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リドル・ハザード フラグを折ったら、もっと大変な事になりました(悪役が)。  作者: sirosugi
RCD2 2023 12月

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49 俺たちへの処置は予防的なものだったらしい。

 黒幕さんの御登場?

 俺たちへの処置は予防的なものだったらしい。

 あれこれとマックと話したり、軽食を食べたりすること半日。日付が変わる前に俺たちはテントから解放された。

 これはその時に出会った大物さんの話だ。

「今回は、大変なお手数をおかけしました。ですが、これも皆様の安全のための処置なので、なにとぞご理解いただきたい。」

 話のネタも尽きて眠気を覚える頃。俺たちの前に顔を出したのは小柄なイケメンだった。身長こそ女性であるルーザーよりも頭一つ低いが、振る舞いや来ている服からただ者ではないことは一目でわかるそんな男だ。

 光沢のあるブラックのスーツ、縫い目やしわなんて無粋な物は見えず、彼の引き締まったシルエットにフィットしているのは細かい採寸と針子の腕の高さによるものだろう。無地なようで光の加減で浮かび上がるラインと大学のロゴ。

 オーダーメイドでこんなセンス抜群のスーツを着る男は世界中探しても、彼しかいない。

「天下のミューランド大学の学長が直々に挨拶とは光栄ですね。」

 ヘイズ・ダンビリー。今年で50歳を超えるというのに見た目は30代のナイスミドル。その美貌は、彼の写真を載せたパンフレットにプレミアがつくほどだとか。自身の研究や大学運営で忙しいとめったに表に出てこない人物とうっかり対面したんだ。すごくないか。

「・・・失礼、私としたことが名乗りもせずに、お察しの通り、ミューランド大学の学長をさせていただいているヘイズ・ダンビリーです。あなたは?」

「本日、構内を見学させていただいた、レイモンド・ヒジリと言います。」

 ここで2流の記者なら、名刺を渡して少しでもお近づきになろうとするところだけど、そんなことはしない。こんな遭遇をしたときは、無害、無欲を装って相手の警戒を解くことが大事なのだ。

「なるほど、それはまた。今回はこちらの不手際でご迷惑をおかけしまして。」

「いえいえ、貴重な体験をさせていただきましたよ。」

 これは皮肉ではなく本心だ。大学の見学は面白かったし、記者としては、地下とその後の体験も糧にはなるだろうしな。

「ポジティブな考え方ですね。我々も見習いたいものです。」

 丁寧な対応をするヘイズは、この緊急事態に対してもどこか余裕があった。

 未知の設備に、明らかに倫理に反した生物実験、話だけでも慌てそうなものだが、彼の態度は非常に落ち着いたものだ。装いも雰囲気も、他が宇宙服や白衣の職員ばかりの中で彼は明らかに浮いていた。

「私の専門は機械工学とAIシステムですので、防疫と封じ込めは担当を信用して任せています。ああ、隠蔽なんてしませんよ。機密もあるのですべては話せませんが、今回の件の結果も追って公表させていただきます。」

 それもそのはず、ヘイズ・ダンビリーは本物の天才なのだ。

 幼い頃にクォーツ型の時計を自力で組み上げ、そこから独自設計の腕時計を開発した。従来の腕時計よりも小型で正確、しかも長持ちするその腕時計は現在のスマートウォッチの根幹になっていると言われている。それをきっかけに若き日のヘイズは、既存の機械製品の小型化と効率化を次々におこないその特許で若多大な収入を得た。

 特に注目すべきなのは、義手や義足といった医療製品や動きを保護する外骨格の開発だ。より軽く持ち主の動きにフィットした医療製品は実物と見紛う精度を持つ。外骨格に関しては、工事現場での作業員の安全や効率化に成功しただけでなく、宇宙服や火災現場での消防団員の装備としても全国で取り扱われている。それこそ、歩き回っている宇宙服も彼が基礎設計をしたものなのだ。

 

 そんな遍歴や成果を知れば、天才とは彼の事だと誰もが思うだろう。

 

「しかし、度し難いことです。あの部屋はいずれ私の研究室として増築する予定だったのに。」

「うん、ということはあれを用意したのは?」

「違いますよ、設計段階で考慮はしていましたが、工事は2年後の予定でした。」

 ヘイズは建築家としても有名で、このミューランド大学の設計にも彼の意志が大きく関わっている。あ

れだけ奇抜な仕掛けも悪趣味なオブジェもこの男ならやりかねない。

「じゃあ、展望台から見えた暗号も、ヘイズ学長が考えられたんですか?」

「ほう、あれに気づかれたんですか、視野の広い人なんですね。」

「偶然です。最初の一文字に気づけたのでよく観察したら見つけたといった感じです。世界各国の数字表記を建物のデザインに取り入れているのは素晴らしいと思いました。」

「いやはや、新聞記者というのはなかなか見識が広いんですねー。」

 うわ、この人、俺の正体も知っていたのか・・・。

 生徒や教員の選考や経済的な影響力から、大学は独立は自治を備えた組織として成立している。その権力の形式は様々だが、ミューランド大学は、ヘイズ学長によるワンマン会社である。ここの学部の学長にも裁量は与えられているが、生徒や教員の採用、研究方向の最終決定はヘイズ学長が行っている。当然ながら、連日訪れるゲストが何者なかも把握しているということか。

 恐ろしいほど優秀だ。

「ヘイズ学長、そろそろお時間では?」

 思った以上に会話が盛り上がりそうなったとき、近くにいた白衣の男がこれ見よがしに咳払いをして、会話に割り込んできた。

「ローマン、その態度はいかがなものかと、彼らは被害者なんですから、その割り切り方はどうかと。それに私の仕掛けを解いたというなら、彼との会話は有意義です。」

「しかしながら、今後の対応もありますので。」

 明らかに俺とヘイズの会話が盛り上がりを邪魔しておいて、男はもっとも理由で詫びる気はないようだった。ヘイズもやれやれと首を振りつつもそれ以上諫めないのはきっとそういう男なのだろう。

「こちらは、ローマン・ウォードレイ。遺伝学の教授です。今回の件の調査を担当しています。」

「忙しい時期なのに、問題を起こされて不本意ですけどね。」

 人間離れしたヘイズに対して、ローマンはいかにも研究者といった風体だった。ひょろりとした体格に 伸ばし放題白髪を無造作に縛っている。マッドな博士という意味ではいいが、大学のお偉いさんとしてはいかがなものか?

「研究者が忙しくないときなんてないでしょうに。まあ、あなたの場合は」

 まて、ローマンと言えば。

「ローマン、もしかして「遺伝子マッピングの不合理」を書かれたローマン博士ですか?」

 思い出した。ローマンもその分野ではかなり有名な研究者だ。

「おや、私の論文までも読んでいるとは、記者というのはずいぶんと準備がいいんですね。」

 遺伝子マッピングとは、生物のもつ遺伝子構造を把握し、その性質や位置関係などから、生態機能や病気の発生原因を調べる研究だ。映画や漫画で恐竜を再生させたり、宇宙人の弱点を見つけたりするあれ。ローマンは、その遺伝子マッピングの有用性を認めつつも「突然変異」や「人為的変化」によって発現する生態機能や病気はその範疇ではないと、その書籍で語っている。

「遺伝子や生物の可能性は、人類では把握しきれないほど広大である。あの一文は素敵でした。」

「ふん、世辞は結構です。」

 ちなみに、タイトルと序文の内容で、アンチな批判書籍と世間では評価されている。ローマンの態度もそんな感じだしね。しかし、反証のために、古今東西の遺伝子マッピングの技術について深堀りし、分かりやすくまとめているため、遺伝子や生物について学ぶ人間にとっては良い教科書になっていると、ロビンが言っていた。

 彼の書籍を読んだことのある人間なら、彼ほど、この事件の対処にふさわしい人間はいないと思うはずだ。さすがは天下のミューランド大学、有名で優秀な人間が次々と現れる。

「衣服や持ち物の除菌と洗浄は完了しています。また経過観察と診断結果から、身体には害がないことも確認できています。どうぞ、ご自由にお帰りを。」

「ローマン。」

「私は研究者であって、医者ではありません。事実として彼らがここにいる必要がないことを告げただけです。」

 歯に衣着せぬ言い方?いや、これは俺たちへの配慮不足というよりは興味不足な対応だな。ローマンからして、今回の事件の対応は不本意だったのだろう。その苛立ちを隠そうとしないのはどうかと思うが、研究者とはペースを乱されるのを何よりも嫌う生き物だ。致し方ない。

「まあ、ローマンの言葉ではないですが、みなさんの着替えと私物をお返しいたします。その上で本日はお帰りいただき、ゆっくりお休みいただくのがよろしいかと。ここでは休むに休めないでしょ。」

 それもそうだ。気になることはたくさんあるけれど、20人近くが密集するこの場所からはすぐにでもでたいし、入院着では心許ない。出られるならば、ささっとホテルに戻って温かいシャワーを浴びて、ベッドで寝たいし、なにより一人になりたい。

「今後のことは追って連絡させていただきます。何か緊急な場合はこちらに。」

 唯一の心残りはヘイズとのつながりだったが、向こうから連絡先やQRコードのついた名刺を渡されて、それも解決してしまった。

 あのヘイズが紙製でレトロなものを取り扱うのかと驚いた。だが、スーツと同じで丈夫で品のよいものだったのですぐに納得できてしまった。色々と仕掛けがあり、これだけで身分証になりそうなレベルの高級感のある品だった。

「仕事柄、こういう形が一番信用できるんですよ。」

「それは納得です。」

 礼儀として俺も名刺を返す。ちなみに俺のはシリアルナンバー入りの特別製で結構金をかけているが、あくまで一般レベルだ。このあとゴミ箱に捨てられても構わない。

「いいセンスですね。シリアルナンバーは次作るときに試してみます。」

「それは何より。」

 どうにも俺はヘイズに気に入られたらしい。部屋の中には警官などもいたが気づいたら俺が代表して話していたし、そういう人間と勘違いされたかもしれないけど。

 そんなやりとりを終え、ヘイズはテントから去っていった。最後まで丁寧なヘイズと、不本意です忙しいですという気配を隠そうとしないローマンの態度の差は相変わらずだ。

 しかし、

「動画と画像を拝見しましたが、あれは生命への冒涜です。存在を残すべきはありません。研究者をかたる盗人はこの手で見つけ出して粛清します。」

 そう宣言したヘイズの顔は真剣そのもの、いや焼き尽くしてもまだ足りないと言わんばかりの熱量が込められていた。 

 この事件に深い怒りを覚えていることだけは、全員に共通している。

 事件は遠からず解決することだろう。

 ヘイズ・ダンビリーとローマン・ウォードレイ。黒幕の教授はどちらでしょう?


 展開の合間に、うんちくを挟むと話が長くなってしまう・・・。

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