48 医療用の気密テントの中はまるで宇宙船のようだった。
手洗いうがいと消毒って大切って話。レイモンド叔父さんの視点です。
医療用の気密テントの中はまるで宇宙船のようだった。
エレベーターから伸びるホースのような通路と、それを行き来する宇宙服のようなスーツを着た職員たち。ところどころにあるセンサーやカメラは、俺たちの動きを一瞬たりとも見逃さずに監視するために熱心に働いている。
目の前に広がる光景は、指と指を合わせて友情を確認するSF映画のラストを思い出させるものだった。
「コード202による隔離処置です。エレベーターから中庭は気密テントで封鎖されています。こちらへ。」
その言葉に促されるまま、案内されたテントでは巨大な掃除機のようなもので全身を掃除され、温かいシャワーで身体を洗われ、入院着のような服に着替えさせられ、病室のようなテントで休まされる。
一連の流れは丁寧かつ、徹底していた。まるで一流のサービスを受けているように快適であったが、ホーリーのメモを含めた私物も預かられてしまったのはいただけない。
「紫外線消毒が済んだらお返ししますので、お待ちください。」
尋ねると、事務的な返事でそう教えてくれた。
「コード202のマニュアルに従い、今から最低半日間の健康観察と診断を実施させていただきます。この判断は、入校時の規約にも記載されていますので。」
「OKOK、ちゃんと読んだし、確認のサインもした。となると荷物はまとめて返してもらえるんだよな。」
「問題がなければ・・・。まあ今回のケースは荷物チェックまではされないと思われます。」
こういう場面だと、誰か1人くらいは取り乱しそうなものだけど、俺やルーザー、それに警官たちも素直にその対応に従っていた。
見た目はともかく、シャワーは快適だったし、あの地下室から出られたことへの安堵の気持ちがあったからだ。
「では、何かありましたら、近くの端末で教えてください。軽食やドリンクなども用意できますので。」
そう言って、職員はテントから出ていくのを見届けて、俺はどっかと簡易ベッドに腰を下ろした。簡易と言ってもそこらの安宿とは比べ物にならないくらいふかふかなマットレスで快適だ。このまま横になって眠りたくなるぐらい・・・。
「なあ、あんた、大丈夫か?」
と思っていたら、隣のベッドから話しかけられた。その声と顔は覚えがあった、化け物相手に立ち向かっていたあの警官だ。
「大丈夫・・・、少なくとも身体は健康だと思いたいね。」
「だな、こんな場所、いるだけで気分が滅入る。」
地下で俺たちに話しかけてくれたのも彼だったので特に覚えている。というのもみな着替えているので恰好での区別がつかないのだ。端っこの方でルーザーが寝込んでいるのはわかるぐらい。
「ここにいるのは、あんた達と警官だけだ。どうやらひとまとめにされたみたいだな。」
4×5で区切られたベッドルームは透明なシートによって隔離されているが、お互いの様子を確認できる。寝転がる者や、俺たちのように話す者や、紙袋を抱えて顔を青くしている者。見回せば様々だが宇宙服の職員はいない。
あの異質な姿がないだけで、病院の一室とも思えるから不思議なものだ。もしかしたら、職員たちが居ないのは、ゆっくり休めるようにするための配慮なのかもしれない。
「あらためて、レイモンド・ヒジリだ。地下では助かったよ。お巡りさん。」
「おう、俺は、マニエス・グロック。マックと呼んでくれていいぞ。レイモンド。」
あらためて自己紹介をしあえば、態度がフレンドリーなものになっていた。正直、こっちの方が印象は良かった。地下での丁寧な口調はにあってなかった。
「なあ、あんた。アレはなんだと思う?」
「アレ、ねー。」
アレが何を指すかは言うまでもない。地下室でみたあの化け物たちだ。
「キメラってやつなのかもしれないな。」
率直に思ったのは「キメラ」と呼ばれる存在だ。
ハイブリッド、雑種と呼ばれる生き物は古くから存在する。
ほかにもライオンとトラを交配させた「ライガー」や馬とロバを合わせた「ラバ」など、近い種類の生き物を交配させて生まれるハイブリッド種というのは存在する。また、自然界では、雌雄で紅白に体毛が分かれるショウジョウコウカンチョウという鳥の紅白カラーが発見され、雌雄キメラとも言われたことがある。
ロビンが専攻している遺伝子工学だって、基本は異なる植物の種類の交配と種の選択だ。ハーフや品種改良レベルのそれ。確率や組み合わせの存在だ。
キメラとは外部の要因から、遺伝情報の異なる生物を組み合わされた存在だ。
背中に人間の耳をもったネズミは、1997年に誕生している。これは、マウスの皮膚に耳の下になる軟骨を埋め込んで定着させたものだ。同じような例としては2014年に人間の脳細胞をマウスに定着させて、学習能力の高いネズミを作ったとか。ベトナム戦争の際、アメリカ軍が散布した枯葉剤によって先天性欠損を抱える子どもが生まれた話は有名だ。
これらの研究や用途は倫理的な理由でその後の研究が断念され、国によっては研究も禁止されている。
「なあ、そのキメラってのは、生き物をパッチワークみたいに組み合わせることもできるのか?」
軽く紹介したら、マックが首をかしげてそんなことを聞いてきた。
「まるでフランケンシュタインだな。そんなことが出来るとは聞いたことがない。」
「そうそれだ、フランケンシュタイン。あの化け物たちの中には、ケルビンがいたんだ。」
「ケルビン。」
「ああ、ダグラスっていう爺さんが飼っていた牛でな、一か月ぐらい前に行方不明になっていたんだ。あそこには、ケルビンの頭をつけられた蛇がいた。」
「そんなバカな?」
信じたくはない。だが、地下で警官たちが「ケルビン」と騒いでいたこと、何よりマックを含め聞き耳を立てていた周囲の警官たちもうなづいているあたり、嘘ではないのだろう。
となると、あの地下にあった生き物たちは・・・。
「まるで本物の、フランケンシュタインじゃないか。」
ちなみに、フランケンシュタインは怪物の名前ではなく、死体を繋ぎ合わせて「理想の人間」を作ろうとした主人公ヴィクター・フランケンシュタインのことだ。
考える、いや想像するだけで吐き気がこみ上げてくる。
あの地下室を作り上げた人間は一体何を考えていたのだろう。
未知の生物との遭遇なので当たり前と言えば当たり前ですが、生物系の研究所なので消毒や健康観察のため関係者は徹底して隔離されました。
2025 9月8日
改めて、読み返して修正をいれてみました。




