5 やれることからやってみよう。
少年の向こう見ずな勢いと、オタクの慎重と憧れの話。
やれることからやってみよう。
再び自室に戻った僕はノートを開いて、ラルフさんとの会話で思ったことをメモしてみた。
・黎明館という名前とゲームのセリフにラルフさんが反応していたことから、RCD1の事件は起きている。
・リドルなる謎の存在がこの世界には存在している。
・ラルフさんが隠居したこの街が、RCD3の舞台となる可能性が高い。
補足 さっきのやりとりをきっかけにラルフさんが引っ越したらワンチャン別の街になる可能性もある。
RCD3から4にかけての被害はとんでもない。仮にRCD3の舞台が違ったとしても待っているのは高難度理不尽なサバイバルライフだ。
「サバイバルに備えつつ、ラルフさんが立ち直れるように支援?いや違うな―。」
どうにも「俺」の部分は、ラルフさんを英雄視している感じがある。ラルフさんがどうにかしてくれる、あるいはその活躍を見たいという思いを僕は感じてしまう。
でも、自分の命が関わっている可能性が高い以上、そんな悠長なことはできない。
「そもそも、どうして、事件が起こったんだっけ?」
RCD3「RCD3 エスケープマウンテン」 とある地方都市で発生した謎のテロ事件
RCD1の惨劇から5年、事件のショックで引きこもっていたラルフは、牧歌的な街の雰囲気のおかげで立ち直りかけていた。そんなある日、いつものように新聞を配る青年、ホーリー・ヒジリが彼の前で化け物に襲われる。人型のスライムのような化け物は、ホーリーを惨殺し、その死体をむさぼった。プレイヤーはその隙に家へ戻って武器を手に取り、モンスターと戦う。いわゆるチュートリアル的なイベントだが、ホーリーはみるも無残に殺されてしまう。
そこは断固避けるとして、RCD3はその後のラルフの行動の自由度が高い。
警察へ行って事件を伝えても信じてもらえなかったり、街から脱出してチキンヤロウという実績を解除したり、黒幕の家へ突撃して逆に警察に通報されたりと、ろくでもないルートがいくつも存在する。
ちなみにRCD3のクリアとは全実績を解除と事件の黒幕を暴き打倒することだけど、黒幕を倒すだけではすべての真実はわからず、シナリオを理解するためには周回プレイが必須。
で、その真実が胸糞な上に、気の毒なものだ。
狂気の科学者 ウッディ・リドルは、15年前に死んだ奥さんを蘇らせるために、愛娘であるリーフ・リドルに虐待と拷問による人体実験をしていた。
母親が亡くなってから父親に冷遇と洗脳をされてきたリーフ・リドルは、2021年、12歳のときにリドルを投与され、2023年14歳のときに親によって致命的な虐待を受けることとなり、2年間の間非人道的な行為を受け続けたことで狂う。
彼女はリドルを自在に操り不定形のモンスターを生み出し、街を地獄と変える。徐々に数を増していくドロドロの化け物から逃げ惑う人々や事態の収拾を図る警察官。えげつないのは、ゲーム開始直後に地割れのような超常現象を引き起こして逃げ場を無くすこと。真綿で締めるように街の人間を追い込み殺していく様子から、彼女の狂気と絶望の深さが伝わってくる。
「て、まって、今は2023年。ってことはまだリーフは無事なんじゃないか?」
自主規制な虐待の前は、父親が冷たいという程度だった彼女だ。境遇もあり、暗く影も薄いので友人はおらず、彼女が急に学校へ来なくなってもだれも気にしていなかった。そんな思い出が。
「いや、ない。リーフさんは卒業式にいたし、中学校への準備もしていた。」
ほとんど話したことはないけど、狭い街なので僕とリーフさんは顔見知りだ。今日だって、自転車で転ばなければ、リドル家に新聞を届けていたはずだ。
「まだ、間に合う。いや間に合わせるんだ。」
彼女が絶望して闇落ちする前に救うことができたら、根本的な解決になるかもしれない。そうでなくても「俺」が自主規制するほどのひどい虐待を知り合いがされているとなれば、黙っていることはできない。
すぐに会いに行こう。
今すぐ、リーフさんに会って、父親の所業を暴くのだ。
「大人しく寝てなさい。」
けれども今度こそ、両親に止められた。うん、まあそうなるよね。自分が落ち着いていないのは僕だってわかる。
「もう大丈夫、明日の配達はちゃんと行くからね。」
せめてのもの抵抗で、明日も休ませようとする両親に、そこは納得させて、店長にも連絡はした。新聞を届けるついでに、確かめればいいんだ。
翌日、両親や店長に心配されたり、勤労意欲を褒められたりしながら、新聞を配って回る。注意していたが、デブネコはおらず、ラルフさんは家からでてこなかった。
そして、
「おはよう、リーフさん。」
「・・・おはよう。」
ラルフ家から数件となり、ほんと何もなければたどり着いていたはずのリドル家。その軒先に思い人、もといリーフさんは立って僕を待ち構えていた。
「珍しいね、まだ結構早いよ。」
「・・・今日は目がさえちゃって。」
「そうなんだ、でも休みの日の早起きってなんか得した気がするよねー。」
新聞配達のときに、こうやって挨拶を交わすことは何度かあった。ただ彼女は朝が弱いらしく学校も遅刻しがちで、めったにないことだった。
そんな偶然が、今日というのも。
「・・・ケガ、大丈夫?」
「えっ。」
「・・・その昨日は別の人が来て、気になったから。」
「そうなんだ。」
なるほど、代理で配達した人から事情を聞いて僕の事を心配してくれて、早起きしてくれたのかもしれない。
「・・・猫が教えてくれた。」
そう言って彼女が指さした先では、デブネコがうつ伏せで寝ていた。相変わらず緊張感のない生き物だ。いや、その前に猫が教えてくれたって。
「リーフさんも冗談を言うんだね。」
何を話したらいいのか緊張していたけど、今ので少しリラックスできた。
「うっ、いや別に。」
照れて顔をそむける彼女は、同世代の子とあまり変わらない。日本出身らしく黒目黒髪に黄色っぽい肌、伏し目で猫背気味な彼女がこうしてしゃべるのは本当に珍しい。学校でも教室の片隅でひっそりと本を読んでいるようなイメージがある。
「昨日から、自転車で配達を始めたんだけど、初日で転んでめっちゃ心配されちゃったんだよ。病院でレントゲンまで撮られたんだ。僕、自分の頭蓋骨って生まれて初めて見たよ。」
「うーん、私は何度か、パパがそういうの得意なんだ。」
「へえ。」
いや、怖いわ。不穏な気配は無視して、今は新車にはしゃぐ知り合いという体裁を保ちつつ、会話を広げなければ。
てか、この話が尽きたら、天気の話ぐらいしかないんだよ。女の子と会話するのってどうすればいいの?
色々と考えつつも行動は勢い。そんな少年の話はどうなるのか?




