46 レイモンドという男の話は頭痛が痛くなるものだった。
マック視点なお話の続きです。
レイモンドという男の話は頭痛が痛くなるものだった。
ミューランド大学の見学案内に従って構内を歩いていたら展望台からの光景に隠されたメッセージを見つけ、ネットで噂になっていた都市伝説を思い出した。そして、大学の各地にあるオブジェクトに隠されたパスワードを入力したら、この趣味の悪い部屋にたどり着いてしまったという。
「いやー、俺もびっくりだわ。大学側も知らない施設を発見してしまったわけなんだけど、お巡りさん、これって住居侵入罪とかになってしまいますかねー。」
そして、言葉と一致せず少しも悪びれていない表情。これはどうにも厄介だ。
「ここは、見学可能エリアなんですよね。」
「はい、可能エリア内は自由に移動していいってことだったから、なにかのアトラクションだと思ってしまって、いや、反省はしていますよ。罰金なら払います。」
「いえ、そうなると、こちらとしては。」
言うまでもないが、大学構内は私有地である。だからこそ見学者は指定されたエリア以外への移動は厳しく制限されている。それは俺たち警官も同じで見学可能エリア以外は、大学側の要請がなければ立ち入りは許されない。それも俺が知る限りではない。この街では大学の意向が絶対なのだ。
だが、そうなると、見学可能エリアでの移動である限り、男はルールを守っているわけであり、
「当方としては、大学との話し合いとなると思いますが、見学ルールを守られているなら問題ないと思いますよ。まあ、端末を触ることへのモラルとかは問われるかもしれませんが、その辺は民事不介入なので。」
「そうですか、大学側には改めて謝罪させていただきます。」
深々と頭を下げる男と美女、ルイーザさん。彼らにとってもイレギュラーな事態だったということだろうか?しかし、これだけの施設になると・・・。
「おい、みんな、すぐに来てくれ。」
色々と疑いたくなったタイミングで不意に先輩の声がした。視線を向けるとなにやら驚いた顔で俺を手招きしていた。何か見つけたということだろう。
「どうぞ、大人しくしてますから。」
バタバタと他のメンバーが歩いていく中、気になってレイモンド達を見れば大人しく壁際に立っていた。彼らについてはあとでちゃんと話を聞く必要がある。そんな気がした。
「どうしたんですか、先輩・・・たち?」
そんなことを考えながら歩いていくと、先輩たちは一つの水槽の前で棒立ちになっていた。10人以上の警官が立っているせいで中身は見えないが、姿勢から水槽の中身に注意が言っているのはたしかだろう。なんとも奇妙な光景に俺は仲間を押しのけるように強引に水槽の前にでる。
「こ、これって。」
なんでここに?
そう思ったのは、先輩たちも一緒だろう。
水槽の中には、他の水槽と同じく複数の動物を組み合わせたような趣味の悪いオブジェ。その水槽の中身は、牛の頭を持った巨大な蛇だった。アナコンダもびっくりな巨体の蛇の身体なのに、その頭は牛のそれ。なかなかに立派な角と、目の周りに星型の黒い模様がある。
眠る様に水槽に浮かぶ牛ヘビ。それだけでも奇妙な光景だが。
「なんで、ケルビンがいるんだ。」
だが、俺たち警官にとって、その牛の頭は特別な意味をもっていた。
「ケルビン?どういうことですか?」
ケルビンは、街でも人気の牡牛だった。ダグラス爺さんが長いこと飼っている牛で、牛のくせに立派な角と、星型の縞模様と温厚な性格で街の人から好かれていた。
それがつい先日、急に居なくなり騒ぎになったのは全員の記憶にあることだった。
「わしのケルビンを探してくれ、取り戻してくれ。」
いつもは嫌味ばかりのダグラス爺さんが泣きながら、写真を見せて警官1人1人、いや町中の人に訪ねて回った痛痛しい姿、そのときに何度も写真を見せられ、スマホに写真を撮って牛という牛を警官たちで探し回った。
そのケルビンの顔を俺たちが見間違えるはずがない・・・。
「これは、盗難の被害届がでていた牛です。」
「いや、そんなバカな。」
「これを見ても?」
戸惑う研究者に先輩がスマホにあったケルビンの写真を見せつける。あの特徴的な角と、星型の痣、これを見間違えるのは無理がある。
「ま、待ってください。と、ということは、ここにあるのは、本物?」
ヒステリックな声になって、研究者が声を上げると一同が動きを止める。
そんなバカなことがあるのか?
俺を含めて、その場にいた全員が水槽から距離をとってエレベーターへと近づいていく。まるで巨大な化け物の腹の中にいるかのような、圧迫感が襲ってくる。うんレイモンドの言葉で作り物と思っていた。
そう思うことで、正気を保っていたのだとおもう。
「おえー。」
誰かが嗚咽する音と匂いがしたが、誰一人咎めなかった。そんな余裕がいつの間にかなくなっていた。
「おいおい、どういうことだ。まさかこの趣味の悪いオブジェクトは、本物の生き物を使ったってことか?ありえないだろ。」
そこで、レイモンドの声が虚しく響く。
誰もがそう思いたい。だが、ケルビンの顔。目を閉じて生命のない顔でありながら、よく見た牛の顔だった。新人の挨拶回りをしたときに、俺の顔をべろべろと舐められるくらい至近距離で見たんだ。
「あれは、ケルビンだ。」
そう思ったら、恐怖よりも怒りが勝った。
「どこのくそ野郎だ。ぜったい捕まえてやる。」
死体を弄ぶド畜生。そんな奴に対する怒りで、手は腰の銃に伸びていた。
またまた、それが幸運となった。
ガンガン
一同は思い思いに感情を消化しようとしていたとき、ふいに出口に近い水槽からそんな音がした。
「なっなんだ。」
未知の出来事に俺たちの足が止まる。そして、
「きしゃああああああ。」
一番外側にあった水槽が突き破られ、中から手足の生えた巨大な魚が飛び出してきた。
「ひ、ひいいいい。」
近くにいた研究員が驚いて尻もちをつき、悲鳴を上げる。魚はその声を聞いたのか、巨大な魚眼でその姿をとらえ近づいていく。
迷っている暇はなかった。
自分でも恐ろしいほど冷静に俺は、銃を構えていた。
西部劇の映画に憧れて、ホルスターの皮が千切れるほど反復練習した早撃ちの構え。
反対側には壁しかない。半身になって肘を胴体に着けるように固定する。本来はリボルバー系の銃の作法だが、オートマチックでもいけないことはない。
舌を噛まないように口を閉じて、引き金を引く。
バン。
最初に一発、それは魚の滑っとした皮膚をなぞる様に傷つけて後方に流れる。
だったら。
驚きに足を止める魚に対して、微妙に狙いを変えて、そのデカい魚眼に弾丸をたたきつける。
バン、バン、バン
引き金を引くのは3回。飛び出す薬莢に意識を奪われることもなく、撃ち続ける集中力は、警察学校でもほめられた。銃の種類によってはオリンピック選手にだって負けない。
バタン。
狙い違わず、魚眼に吸い込まれた弾丸は、巨大魚の命を刈り取り、そのまま体内に残ったらしい。
ひどく生臭い。
どくどくと流れる血は赤かったが、その事実は恐ろしかった。
「みんな、すぐに研究員を避難させろ、警備員さんたちも警戒して。」
だが、それ以上に俺は声を上げていた。
水槽はまだまだ残っているのだ。他の化け物たちも動き出すかもしれないのだ。
本来ならば、水槽の中身が飛び出して暴れまわり被害がでるけど、害獣一匹程度なら警察官でも対処はできる、はず?




