26 使うことのなかった携帯の履歴が最近は忙しい。
ラルフ&毛玉サイドのお話。ラルフさん視点です。
使うことのなかった携帯の履歴が最近は忙しい。
「ああ、そういうわけだ。詳しくはメールで、PDFにして郵送しろって?着払いでいい?いや直接話を聞きたい、おいおい落ち着け、車でこれる距離じゃないぞ。」
電話の相手は、あの忌々しい事件の後でお世話になったFBI(連邦捜査局)の捜査官を名乗るKという男だった。狂った老人との対決で辛勝し、死にかけで倒れてた俺を宿から救出し、入院、その後リハビリの手配をしてくれただけでなく、政府からの見舞金やら保険金という体裁でそれなりの金額を渡してくれた。
「何かあれば、連絡をくれ。ないのが一番だが。」
冗談のように渡された電話番号のみのカード。色々迷ったが俺はKにウッディ・リドルとその地下室で見たモノについて連絡した。
サングラスに無表情、機械的な対応しかしなかったKが俺からの電話に狼狽して、あれこれパニックになっている様子はお笑いだった。
『もう一度確認したい。』
「はは、なんでもいいですよ。」
『確かなのか?』
「確かだ。」
ウッディ・リドルのあの急変とその後の様子、謎めいた地下室とその先にあったもの。それらを含めて「リドル」が関わっていたのは間違いない。
『わかった。人を派遣する。また連絡するからお前は動くな。』
「はいはい。」
返事の代わりに通話が切られ、俺は眉をよせた。
Kとその後ろにいる組織は「リドル」を恐れている。俺に分かることはそれだけだ。だからその痕跡を徹底的に消そうとするし、それらしき気配を警戒し、俺のような生き残りの保護には積極的なんだとか。そんな彼らをしてもウッディ・リドルの一件は、寝耳に水の出来事だったらしく、電話の向こうでもバタバタした雰囲気があった。
「ばう。」
「そうだな。めんどくさいのは偉い人に任せて、食料調達だ。」
「ばう。」
助手席から俺の膝にちょっかいを出す毛玉、エメルと名付けられそれは、食事を催促するかのように俺とスーパーを交互に見て吠えた。
リーフ・リドルのペットとのことだったが、妙に人間臭いというか賢い子だ。俺やリーフちゃんの言葉を理解しているのか、ダイナーから帰るときは自分から車に乗ったし、家についたらソファーの下で勝手に寛ぎだした。そして、時々するりと窓から外に飛び出しては戻ってくる。恐らくは庭先にトイレに行ったのだろう。その気ままさはネコのようだ。一方で、今朝は寝起きの俺を急かし、ダイナーにつくやリーフの足元にじゃれつく。先日あった時は胸元に飛び込んでいたのに、今日は主人の服が一張羅だと分かっていたのか気を使いながらも忠誠の高さはまるで犬のようだ。
「ばうばう。」
「はいはい、とりあえずペット用カートのところへ行こうなー。」
「ばう。」
まあ、どっちでもいい。この賢くも生意気な毛玉のことを俺はすっかり気に入ってしまったようだ。
街一番のスーパー、といっても規模はそこそこ、ペットフードとか雑貨とかも充実している田舎のマーケットって感じの店だが、店主の趣味でペット同伴OKという奇特な店だ。
「コーヒーはいつもの、紅茶はどれがいいんだ。」
「ばう。」
「これか?」
「ばうう。」
「こっちか。」
「ばうばう。」
うん、主人の好みもばっちりらしい。そんな感じに1人と一匹でのんびりと店内を進み、必要そうなものをカゴにいれていく。男の一人暮らしだとどうしても偏りがちな調味料や甘味、それをスルーしそうになるとエメルが吠えて教えてくれるので非常に助かる。
「ふふふ、ずいぶんと賢い子ですね。」
「ええ、しかもグルメのようですわ。」
視線を追ってみれば高級そうな缶詰ばかり。すれ違う他の客も微笑ましく笑っている。
「待て待て、缶詰は間に合っている。」
「ばうばう。」
「・・・1個だけだぞ。」
おまえ、このトマト缶、食べるんだよな。
そんなこんなで結構な量になった。ただ、ドックフードとキャットフードの両方を要求されたときは首を傾げた。(どちらも高級品)
「さて、あとは帰って準備かな。明日にはリーフちゃんが家に泊まりに来るからな。色々と。」
「ばう。」
車に積み込み運転席を開ける、慣れた様子でするりとエメルが助手席に乗り込み、窓をあけろとアピールする。
「うん、お前、なんだそれ?」
「ばう?」
これが何かと頭を傾けるエメル。その口もとには、白いうろこのようなものがついてた。
「なんだこれ。」
「ばうばう。」
ぶるぶると身体を振るわせるがくっついて取れないらしく、仕方なくとってあげる。
「うーん、随分と生々しいな。」
コインサイズのそれはチクチク、いやざらざらした表面でこすったらケガをしそうだった。
「サメ肌?そんなわけないか?」
触ったことないし、この物騒なうろこはサメを連想させた。あるいはワニ?
「おもちゃか、誰かのペットの落とし物を引っかけたのか、毛深いと大変だな。」
「ばばう。」
「はいはい、そんなことよりも帰ろうな。」
急かすエメルの頭を一度だけなでてて、その毛並みを楽しむ。鱗はハンカチでくるんでボンネットにしまう。後でホーリーたちにも見せてやろう。
「ふふふ。」
数日前は人と関わるのなんてごめんと思っていた俺も変わる者だ。社会復帰なんて諦めていたけど、気づけば、新しくできた友人2人のことばかり考えている。
「まあ、悪くない。」
「ばう。」
「そうだな。まずはキャットフードだな。」
心の傷が癒えたわけではない。それでも、今はこの相棒とともに、彼女たちの生活を見守っていこう。
余談だが、家に帰ってペットフードをだしてやっても、毛玉野郎はそっぽ剥いて昼寝しやがりました。まるで食後のように満腹で幸せそうな顔で眠り、リーフちゃん達が遊びにきたら速攻で目を覚ましてご主人のもとへ行っていた。
「・・・かわいくない。」
まあ、夕飯のときには食べてたけど・・・。
あと一つ、例のうろこをホーリーたちに見せたら。
「えっセベクも、確かに下水道にはワニがいるって聞いたことが。」
「それはニューヨークの話だから。あといるとしたらフロリダじゃないかなー。」
なにやらホーリーがビビっていたのが面白かった。
「ばう。」
毛玉は誇らしげにその鱗をリーフちゃんに見せていた。
彼らと俺の新しい一日は、こうして平和でのんびりと終わるのだった。
エメル「ばう(拾い食いとかしてないよ。)」
白いうろこの正体については、文庫本の話と合わせて次回に解説します。




