47 その現実離れした光景の中で、警備員たちは優秀だった。
モンスターパニック発生なるか?
その現実離れした光景の中で、警備員たちは優秀だった。
俺の言葉をきっかけに弾かれたように警備員たちは、腰に下げていた銃(俺らのよりも高級な物)を構えて、エレベーターへの道のりをカバーし、研究員たちを誘導していく。
「コード202、危険生物の流出防止と封鎖だ。念のためハザード装備の部隊を応援に寄こしてくれ。」
きびきびと動きエレベーター周辺に集結、次々に研究員たちをエレベーターに載せながら、その顔は真剣そのものだった。俺たち警官も隙間をカバーするように立ち、銃の安全装置は外してある。
仮に他の水槽が動き出したら、すぐにでも撃つ。そんな覚悟と連携がそこにはあった。
「おい、202って何だ。俺たちはどうすればいい!」
「202は構内でのバイオハザードあるいはバイオテロを想定したコードです。ここの薬物を使えば毒ガスやウイルスなんかも作れちゃうんですよ。」
近くにいた警備員に尋ねると、これまた漫画のような内容の返答だった。だが、目の前の光景を見るとあながち間違いではない、あの化け物たちが外にでたらとも思うし、毒々しい血にどんなばい菌があるかわかったものじゃない。
「それってさあ、このまま俺たちごと封鎖とかないよな?」
映画だと、そこから脱出のための大冒険、生存者数名とモンスターが世間にみたいになる。
「まさか、おそらくは健康診断をうけていただくことになるとは思いますが。」
最初に化け物に対処し、声をあげたことが良かったのだろう。本来ならば部外者で見下される側の警官も立場関係なく、協力している。
口封じに消されるなんてことはさすがにないだろう。ないよな?
そんなことを思っているうちに、数度エレベーターが動き、研究員たちのほとんどは外へ避難し、代わりに宇宙服のような服を着た連中が降りてきた。
「現場に到着しました、すぐに検査を始めます。」
事前に情報を共有していたのだろうか、宇宙服たちの行動に迷いはなかった。数名は俺の倒した化け物に近づき、センサーらしきものを近づけたり、体液を採取し、残りのメンバーは、水槽に近づいていく。
「空気汚染の兆候なし、液体にも毒性は確認されません。」
「端末から侵入できました。保存システムらしきものを確認、すぐさま隔離します。」
何をしているのかはさっぱりだったが、次々に降りてくる宇宙服の連中の仕事は的確だった。死体袋に化け物はしまわれ、掃除機のようなものでこぼれた体液や破片が吸い取られる。現れて数分で化け物の痕跡は壊れた水槽だけになった。そして、何か板のような装置が持ち込まれ次々に水槽を覆っていく。
「あれは、なんだ?」
「水槽などが割れたときにつかう保護カバーです、鉄板よりも硬いですから、万が一、中のあれが飛び出しても大丈夫なようにじゃないかと。」
「手慣れてるなー。」
「本来は、薬物生成プラントの故障の際に使うものです。でも、これだけの数が大学にあったなんて。」
作業の進捗を見守りながら、俺たちもゆっくり水槽に近づく、緑の蛍光灯のような光景の半分近くが黒いカバーに囲まれわずかに光を漏らすだけになっている。
がん、がん。
そんな中、不意にまだカバーされていない水槽を叩く音が聞こえる。
「動いたぞ、気をつけろ。」
俺が声をあげるまでもなく、武器を持った宇宙服と警備員が水槽を取り囲む。全員の顔に緊張が走り、いつでも引き金を引けるようになっている。化け物が出てくればすぐにでも対処できる・・・。
いや、それじゃだめだ。
「ばか、それじゃお互いに射線に入るだろ。通路の方をあけて、半包囲しろ。宇宙服の連中が全体に右にずれるだけでいい。」
そう叫んで俺は水槽の正面に向かって走り出した。今度の化け物はオオカミの頭をした猿のようなやつで、液体の中でごぼごぼと泡を吐きながら必死に水槽を叩いていた。
「なんだよ、おい。」
必死な様子ながら、その行動は知性を感じるものだった。それまでは無作為に水槽を叩いてたオオカミサルは、周囲の人間が動いたのを目で追い、人のいない方向を叩き始めたのだ。敵の少ない方へと逃げる。それは生物的な反応だ。
「安全確認よし。」
緊張と恐怖でガチガチになりそうな中、俺は警察学校の訓練を思い出して、銃を構える。背後の水槽に動きはない。オオカミサルのいる水槽の向こう側に、警備員や宇宙服はいない。
跳弾の可能性が怖いのでまだ撃たない。
「すぐには出てこれない。」
「まだ撃つな。他の班は封鎖を続行しろ。」
俺が正面で構えたことで、警備員たちも状況を思い出し、最低限の人員が警戒に残り、カバーをつける作業が再開される。
ケルビンの頭をもった蛇の水槽にカバーがされるころ、オオカミサルは、ひび割れに強引に頭をねじ込んで外に出ようとする。小さなヒビにキバが突き立てられ、徐々にひろがり隙間からどんどん液体が漏れていく。
「がばあああ。」
やがて広がったヒビから狼は頭をだし、空気を感じて歓喜とも怒りともとれる雄たけびを上げる。
バン。
銃弾は一発で充分だった。
グロッグの9ミリ弾は車だって貫通する。その威力をむき出しの口の中に放り込めば狼の頭は嫌な音を立てて変形し、その命の灯を消した。
こんな簡単に命を奪っていいのか?という迷いがなかったわけじゃない。
だが、この状況は異常で、おかしい。そして化け物の行動と存在感は、野生のクマなどとは比べ物になならない。
経験したことはないけれど、戦場やテロ現場で命がけの状況が近かったかもしれない。
「作業再開、一刻も早くこの場所を封鎖、対象の処分を実行するんだ。」
静まり返った中、宇宙服の1人が声を上げて、再び作業が再開された。
その後、水槽から生き物がでてくることはなく、無事にすべての水槽にカバーがされ、俺たちは撤収することになった。
「この後は?」
「このフロアーへの通電を解除します。あの水槽は生命維持装置のような役割をしていたのでほとんどの生き物はそれで・・・。というかあんな形になって動ける生き物がいるなんて・・・。」
つまりはあんな形にした奴がいるといことだ。
なんとも胸糞悪い話だ。カバーがされる直前もケルビンの顔は眠っているようにも死んでいるようにも見えた。どんな発想をすれば生き物でレゴブロックをするような趣味の悪いことができるのだろうか。
「お、おええええ。」
気が抜けたこともあり、周囲では胃の中身を吐き出しているやつが何人もいた。その場にいた誰もその行為を責めなかった。俺だって強気に振る舞っていなかったら吐いていたと思う。
作り物だと思いたいような趣味の悪い倫理観ゼロの所業の数々。死体を組み合わせたのか、それとも生きたまま組み合わせたのか知らないが、無学な俺でもわかる。
あれはこの世にあってはならないものだ。
その場に居合わせた全員がそれを胸に抱き、あれを行った人物を必ず見つけ出すと心に誓ったのは言うまでもない。
レイモンド叔父さんは意図的にホーリーにこの経験を話していません。甥っ子を思う気持ちとコンプライアンスとか倫理的な問題に考慮しているから。




