41 この大学を設計した人は天才だ。
レイモンド叔父さんが奇妙な世界に迷い込む。
この大学を設計した人は天才だ。
機密を維持しつつ、導線を意識し、スペースを確保しつつもストレスを感じさせない適度な解放感。美術館のように優美でありながら病院のように機能的な建物だった。
まるで未来の楽園だ。
「いやー、素晴らしいですね、ここは。」
「ありがとうございます。で、ご質問はこの大学の設計者についてですか?」
気づけば色々と歩いて、カフェテラスにあるインフォメーションでそんなことを尋ねてしまった。
「IDを確認しても。」
「ああ、これだ。ゲスト用だからダメならいいんだけど。」
やや緊張したふりでIDを出せば、インフォメーションのお姉さんはクスりと笑ってIDを見る。
「大丈夫です、本施設の設計者や設計理念については、公開されておりますから。そちらの端末にタブレットを近づけてください。」
指示のままにタブレットを端末に近づけると、ぴっと音がした後にアプリが追加された。
「見学中のメモはよいですが、写真や動画の撮影はご遠慮させていただいています。また、見学の際で気になった点がありましたら、お近くのスタッフに訪ねられるか、そちらのアプリから検索していただくと助かります。」
「至れり尽くせりだな。さすが業界最新鋭の管理システムだ。たしかAI制御で常時アップデートしているとか。」
「よくご存じですね、はい、試験的に運用させていただいている管理システムで、職員やゲストの現在位置や研究情報はリアルタイムで共有されるしくみとなっています。」
「なるほど、端末を落とさないようにしないとな。」
「ご安心ください、万が一端末を紛失された場合も警備ドローンやスタッフがすぐに回収いたしますので、ああでもトイレに落とすなどはやめていただけると。」
「怖くて水場には持ち込めないよ。そのためのストレージまで用意してあるし、すごいもんだ。」
「ご理解のあるゲストで助かります。どうぞ、有意義な時間をお過ごしください。」
なんだかんだ長話をしてしまったが、インフォメーションのお姉さんは終始笑顔で対応してくれた、案外あれもロボットだったりしてな。
「さて、アプリの入手もメモ通りと。」
同時に驚いたのはホーリーメモの精度だ。メモには端末からアプリを習得することできるほか、裏コードなんてものまで載っていた。フィクションとしては面白いが、ただのゲストの自分がそれをするのはさすがにまずい。
それならと展望台の暗号が関わる場所へと行ってみることにしたが、再び驚いてしまった。
「ここは見学可能エリアだよな。」
第2研究所の端っこ、中庭に面したその場所は見学可能エリアとマップに表示されているが、キーボード操作による端末とロックのかかった扉があった。見た目は備品倉庫だったが、マップには特別な説明がない。
「KOTDDE これで隠し部屋へのエレベーターが見つかる。そんなわけ。」
冗談のつもりだった。万が一エラーがでたら、ネットのうわさを確かめたくなったと正直に謝るつもりではいた。しかし。
「特殊コードを確認しました。特別ルームへの入室を許可します。」
予想に反してロックが解除され、ついでに何かがガチャガチャと動く音がし、扉の先にはエレベーターがあった。
「まじか、ネットの噂も馬鹿にできないな。」
念のために確認したが、エレベーターは見学可能エリアだ。
「となると、メモにあった暗号は、たしか。」
エレベーターに入り、メモに書いてあったパスコードを打ち込む。本来ならば各研究所にあるオブジェを調べて暗号を解かないといけないらしいのだが、ホーリーのメモには展望台から調べるコードもこの先で使ういくつかのパスコードもしっかりメモされていた。
「ずるしているようで恐縮だけどアップデートをしていないのも悪い。」
各研究所のオブジェクトも確かめたいが、オブジェクトの場所は日替わりで変わるし、パスコードも数パターンあるらしいので、今回はメモを頼らせてもらおう。
「ゲームの攻略法じゃないけど、ネットでなんでも分かる世の中ってのはどうなんだろうねー?」
この事実はあとであのお姉さんにも伝えて、セキュリティーの見直しは伝えよう。だが今は悠々自適に見学させてもらことにしよう。
3つのパスコードの入力を求められたが、ホーリーのメモにあるいくつかのパスコードが役立った。どうもパスコードを入手するためには、それぞれの階層を探索する必要があるらしいが、奥へ行くだけだったら、問題はない。と書いてある。
「道中も気になるところだけど、危険な薬物や立ち入り禁止エリアが多すぎるので注意と。」
実際端末もエレベーター以外は進入禁止エリアとなっているので踏み込むつもりはない。
「これは外部向けのキャンペーンみたいなものかもしれないな。」
ホーリーがここまで詳細な情報を入手できたことや、ここまで侵入しても驚かれないこと、何よりこのウィットに富んだ裏設定。
違法な動物実験や薬物を保管した研究施設。資材運搬用の大型エレベーターは厳しい監視とセキュリティーがあるのに対し、研究員向けの秘密の入口は、素質のあるものならば誰でも通ることができる。
なんともきな臭い。そういうシークレットキャンペーンなんだろうか?
と思っていたんだけどなー。
「な、なんだこれは。」
最奥の場所は見学可能エリアになっていた。
おそらくは侵入者を想定していないのだ。それ以前に万が一にも騒ぎになって大学や外部の人間に情報が漏れることを恐れていた。あとになって冷静になればそう思えた。
ここの事実を外部に知らせるわけにはいかない。
ここまでの巧妙な仕掛けは、そう言った意図で作られたものだと。
立ち並ぶ円筒の水槽。緑色の照明で照らされたそれらの数は数えきれない。体育館ほどの大きさの場所には大小さまざまな円筒が並べられ、無数の管がつながれて液体が満たされている。
そしてその中には、明らかに自然を冒涜した何かがが入っていた。
「これはカニ?いや身体は魚だよな。」
まず目に入った水槽にいたのは、サメのようなフォルムをした生き物だった。シルエットは魚なのだが、その表面は甲殻類を思わせるゴツゴツとした見た目をしており、ヒレの部分がハサミのようになっていた。古代の魚にこのような甲殻を持つ魚がいたような記憶もあるが、ヒレがハサミというのは見たことがない。その隣にはカエルのようにぬるっと質感の肌をしたゴリラ。その隣にはふさふさの毛並みの巨大昆虫。どれも死んでいるようだが、なんともおぞましい。
ほかにも水槽の中にいるのは複数の生物を組み合わせたようなキメラがたくさんだ。
「やばくね。悪趣味だわ。」
遺伝工学の悪ふざけ、まるでB級SF映画のような光景に息をのむ。これはキャンペーンだとしても趣味が悪い。作り物だとしも、このオブジェクトは悪趣味がすぎる。
「一流大学に隠された狂気の影。ゴシップ誌が飛びつきそうだ。」
改めて端末を見るが、ここも見学可能エリア。ならば衆目にさらされても大丈夫と思えるのだろうか。「数もすごい。でも埋まっているのは半分?」
隙間を歩き気ながら確認するとの100近い水槽は半分ほど空いていた。まるでこれは研究の途中だというメッセージを感じる。どうにも作りこみがすごい。
「いやー、やばいねー。」
記念に写真を撮りたいが、カメラや録音機などの機材は受付で預けてしまっている。
「っと、ルーザーから連絡?そんなに時間が経ったか?」
まだまだ鱗に夢中だと思っていたが、端末の通話アプリで連絡が来ていた。
「レイモンドさん、どこにいるんですか?明らかに敷地外にGPSの反応があるんですけど。」
「おお、ルーザー、ロビンもつれてきてくれ、俺ってば大学のシークレットキャンペーンをあっさりとクリアしてしまったみたいだ。」
「シークレットキャンペーン?何言っているんですか、やめてくださいと、違法な取材とかになったら怒られるの。」
「いやいや、ここは見学可能エリアだから。ええっと、たしか移動ルートをナビにするモードがあったはずだから送るからお前も来いって。」
自分が通ったルートとパスコードを自動で突破してくれるナビモード。カメラ撮影ができない代わりにこのログとマップデーターは持ち帰りできるとインフォメーションのお姉さんが教えてくれたものだ。
「まあ、きっと公開には制限がかかるだろうけど。」
気づけば、この悪趣味な光景にもなれ、俺はこのシークレットキャンペーンや大学の状況をどんな記事にするか考えながら、ルーザーたちがここに来るのを持っていた。
ホーリー「おじさん、それ本物、すぐにげてー超逃げて―。」
いわゆるラスダンに入るために最初か見えている入口。それを突破する方法も分かりやすくまとめた、レイモンドメモ改(ホーリー編集)の威力の高さよ。




