56 最初はコスプレか、遊園地のスタッフなのかと思った。
楽しい遊園地のオーナー登場
最初はコスプレか、遊園地のスタッフなのかと思った。
動物園を楽しみ、自慢のジェットコースターをいくつか乗り、興奮したままベンチで休憩していたとき、その人はふらっと現れた。
着ぐるみのようにふくよかな体格にピエロのような大きな襟。そのわりにつぶらな瞳のおじいさんは、たくさんの風船を配りながら園内を歩いていたが、僕たちを見つけるや、ずんずんと近づいてきた。
「やーやー、もしかして君たちは、今日のファミリーパスのお客さんじゃないかね?」
そして、ニコニコと僕たちに話しかけ、風船をくれた。
「・・・ありがとう。でもどうして?」
「ははは、すまない、ファミリーパスは特別だからね、僕が直接挨拶するようにしてるんだね。」
直接?その言葉を聞いてリーフさんたちは首を傾げたが、その特徴的な姿を見て、「俺」はすぐに思い立った。
「もしかして、オーナーのマルケット爺さん?」
「おお、知っていてくれたか、うれしいねー。」
僕の言葉に、おじいさんは大袈裟に礼をして、ウインクをする。
「あらためて、アシストンバレーへようこそ。当パークのオーナーをしている、マルケット・ヒジリと言いますね。本日はようこそいらっしゃいましたね。」
「これはご丁寧に。」「おお。」
芝居がかった仕草に大人たちはつられて頭を下げ、子どもたちは感嘆の声を上げて拍手をした。それだけ熟練し、洗練された所作だった。
「・・・レアキャラ。」
「リーフさん、言い方。」
オーナーであるマルケット爺さんが園内を視察しているのは、有名な話だ。広い園内で彼に出会えた幸運なお客は記念品をもらえるし、神出鬼没すぎて出会えたら幸運になるとまで言われている。
「ほほほ、構わないね。私と出会えた君たちは、ラッキーということだね。ぜひともこの時間を楽しんでくれたまえね。うん、それは君のペットかい?」
割と失礼なリアクションをした僕たちにも朗らかに対応していたマルケット爺さんが、エメルに気づいて更に近づいてきた。
「バウ。」
「おお、これはご丁寧に、私はマルケット・ヒジリだ。よろしくね、素敵な毛並みのおチビちゃん。」
「バウ。」
ペットも家族。アシストンバレーでは、常識の範囲でならペットを連れてきてもいいことになっている。オーナーであるマルケット爺さんが、ペットにも挨拶をするのもおかしくはない。
「・・・この子はエメル。」
「そうか、エメルというのか、素敵な毛並みだねー。」
丁寧な対応、だが、その視線は、マフラーかひざ掛けにジョブチェンジしたエメルに、くぎ付けだ。そう言えば動物好きでも有名だったな、このおじいさん。
「これほど見事な毛並みは久しぶりにみたね、愛されているんだね、君は。」
「バウ。」
そうだろうとばかりに誇らしげエメルにマルケット爺さんの顔は更に緩んだ。その毛並みを確かめたいのか、風船をもっていない右手がプルプルしているのが可愛らしい。
けど、初対面のペットに触るのもあれだと思ったのか、すぐに諦めて立ち上がる。
「楽しい時間をありがとうね。皆さんも当園で過ごされる時間が特別なものにしてくださいね。」
そう言ってマルケット爺さんは風船を放つ。無数の風船が空に上がっていく様子を人々が目で追い、視線を戻すころにはマルケット爺さんの姿はどこにもなかった。
「・・・みんなが風船を見ている間に、あっちへいったよ。」
うん、そこは見て見ぬふりをしてあげようね。
「でも、午前中にマルケット爺さんに出会えたのはついてるよ。会えないことの方が多いんだから。」
「・・・うん。」
「バウ。」
休憩をしているタイミングに来てくれたのは、狙ったものかもしれない。けれどそういった無粋な事を考えるのは、遊園地を楽しむ上では余計なものだ。マスコットキャラの中身が人間であるとか、裏側からみたら、張りぼてだとか、そういうことを考えてはいけないのだ。
「さあ、いこう。まだまだ楽しいものがいっぱいだよ。」
マルケット爺さんとの出会いで元気が出た僕たちは、次のアトラクションを目指して、また歩き出すのだった。
それはともかくとして、俺はちょっとだけ感動していた。なぜなら、マルケット爺さんは文字通りのレアキャラだったからだ。
子供好きの前オーナー、マルケット・ヒジリ。
温厚で子ども思いの彼は、ドキドキするようなハードなアトラクションから、小さな子まで楽しめる優しいものまで取り揃えた夢の国のオーナーだった。
子どもたちが気軽に楽しめるように、入園料は優しく宿などの設備も充実している。チャリティーや近隣の学校の子供たちを招待など慈善活動にも積極的だ。
また悪戯好きでもあり、園内にはマルケットしか知らない隠し通路がいくつもあり、そこを通って神出鬼没に現れてはお客さんと交流していたらしい。
そんな経営方針であったため、利益は少なく、それに不満をもつ幹部たちも少なくなかった。
2年後に2026年、年齢による体力の低下を理由にマルケットはオーナーを引退。後を継いだ幹部達は、経営方針を転換、値上げやチャリティーの縮小などを行い、利益を増やそうとした。が、それによる効果は一時的な物だった。利益を追求する経営方針は、企業としての人気と信用を下げ、アシストンバレーは、すぐに経営存続が不可能になるまで落ち込んでしまう。結果として、アシストンバレーと関係企業は、とある組織によって買収され、そのフロント企業となってしまうのだ。
そして、その組織は2028年にリドルテロを引き起こす。
というのが、俺の記憶、もとい、ゲームのアーカイブに記されているアシストバレーの未来だ。マルケット爺さんの本名マルケット・ヒジリの名前はクリア後のボーナスコンテンツで知ることになるけれど、前オーナーが使っていた隠し通路を使ってステージを攻略するというギミックは、面白かった。
ウッディリドルが失脚した今、そんな未来は起きない。
少なくとも、あの元気そうなお爺さんは、しばらくは元気で働いてくれるに違いない。
さらっと遭遇してくる原作のキーマンたち。なおヒジリですが、ホーリーたちと遠戚ということもありません。




