53 新たな新居はシェアハウスというよりは秘密基地だ
大人たちの秘密基地な話
新たな新居はシェアハウスというよりは秘密基地だ。
格安で借りた地下室付きの戸建て。表の建物はプレハブ住宅でボロボロなのに地下室は頑丈。竜巻対策だと貸主は言っていたが俺の知る限りこの街で竜巻が起きたことはないので、絶対趣味で作ったものだと思う。吹けば飛ぶようなボロ屋なのに、地下室は立派という秘密基地のような立地が気に入り、俺たち3人は即断契約し、住み着いた。
「おーい、ピザ食わないか?」
やや冷めた宅配ピザを抱えて地下を降りれば、そこはマジもんの秘密基地。
「ありがとうございます。そこら辺に置いておいてください。」
「いやいや、置くとこないんだけど。」
ちょっとした会議室ぐらいの大きさの中央には境界線代わりの丸テーブル。それを起点に4等分した地下室を3人で1つずつ、残ったひとつは共用の荷物置きとして使っている。
階段を降りて、まず最初に目につくのは、デスクトッップパソコンと複数モニターに囲まれて調べ物をしているルーザーだ。動画配信やWEBライターとして働く彼女のスペースには、パーティション代わりのパソコン機器が置かれ、奥には配信用の設備がある。グリーンバック用のスクリーンにライトまで完備された本格派だ。入口に近いエリアを使っているのはトイレとか身だしなみ関係を配慮したものだ。便利だがトイレとか風呂はないんだよね、この地下室。
「レイモンドさん、地図の上にはおかないでくださいよ。」
ちなみに中央のテーブルには、街の地図は広げられ、ロビンが真剣な顔で色々書き込んでいる。
「じゃあ、お前も食え。」
まどろっこしいのでそれぞれの口にピザをツッコミ俺も最後の一切れをもぐもぐと食べる。まるでヤンキーみたいなノリだがこれはこれでちょっと楽しいものだ。
色々とほとぼりが冷めるまでの間、とある調査も兼ねて、俺とルーザーはこの街に活動拠点を作ることに決めた。そこにルーザーのサイト運営に協力していたロビンも合流を表明したのだ。
年末のあの一件のけじめとして、ミューランド大学は生物系の研究の一切を放棄することに決まった。関わっていた研究員たちの多くが大学の紹介で別の大学や企業などに移籍していく中、ロビンは在野での研究を志し、俺たちと共にこの街にやってきた。
といっても、やっていることはルーザーの運営するサイトのUMA担当。今はデブネコの目撃情報を集約してマッピングしたり観察したりと、デブネコの行動研究に夢中だ。
こいつもルーザーと同じで、変態で天才だ。
そんなロビンのエリアには大型の冷蔵庫と、ビニール隔離された研究室。冷蔵庫の中身はビールやアイスクリーム、というわけもなく、奴の謎のコレクションが保管されている。
「もう使わないからって、退職金代わりに検査機器を譲ってもらえたのはラッキーでした。」
いやいや、普通はありえないからな。
この男、設備閉鎖のどさくさで何万ドルもする設備を持ち出している。医師免許も持ってるから、骨折ぐらいなら治せますよと爽やかに言っていたが、そうなったら普通に病院へ行かせていただきます。
ちなみに俺のエリアは仮眠用のハンモックとゆったり座れる椅子とおしゃれなサイドテーブルのみのシンプルなものだ。仕事関係の資料の大半は電子化してタブレットとノートパソコンに搭載済み、できないものは新聞社とレンタル倉庫に預けてある。いざとなれば、カバン一つでどこへでも行ける。まさにできる男って感じだと思わないか?
プレハブのなんちゃって家屋の地下にこれほどの設備があるなんて誰が信じるだろうか?
「君たち。俺のスペースがまた小さくなっているんだけどー。なんでまた荷物が増えてるのかな?」
しかし、目を離すとこれだ。俺のエリアは常に二人から浸食されている。
「え、ええっと、資料整理のために一時的に置かせていただいているだけです。あとで片付けます。」
ルーザーはすぐに資料を散らかす。撮影用スペースはきれいなのだし、戸棚には充分なスペースがあるのだが、調査が盛り上がっているときはあちらこちらに資料を置いて片付けない。
「新作のキャットフードが売っていまして、すぐに消費しますから。」
ロビンは、動物好きが過ぎる。猫や犬を連れ込むことはないけど、ペットフードやグッズを見つけては衝動買いし、その性能を吟味するために公園などでペットや野良に餌付けをしている。研究エリアは清潔に保ちたいとのことで、それらが他のエリアを圧迫しているのだ。
なまじ稼ぎもある独身どもなので、次々にモノが増えていく。全く困ったものだ。
「そんなこといったら共用スペースの半分は、レイモンドさんのキャンプグッズで埋まってるんですよ。最近新しい水筒買ってましたよね。」
「お前らだって使ってるだろ。それを言うなら、寝袋返せや、万年床になってんじゃないか。」
環境を保つために、地下室での飲食は最低限、入浴と就寝は地上にある寝室を使う。というのは入居時に3人で決めた約束だ。だが、こいつらは秘蔵のキャンプグッズから寝袋や簡易ベッドを拝借してちょいちょい寝泊まりしている。まあ声を掛ければ風呂には入るし、掃除はしているので清潔なので文句はないが、それでいいのかと思うときもある。
「だって、上はエアコンないから微妙に寒いんですよ。」
気持ちは分かる。けど、そんなことしたら秘密基地感がなくなってしまうじゃないか。あくまでここは職場だと理解してほしい。
「まあ、快適すぎますよねー、ここ。機材は充実してるし、空調もばっちり、同僚に邪魔されることもなければ、上司から仕事を押し付けられることもない。ちょっと歩けば猫さんもたくさんいますから。」
「おまえって、実はかなりのソリストだよな。」
年の近い男女が同じ部屋で寝泊まりで大丈夫かとも思ったが、ロビンは研究とネコにしか興味がない。猫や動物が好きすぎて研究者を目指し、UMAにまで興味をもって現在に至るわけだ。
「まあ、いいや。お前らとりあえず、風呂入って寝ろ。もう11時過ぎてるからな。」
「「ええー。」」
オカルトと都市伝説マニアのルーザーに動物マニア。なんとも個性的で世話の焼けるルームメイトたちだ。だが、なんだかんだ特ダネにつながるコネを持ってるし、性格が悪いわけでもない。俺自身、都市伝説とか大好きだしね。
「明日から旅行だろうが、寝不足でも運転は順番だからな。」
そんなわけで、俺たちは日々、楽しく過ごさせてもらっている。ずっとこのままというのはさすがに困るが、あの一件のほとぼりが冷めるまでの半年、いや一年ぐらいはこんな生活もいいかもしれない。それくらいの貯金も精神的な余裕もあることだし。
電気代と通信料はとんでもないことになっているけどな。
一時的と言いながら、このままずるずると生活が続きそうな気配がする、しない?
なんか変な集団が集まっていますが、街は今日も平和です。




