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リドル・ハザード フラグを折ったら、もっと大変な事になりました(悪役が)。  作者: sirosugi
RCD4 2024 3月

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58 久しぶりに微笑ましいお客さんたちだった。

 忍び寄るあの影。

 時系列的には、ホーリー達が遊園地へ遊びにいったその後です。

 久しぶりに微笑ましいお客さんたちだった。

 趣味であり、業務である施設の巡回から戻ったマルケットは、ゲストたちの姿を思い出して微笑ましく思っていた。

 アトラクションの多さはアシストンバレーの売りの一つである。だが、そのためにチケット代は少しずつ高くなり、少しでも元を取ろうとして、せかせかと歩き回っているお客が多い。インターネットや書籍などでも、効率的な回り方やコスパ重視の評価が多く、パーク周回RTAなどという動画もあるぐらいだ。

 もっとゆったりと楽しんでほしいというのがマルケットの本音だ。

 だからこそ、ベンチでのんびりと次の計画を立てているゲストを見たときは、ほっこりとした。

 黒髪の少女は、ポップコーンをもきゅもきゅ食べながら、動物園やアトラクションの感想を言い同行していた少年や大人たちも楽しそうにそれを聞いていた。きっと彼女は初めての遊園地だったのだろう、話す様子や漏れ聞こえる感想は、純粋で率直なもので、近くに居合わせた他のお客も表情を綻ばせていた。泊まり込みで遊びきているというのもあるが、ゆったりのんびりと楽しんでくれているのが、すごくうれしかった。

 それと、自分の正体をすぐに見抜いた少年。彼は特に愉快だった。

 黒髪の彼女の希望を最優先にしながら、最適なルートを選びエスコートしているのは、準備をがんばったのだろう。だが、その常に視線が動き回り、花壇や建物などの作りに目を輝かせていた。そのどれもが、オーナーである自分が設計段階から関わりこだわった遊園地の仕掛けではあるが、一般には公開しておらず、知る人ぞ知るアシストンバレーの魅力だった。それに気づいているであろう少年の観察力に舌を巻き、自分の隠れている場所にも視線が向いたときひやりとした。

「明日も会ってみたいものだ。」

 そんなことを思いつつ、隠し通路を抜けて、執務室に戻る。そこにはしかめっ面をした幹部がソファーで、いらいらと身体をゆすっていた。

「オーナー、また巡回ですか。」

「ああ、今日はいいお客さんと会えたよ。」

「そうですか、ですが、この件が片付くまではこちらに集中していただかないと。」

「わかっている、だから面会の時間には戻ってきただろう。」

「先方がお待ちです。応接室のほうへ。」

「はいはい。」

 幹部の冷たい態度も理解はできる。理解できるからこそ、楽しかった気持ちが冷めていくのが残念でならない。


 アシストバレーが創業してから気づけば40年。当時は遊園地ブームで各地に遊園地が作られた。しかし、大手に客を奪われ、その多くが廃業していった。

 地元を中心に愛される遊園地であったアシストンバレーも徐々に経営が厳しくなり、何か新しい対策が求められていた。幹部達が初期の理念を忘れて利益追求の経営方針に舵を切りたくなるのもわかる。

 そして、今日は幹部達が必勝の策としてマルケットの反対を押し切って進めた商談相手との会談だ。


「マルケットオーナー、お会いできて光栄です。」

 応接室で待っていた男は、特徴がない男だった。

「ジョン・ガーデンと言います。今日はお時間をいただき本当に感謝します。」

 紺色のビジネススーツとネクタイ。眼鏡をかけた顔も髪型も遊びはない真面目なもの。いかにもビジネスマンといった様子でソファーから立ち上がる姿も大人として洗練されたものだ。一流といっても過言ではないほど優秀であることは見てわかるが、それだけに特徴がない。

「マルケットだ。こちらこそ、はるばるありがとう。」

 面白味のない男。それがマルケットの第一印象だった。オーナーとして様々な人間と関わってきた彼からして、ここまで特徴がないというのは、逆に珍しいと思ってしまうほど、男は普通の男だった。 

 だが、彼の持ってきた話は、普通ではなかった。

「それで、御用件というのは。」

「ええ、以前、お伝えした投資の件です。」

「そうですか・・・。」

 男が持ってきたの話。多額の資金提供と一部の業務の提携。それ自体は珍しい話ではない、スポンサーとして資金提供をする企業もあれば、アトラクションや設備を提供する企業だってある。

 だが、その金額は、明らかに多額だった。それこそ、経営に頭を悩ませる幹部達が飛び跳ねるほど。

「私は、子どものころからアシストバレーのファンなんですよ。何度も来た事がありますし、思い出もたくさんあります。だからいつまでも続いてほしい。これが一番の願いです。」

 本当だろうか? オーナーである自分は毎日のように園内を巡回しているが、この男を見たことがない。

「子供のころにオーナーとハグをしたことだってあります。まあ、大人になってから、子どもたちに譲って遠巻きに見ていただけですが。」

 さもありそうな話なので、追求はしづらい。それに幹部達からすれば大事なのは理由よりも金額だ。

「しかし、回収する当てもない投資をするのは、経営者としてはいかがなものかと思うが。」

 善意や好意による資金提供というには、あまりも金額が大きかった。

 そんなオーナーの考えを理解しているのか、ジョンは涼し気に言葉を続ける。

「だからこその事業提携なのです。アシストバレーのキャラクターグッズの販売権、そして、わが社が取り扱っているキャラクターをモチーフとした設備の設置を。」

「提案資料には目を通させてもらっている。充分な準備期間と工事計画、パークの運営やお客様に負担を掛けないように充分な配慮もされている。そちらの企業としての信用が高いことも、理解している。」

 園内の空きスペースに、男の企業が取り扱っているキャラクターをモチーフにしたアトラクションを作ること。そして、そのキャラクターをアシストンバレーのキャラクター達とコラボさせること。資金提供の見返りとして男が要求したことは大きく分ければその二つだった。

「ジャックラーズねー。」

「ええ、去年から弊社で活動しているキャラクター達です。」

 今日の会談に合わせて、マルケットを資料を隅々まで読んだ。そして、幹部達が言うように、非常に有益な話であることは理解していた。

 アシストンバレー側は余っている場所を提供するだけ、管理や資金は相手持ち、つまりはテナントとしての契約でしかない。アシストンバレーの運営方針には従うと契約すると書いてある。アトラクションも、パークのイメージを意識してデザインされているので、雰囲気を壊すこともないだろう。

 事前に確認した事業計画を見る限りでマルケット達のリスクは最小限、その割にリターンが大きい。

「そんなに簡単には行かないと思うがねー。」

 問題があるとすればジャック達が儲かるかだ。一時的に資金を得ても、彼らが撤退した場合、パークには廃墟と不信感が残る可能性がある。

「その可能性は低いと私は考えています。」

「それほど、このキャラクターに自信があると?」

 日本のとある遊園地では、映画のキャラクターやゲームのキャラクターの専門コーナーを作ったことで、更なる集客に成功した例がある。

 だが、男の会社のキャラクターは売り出されたばかりのマイナーキャラである。デザインはそれなりだが、それだけで人気がでるほど今の世の中は甘くない。

「ええ、パーク内のショップを中心に、洋服や帽子などのキャラクターグッズの販売、ゆくゆくはアシストンバレーとコラボしたグッズの販売も視野にいれています。アニメ化なんてのもいいかもしれません。」

 ペラペラと次々に展望を話すジャック。その様子は自分たちのキャラクターへの信頼と愛情が感じられるようにも見える。

 だが、マルケットの疑念は消えなかった。

「本音で話そう。うちを貸し倉庫にしたいんじゃないかね?」

「・・・そう見える面もあります。」

 幹部達が金額の多さに目を曇らせ(瞑っているのかもしれない)たことを、マルケットは直接確かめたかった。

「確かに、うちのバックヤードには使われていない倉庫がいくつもある。予算の確保が叶わずにとん挫したり規模を縮小した企画の名残だ。」

 40年のすべてが全て、成功したわけではない。だからこそ使っていない土地も倉庫の問題は悩みの種だった。それをこの男が知っているのは、幹部の誰かが情報を流したからだろう。

「そっちが本命なんじゃないのかな?」

 そう言ってぎろりと視線を強める。ジョンはしばし、目線をさまよわせていたが、やがて観念したように白状した。

「正直に申し上げますと、去年のハロウィンのグッズ展開は失策してしまいましてね、そのときに作りすぎた在庫をどうにかしたいという事情があります。ですが、その事実が世間に知れれば弊社と弊社のキャラクター達への信頼に傷がつきます。幸い、グッズは保存が利くものです。ですので、一時的に保管し、時期が来たら園内を中心にグッズ販売を展開する。そう言う計画です。」

「なるほど、うちとコラボするために作っていたという、言い訳は作れるな。」

「ええ、遊園地の倉庫に、玩具がある分には、おかしくないでしょ?」

 過剰在庫ではなく、先を見越した大量生産。たしかにそれならば、世間体はもつだろう。条件に合い、なおかつこの秘密を共有して足元を見ないでくれる相手として、アシストンバレーを選んだのなら、納得は出来る話だ。

「わかった。話を受けよう。このまま埋もれるには惜しいキャラクターだしな。」

「オーナーなら気に入っていただけると思っていました。」

 ハロウィンのお化けたちをモチーフにしたジャックラーズというキャラクターが魅力的だったことが決め手となり、マルケットは、ジョンとの契約を決意した。

「しかし、監視はつけさせてもらうぞ。万が一にもお客様に何かあっては困る。」

 ジョンの言う通り馴染みのある遊園地を支援したいという理由ならば考えられないこともない。

「ええ、もちろん、私どもとしても、それが信頼につながるのなら。」

 それでもまだ信頼は出来なかった。

 遊園地などのレジャー施設を隠れ蓑にした犯罪は残念ながら多い。

 脱税や横領など汚い金を誤魔化すための帳簿整理への利用、違法な取引の場所として利用、ひどい場合は人攫いの現場や隠れ家になったことだってある。

 トイレに行った子供が帰ってこなかった。そんな恐ろしい話だってある。

 無論、他の遊園地の話である。

 だからこそ、マルケットは、信頼できる人間による独立営業を続けてきた。経営に携わる人間や企業が増えれば、そこに隙が生まれる。隙があればあるだけ、人の悪意というのは育まれてしまうのだ。

 しかし、幹部達の話を聞く限りではそれも限界が近づいている。

 今後もアシストンバレーを続けていくためには、この話に乗る以外の手は残されていないのだ。

「オーナーの心配も承知しております。信頼は今後のお付き合いの中で。」

「ああ、よろしく頼む。」

 にこやかに笑うジョンと握手を交わす。

 だが、マルケットは彼の事を完全には信頼していなかった。


 ゆえに彼だけが知る園内の隠し通路や仕掛けについては秘密のままにしていた。

 それが数年後のテロ事件で、主人公たちとテロリスト達の命運を分けることなる。だが、それはゲームでの話。

 1人の少年の行動の余波がどのような影響をもたらしていたのか、当事者たちは知る由もない。すでに物語は、少年の知るゲームとは違う道を進んでいるのだから。


 遊園地の流行や廃れの話は日本のイメージが強いです。

 ここからは、次回からはホラー&パニック展開となります。

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