24 小学生と中学生の違いは大きい
中学生になりました。
小学生と中学生の違いは大きい。授業は自分たちで選ぶようになるし、通学距離も長くなる。スクールバスの時間も早くなった。
まあ、毎朝新聞配達の手伝いをしている僕にはわりと余裕のる時間。中学初日の今日も自転車を走らせてノルマをこなし、シャワーを浴びておろしたての服に着替えて準備万端。コーヒーを飲んでゆったりとしていたら、すっかり見慣れた大型車が家の前にとまった。
「おはよう、ホーリー、そしておめでとう。」
「おはようございます。ラルフさん。」
運転席から気さくに挨拶をするラルフさん。後部座席にはエメルをなでながらリーフさんが手を振っている。今日はシックというか、落ち着いた大人っぽいワンピースとジーンズをはいている。
「ラルフさん、ありがとうね、息子を頼みますよ。」
「気にしないでください、これもリハビリの一環ですから。」
荷物をもって後部座席に乗り込む僕の横では母さんがラルフさんに御礼を言っていた。
本来ならばスクールバスで通学することになるんだけど、今日は初日ということで、学校近くに用事があるというラルフさんが車を出してくれることになった。僕がラルフさんの車に憧れていることを知っている両親は苦笑いだったが、僕からのお願いにうなずいてくれた。
「・・・おはよう。」
「ばう。」
「おはよう。」
前髪で隠れた顔は相変わらずだけど楽しそうなペットと飼い主と挨拶をして、シートベルトをつける。
「じゃあ、行くよ、忘れ物はないね?」
「大丈夫。」「大丈夫です。」
ラルフさんに返事をして、見送る母に手を振って車は走り出す。実に平和な光景だ。きっと中学も楽しくなるに違いない。
2023年 9月の時点でこんな平和な光景は俺の知る限りはなかったからだ。ラルフ・アルフレッドの回想では、2025年のRCD3開始時時点まで、ラルフさんが自分の症状について住人に話すことはなかった。リーフ・リドルの回想では、中学へ通う同年代の子供たちを恨めしく思っている記述があり、ゲーム本編では、スクールバスをスクラップに変えている。
「私だって学校へ行きたい。」
その一文、ラスボスながら同情要素ばかりのリーフ・リドルの不憫エピソードの一つだ。
アメリカの学校には飛び級制度が存在するし、ホームスクーリングといって家庭での教育も認められる。小学校卒業時点で、大学入学レベルの学力を身に着けていたことが判明し、本人の意思(不本意)もあり、ゲームでは中学へ通うことはなく、あの家で父親と共に過ごし、病んでいった。
「学校、楽しみだね。」
「・・・うん。」
「ばう。」
いや、お前は留守番だからな毛玉。
そうそう、リーフさんはラルフさんの家でお世話になることに前向きらしい。昨日別れ際にダイナーでローズさんにそう相談をしていた。
「・・・エメルと、みんなと一緒にいたいから。」
うつむき気味にそう答えたリーフさんの意志を、ローズさんは何度も確認し、ラルフさんと遅くまで話していたらしい。どんな話し合いがあったかは知らないけど、ひとまずエメルはラルフさんのところで預かり、ダイナーローズとラルフさんの家を行き来して様子を見ることになったそうだ。
「・・・とりあえず一部屋あけるって張り切ってた。」
僕が帰ってからの様子を楽し気に語るリーフさん。こっそり教えてくれたことだけど、エメルと一緒にいること、この街からでないこと。今優先したいことはその二つだそうだ。この街で普通の子として僕みたいな友達をもっと作りたい。その言葉にちょっと複雑な気持ちになったのは内緒だ。
それはさておき、中学校にクラスはない。登校したら名簿と照合された時間割と案内をもとにロッカーに荷物をあずけ、それぞれのグループに分かれて学校案内ツアーを受ける。その後は、体育館で新入生の歓迎イベントがある。
「・・・Dグループ。」
「あ、僕も同じだ。じゃあロッカーに荷物を預けたら教室で会おう。」
「・・・わかった。」
ロッカーの場所は男女で別れているらしく、違うルートを通った方がいい。
それは合理的な判断だ。別に不思議な事じゃない。
「またあとでね。」
「・・・うん。」
だが、この判断を数分後に僕は後悔することになる。そう、僕はすっかり忘れていたのだ。
リーフさんが小学校でどのような評価を受けていたか。
そして多くの同級生が彼女の実力も本性も知らない事実を。
「ああ、黒女じゃん。あんた学校へ来るんだ。」
ほんの数分、胸騒ぎがして集合場所から女子ロッカーの方へと彼女を迎えに行ったとき、リーフさんは数名の女子生徒に絡まれていた。それもかなり厄介な部類だ。
「あんた卒業式のあとのパーティーにもでなかったから、てっきり学校に来ないと思ったわ。」
「まあ、でても浮きまくりだったろうけどね。」
にやにやと絡む女子は小学校の同級生。それもいわゆるギャルと言われる女子たちだ。リーダー格は派手な金髪と高身長のサラ・シェイファー。成績は悪いが要領がよく女子グループをまとめていた彼女は、付き合いの悪いリーフさんや大人しい子ををよく揶揄っていた。そうやって意図的に他の子を下げて自分の地位を上げる、
はっきり言って嫌な奴だ。
僕もちょいちょい揶揄われたり、新聞のお手伝いの御駄賃で驕れと集られたりしたこともある。
しかし、困った。そんな女子グループに1人で立ち向かえるような勇気はもっていない。仮になんとかなっても、今後は彼女たちのターゲットにされかねない。うまい事、切り抜けないと・・・。
いや、そんな器用なことができたら困ってない。
女子同士の付き合いもある。しかし、これは良くない。
そんな懊悩をしている僕はさぞかし怪しかっただろう。
しかし、
「・・・ええっと誰だっけ?」
リーフさんはもっとひどかった。
「はっ?なにそれ冗談だとしてもくそつまんないんだけど。」
「クラスメイトを忘れるなんて、サイテー。」
「やっぱ黒女は、くそだねー。」
口々に騒ぐ女子たちに対して、こてんと首をかしげるリーフさん。今ならわかるけどあれは本気でわかっていないときにでる仕草だ。
「同じクラスになったことあったけ?」
「えっ、ええっと。なにあたしたちのこと知らないの?」
「ごめんなさい、同じクラスになったことがあれば覚えているんだけど、たぶんないよね?」
なにその天文学的な確率。
六年間で一緒にならないって、いや待て確かにサラが一緒のクラスになっていたら、リーフさんは確実にターゲットになっていたはず、だとしたら、
「だから初めまして、リーフ・リドルと言います。よろしくね。」
堂々と自己紹介。先ほどまで絡まれていたことを歯牙にもかけないマイペース。
「はっ、めっちゃ今更じゃん。同じ小学校なのに。」
「でも自己紹介をしあったことはないよね。あなたの名前は?」
「うっ、黒女が生意気なんだよ。」
前髪で隠れた無垢な瞳。僕のいる場所からは見えないけれどきっと、虫でもみるかのように興味がないに違いない。と俺は身震いするが間近で見つめられている女子たちの衝撃はもっとだろう。目を合わせられずじりじりと身を引いていく。
「そうか残念。」
その様子にそう言ってリーフさんはスタスタと歩きはじめる。友達を作りたいと言っていたけれど、その態度はどうなんだろう。
「・・・あっ、ホーリー。どうしたの?」
「ああ、遅かった気がしたから探検がてら、迎えに。」
「なにそれ。」
角を曲がってばったり会った僕の反応にクスクスと笑う彼女は、自然体だった。
「・・・行こう。」
僕が今のやり取りを見ていたこともきっと気づいている。気づいた上で彼女は気にしていない。
「・・・ツアー楽しみだね。」
どうやら、女子たちは彼女の中でどうでもいい存在となったらしい。
そんなドライなところに、ラスボスの片鱗を僕と俺は感じつつ、どうでもいいかとも思うのだった。
なにかあっても、彼女なら何とでもするだろう。僕のすべきことは、ギリギリで彼女のブレーキ役になることだと思う。
気分は大型犬の飼い主だ。
アメリカなどでは入学式がなく、初日がクラス発表やオリエンテーションだけのようです。




