4 僕は焦っていた、それは事実だ。
とりあえず、近場のヒーローを頼ろうの精神。
僕は焦っていた、それは事実だ。
でも13歳に僕はその時は、必死だった。悪夢を見て怯える子どもそのものだった。
両親が止めるのも聞かずに自転車に飛び乗り、目指すのはラルフさんの家。
「ホーリー、もう大丈夫なのか。」
「ラルフさん、助けて下さい。」
前置きとかそういうのとか、事情の説明も色々考えていた。だけど自転車を飛ばしている間にどこかへ行き、汗だく、息も絶え絶えな僕は、ラルフさんの顔を見た瞬間にそう言っていた。
「お、落ち着け、どういうことだ。まさか自転車が、いや新聞屋さんに怒られたのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて。」
落ち着こう、今年から中学生になるんだ。
「ごめんなさい、でも、僕、ラルフさんにしか頼れないんです。「リドル」に対抗できるのは、ラルフさんだけなんです。」
「・・・帰ってくれ。」
あれ?この人こんな怖い顔してたっけ?いや違うこれは。「俺」の知識が教えてくれたのは、RCD3のプロローグの回想シーンだ。事件の傷が癒えておらず、新聞記者やカウンセラーを拒絶するときの。
「ま、待ってください。ラルフ・アルフレッドさん。黎明館の事件、アナタはそれを乗り越えたんじゃないんですか?」
「ちっ、なんでそれを。子どものネット遊びもここまでくるのか。」
「違います。話を聞いてください。」
先ほど出会ったときの人当りの良い顔が失せ、相手を拒絶する冷たい顔。怒りとか悲しみとかじゃなく蝋人形のように固まった表情。見ただけでコミュニケーションを諦めたくなる。
けれども、ここで逃げたらまずい。
「今は話を聞いてください。このままだと、俺死んじゃうんです。」
「人は死ぬ。死ぬのは自然のことだ。」
「だったら、それに抗うのも自然な事だろ。」
俺がその言葉を選んだのは、ゲームの名場面の一つだったから。
「なっ。」
「いいから、話を聞いてください、その上でラルフさんが逃げ出しても僕は気にしません。」
そのまま押し入るように、ラルフさんの家へと入る。
「くー、コーヒーをいれる。適当に座りなさい。」
強引な様子にラルフさんの顔に感情が戻った。厄介者を見る目だけれど、蝋人形よりはましだ。
苦めのコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖をいれる。コーヒーは苦手だと思っていたけど、今はこの味がどこか落ち着きを覚えた。
「で、君は何を知っているんだ?」
「リドルという存在と、ラルフさんが巻き込まれた黎明館の事件。それと・・・。」
言いづらいことだ。目の前のソファーに腰かけて僕を観察するラルフさんに下手な隠し事はできない。かといって正気を疑われれば、ソファーの陰に隠された手の先にあるハンドガンで撃たれる。
「ええっと、突拍子もないことなんですけど、さっきラルフさんが、ラルフ・アルフレッドさんだってわかったときに、こう、ばーっと記憶が流れ込んできたんです。」
結局、僕は正直にすべてを話すことにした。
「記憶?」
「はい、記憶というか、情報?まるで映画とかゲームみたいな感じに、いろんな情報が、それがRCDという名前で、いろんな事件がありました。リドルというのもその中に。」
「リドル・・・まさか、それを忘れるために。」
「ご、ごめんなさい。」
その顔があまりに悲痛すぎて、僕は申し訳ない気持ちになる。
ラルフ・アルフレッドさんが、RCD、リドルと関わったのは、3年前、2020年のことだ。
「「だったら、それに抗うのも自然な事だろ。」君はこの言葉をどこで聞いた?」
「いや、なんというか、黎明館での出来事を体験したというか、知っているというか・・・。」
「追体験?精神ハック?いや、リドルならそれくらいありえるか。」
リドルとは、RCDで起こるホラー現象の原因となるウイルス的な要素だ。液体やガスなどの形で保管されていて、人体に投与されると肉体強度をあげつつ理性を失わせ、儀式に用いると別世界の異形の存在を召喚する。人の恐怖によって増減、発展する。リドルそのものに意思があるのか、それとも何者かの意思によるものかわからないが、シリーズを通して、黒幕とされるボスたちは、その目的のためにリドルを求め、そのために多くの人間を恐怖させる。
「あのくそジジイだけだとは思わなかったが。」
RCD1では、不老不死を求めて狂った老人が、自身の延命のために宿泊客を拉致、拷問のような手法で殺すことでリドルを作り、リドルによる罠を創り出していた。ラルフさんは、同じように拉致された宿泊客9人と協力して、そのデスゲームを乗り越えた。
「どこまでも追ってくるからくり人形に、銃が効かない幽霊女。間違えれば即死のなぞかけに・・・。」
ブツブツと言っているラルフさんの言葉から、「俺」の確信は深まっていく。RCD1は和風なステージで繰り広げられる理不尽アクションで、パズル要素が多かった。ルールに従って行動しつつ、理不尽攻めしてくるモンスターから逃げる。道中で仲間は次々にやられ、最後は新人警官だったラルフが、親しくなった新婚夫婦に庇われて、館の主のもとへとたどり着き、そこでリドルという存在を知る。
そんなストーリーだった。
「今でも夢にみる。そして、どこかでリドルがいると信じて備えていた。」
「そうなんでしょうね。」
「それも知っているのか。」
こくりとうなずく。事故のショックで警察を退職したラルフは、この街に隠居するときに、多くの備えをしている。重火器やサバイバルグッズとシェルター。RCD3と4の拠点となるこの場所に、「俺」が喜んでいる気がするが、「僕」はそれどころじゃない。
「ええと、僕が見た情報だと、2年後の2025年9月3日、この街でリドルが発生します。」
「・・・。」
「あっいえ、それがラルフさんがとかじゃなく、この街でリドルを研究している悪い人がいるんです。その人は、自分の娘を実験台にして、」
「へえ、そんな奴が。」
ここがゲームの世界で、そのゲームをプレイした。それが言えたら一番だけど。ラルフさんが信じてくれるとは思えない。
「2年後か、今すぐ移れば拠点を作れるかな。」
「ま、待ってください、それじゃダメなんです。2年後の事件をきっかけに世界中にリドルが広まってしまうんです、止めるなら今しかないんです。」
「はあ。そうか、あの時もそうだった。」
なんとか伝えようとするけれど、話せば、話すほどラルフさんの心が遠ざかっていく気がした。
「少年、一つだけ忠告しておくが、リドルの情報を信じるな。信じて行動すること自体が、やつらの仕掛けかもしれないと疑いなさい。」
ホーリーが少年に代わった。これはこの街にきたばかりのころ、新聞の勧誘を断るときの言い方だった。
「君が嘘をついてるとは思わない。あのセリフはそれだけ大事だし、君の必死さも分かる。」
「だったら。」
「私は動けない。」
言いながらラルフさんは隠していた手を上げる。そこには銃は握られておらず、ただただ震えていた。
「乗り越えたと思っていた。平穏に戻ったと思ったんだ。だけどね。あの旅館の出来事はあまりに恐ろしい、今でも夢にでる。話すことはできても、この震えでは立ち向かえないんだ。」
「そんな。あなたはラルフ・アルフレッドでしょ?」
「落ちぶれた元警察官に期待しすぎだよ。」
いや、ちがう。ラルフ・アルフレッドといえば、RCDシリーズを通して、化け物以上に化け物と言われたヒーローだ。
「早朝にランニングしたり、トレーニングしたりしているじゃないですか。」
「力でどうにかできるものじゃない。鍛えているのは逃げるためだ。」
「銃や武器を備えているのは?」
「気休めだよ。」
くそ・・・。恐怖に負けてしまっている。
仕方ないよと「僕」は思い。こんなはずはないと「俺」は憤慨する。どうやら、ショックを受けたときも「俺」は顔をだすらしい。
「ラルフさん、ごめんなさい。でも知っておいてほしかったんです。」
こうなることを僕はどこかで理解していたと思う。それでもすがりたかった。
「知っていて、対処できる人に警告を伝えたかったんです。話せたのですっきりしました。コーヒーもありがとうございます。」
「そうか・・・ありがとう。」
礼を言って立ち上がり、コーヒーカップをキッチンへ置く。ラルフさんはそんな僕を無言で観察していた。
「どうするつもりだ?」
「とりあえず、できることをやってみます。ホントにダメなら逃げ込んでもいいですか?」
ちょっとおどけて見せると、ラルフさんは、肩をすくめた。
「家族への言い訳ぐらいは付き合ってあげるさ。」
今はそれだけでも充分だと思うべきだ。この会話をきっかけに2年目の事件が少しでも好転すればいい。僕は僕で生き残れるようにがんばるしかない。
自分の身は自分で守る。男の子らしいプライドとともに、今回はこの約束ができただけで満足していくことにした。
ホーリー「だいじょうぶか、この人?」
2年早いからこそ、ヒーローはまだ完全に立ち直っていない。だが、少年なので、その機微はわからない悲しみ。




