じた。
「リドルもお前にとってはただの商品なのか。」
裏社会に通じているレオをしても、リドルの実物と出会うのは初めてだったし、ここに来るまでは、その存在を疑っていた。
リドルという薬物は、裏社会でも都市伝説のようなものだった。強い強心作用と回復力をもたらすこの劇薬は、死者すらも甦らせると言われ金持ちたちがいくらでも金を積んでも所望する不老不死の薬。その実態は、生物に驚異的な変化をもたらし凶悪な生物兵器を生み出す劇薬だ。
アンプル一つを流出させれば現地の生物を狂暴化させ、拡散される。真偽は別としていくつかの都市がリドルによって汚染され滅んだという話もある。
まるで出来の悪いコミックのようなお話だが、ただの一滴でマウスを巨大化させる動画を見せられれば、噂が消えないことも、求める人間が多い事もうなずけてしまった。
世間の裏側で過ごした経験が、レオにこれが本物であると確信させた。
他ならぬ、ジョン・ガーデンが用意したというのも大きい。著しく倫理観の欠如した男だが、信頼できる商人だ。顧客を欺くことはなければ、偽物を掴まされるなんてこともない。
リドルという危険な存在も、面白い商品が手に入ったという気持ちなのだろう。
「ものがものだけに、オークションによる販売になりますが。」
「それは聞いてる。理解もしている。」
自分に実物と検証映像を見せたのは、宣伝と価格のつり上げが目的だろう。より高い値段で、いやより需要のある顧客を選ぶために、オークションという形式をとるのがジョンらしいと思えた。
「いいだろう、知り合いには声をかけてやる。だが、競り落とすのは俺だ。これは俺たちの目的にこそふさわしい。」
「ありがとうございます。詳しい日程は改めて連絡させていただきます。」
ニコニコと笑顔で握手を求めるジョンに、レオはしぶしぶ応じた。
レオと彼の仲間なら、ここの物資を力づくで奪うことも可能だ。だが、それをするとジョンという貴重な供給元を失うことになる。だからこそ、裏社会の人間達は、ジョンへは手をださない。むしろ、そんなチョンボを他の組織がしないように、お互いが牽制しあっているぐらいだ。
「よろしくお願いいたします。」
すべてわかっている。言外にそういって余裕そうなジョンの顔を、レオを忌々し気ににらみつけるのだった。
倉庫、違法な商品、ネズミそして餌枠の悪人たち。何も起こらないはずもなく・・・。
ジョンなのか、ジャックなのか、プロトで迷っていたから、書いててごっちゃになってしまう。ジャックがひょっこりいたら、それは誤字です。




