23 その名前が出たとき、僕はともかく俺は驚いていた。
ラスボスと主人公が再び邂逅する。
その名前が出たとき、僕はともかく俺は驚いていた。
「でも、急に行って大丈夫かな?」
「・・・大丈夫、午後は暇って言ってたし、だめなら別のところにいけばいい。」
当てもなく散歩していたら急にラルフさんのところへ行くと言い出したリーフさんの真意が分からない。いや、御礼を言っておきたいという気持ちは分からないでもないけれど・・・。
「・・・いや?」
「別にそう言うわけじゃないよ、急だったから驚いただけ。」
振り返って僕の顔を覗きこむリーフさんに慌てて首を振る。ちょっとだけ気まずいのはあるけど、今朝の様子を見る限りラルフさんが嫌がることはないだろう。問題があるとすると「俺」の知識だ。
リーフさんはRCD3のラスボスであり、ウッディ・リドルが生み出したモンスターたちを操り街を地獄に変えた実行犯。手足のようにモンスターたちを操りスライムのような触手を身にまとって巨人となる。そして、ラルフ・アルフレッドは主人公としてそのモンスターたちを駆除し、最終的には巨人になって暴れるリーフさんを罠にハメて火だるまにする。
前作までとは極端に変わったモンスターバトルものとなったRCD3は賛否が分かれたけれど、ラストバトルの歯ごたえと鬱々なストーリーはシリーズでも評価は高い。
その惨劇がたぶん回避された。黒幕は逮捕され地下室も完成前に捜査が入った。少なくともRCD3の伏線はつぶれている。思えば絶妙なタイミングだった。
「おや、ホーリーに、リーフちゃん、どうしたんだいこんなところで?」
とか思っていたら後ろから僕たちを追い越した車が止まり、ラルフさんが窓から顔を出した。
「ああ、こんにちは、丁度ラルフさんに会いに行こうと思っていて。」
「そうなのか。せっかくなら乗るかい?ちょっとドライブでもと思っていたんだけど。」
「いいんですか!」
現金なものだが、ラルフさんの車は若者の憧れのごっつい大型車。そして、夏休み最終日に住宅街を散歩というのは味気ないとも思っていた。
「あっごめん。」
ここで僕は、リーフさんとエメルのことを忘れていたことを思い出す。我ながら勢いで発言して恥ずかしかったが、リーフさんは笑って首をふる。
「・・・ううん、私もまた乗ってみたかった。かっこいいもんあれ。」
「そうだよね。車高が高いから見える景色も違うから。」
普通の自動車とは違う興奮があるのだ。それをリーフさんが分かってくれるのも分かる。
「バウ。」
とか思っている間に、エメルがリーフさんの足元から飛び出し、ラルフさんが開けてくれた扉へと遠慮なく飛び乗っていく。
「・・・あっごめんなさい。」
「気にしなくていいよ、汚れても大丈夫にしているし。」
「ばうばう。」
早く乗れとこちらを急かすエメル、ちゃっかり助手席に移動した毛玉に呆れつつ、僕たちは笑って後部座席へと乗り込んだのだった。
「ばうばう。」
窓からを顔だしてゴキゲンに風を受けるエメル。風で毛が巻き上がっているがシルエットが分からない。こいつは結局犬なんだろか、ネコなんだろうか?
「・・・ふふふ。」
そんなエメルの様子と車窓の景色に視線を向けながらリーフさんはまたまたゴキゲンだった。
「・・・車ってすごいんだね。」
「うん、とくにこれは特別なやつだよ。タイヤやエンジンも大型だからどんな道でも走れるんだ。」
「その分、燃費がちょっとばかし悪いんだけどね。」
そういってラルフさんはハンドルを切って道から外れて荒野へと入っていく。
「シートベルトはしてるね。」
そう言ってアクセルを踏むと車は土埃を上げて荒野を走っていく。まるで映画のようなワンシーンに僕たちは大興奮で歓声をあげる。
「「「あはははは。」」」
気づけば3人で大爆笑しながら車を走らせていた。ジェットコースター(乗ったことないけど)のような車内で、リーフさんはラルフさんに色々聞いていた。
「これってエンジンの回転数は?」「タイヤのサイズは?」「速度はそのメーター?」
最初は車に関すること。
「じゃあ、この速度だと摩擦係数は。」「位置エネルギーと質量が。」
やがてなんか難しい話になって僕はついていけずに曖昧にうなづくだけだった。けどラルフさんはその一つ一つに楽しそうに答えていた。そう言えば警官を目指す前は物理学の勉強が好きだったとプロフィールに書かれていたような?
思った以上にこの二人、なかなか相性がいいらしい。
「これだけの毛並みだと暑そう。」「いや、逆に毛のおかげで体温を維持できているのかもしれない。一度サーモグラフで見てみたいな。」「ばうばう。」
エメルのことだったり、天気予報だったり、ともかく小難しいというか難しい話だった・・・。まあリーフさんもラルフさんも楽しそうでよし。
楽しい時間はあっという間で、気づけば夕方になっていたが、僕たちはすっかり仲良くなっていた、と思う。ラルフさんは自然に笑っていたし、リーフさんもエメルも遠慮がなくなっていた。街への道をのんびりと引き返しながら、気づけばエメルは運転中のラルフさんの膝の上でくつろぎ、僕たちはそのエメルに関わる心配も相談していた。
「なるほど、たしかにローズさんのところじゃペットは難しいかもしれないね。」
事情を理解したは、ラルフさんは、どこか遠くをみる顔をしていた。
「この子がどんな生き物か知らないけれど、これだけ人慣れしていると、このまま野生に帰すというのも難しいかもしれない。かといって野良のままだと保健所あたりがうるさそうだ。」
もっともな意見だが、ショックだったのか、リーフさんの表情がこわばり、僕の手をぎゅっとにぎっていた。いや、頼られるのは嬉しいけどいきなりはドキドキしてしまう。
「ねえ、リーフちゃん。君はかなり賢いよね。」
「・・・そうなのかな?」
「謙遜の必要はないよ。どんな形であれそれだけ知識があるなら君はもう大人といってもいいかもしれない。が、まだまだ子供だ。」
住宅街に入り、車が急に止まった。いや、それだけ話に夢中になっていただけか。
そこは、警察と大工がせわしなく出入りしていたウッディ・リドルの家、つまりリーフさんの家だった。その様子に一度だけ大きく目を見開いたリーフさんだが、すぐに顔を伏せる。
「・・・ここにはもう戻れない。戻りたくない。」
飼い主の変化に気づいたのか心配するようにエメルがその膝に移動する。
「私は、私、パパとは違うし、ママとも違う。私はリーフ、1人の人間だから。」
震えるように出された言葉。彼女は彼女なりに自分が、父親からどのような扱いをされていたか気づいていたのだろう、そして、今の自分の立場も。
「しばらくは奇異な目を向けられるかもしれない。だが、少なくとも僕とホーリー、ローズさん達は君の味方だよ。」
「うん。」
何も言えない僕には、握られた手を放すことだけはしなかった。
「だが、いつまでもローズさんのところにはいられない。あの人は一時的な保護はしているけど、このままだと君は里親を探すか、保護施設に入ることになる。このままだと街にいられなくなるかもしれない。」
「・・・ううん。」
「色々と辛い事があったわけだし、環境を変えるのも一つの手だ。僕もそうしたからね。意外とすっきりするかもしれない。」
「・・・やだ。」
「そうか。そうなんだね。」
辛い現実をラルフさんが伝える必要はない。リーフさんもこの問題は分かっていた。しかし、なぜこのタイミングでラルフさんは?
「それなら、リーフちゃん。君さえよければ、うちに来るかい?」
「「えっ?」」
まさかの言葉に僕たちは驚いて顔を見合わせ、そしてラルフさんを見る。
「実は、ドライブ中に思いついたことなんだけどね。」
驚く僕らにそう前置きしてラルフさんは語りだした。
「君はしっかりしているから、自分の身の回りのことはできるよね。それとこれはまだ秘密なんだけど、君のお父さんは君の名義で結構な金額を貯金してある。それこそ君が、高校や大学へ進学しても充分な金額だ。色々あると思うけど、これは君が自由に使っていいものだ。」
そういえば、ウッディ・リドルはいくつのもの特許をもっていて、それで稼いだ資金をもとに研究をしていた。それなら、リーフさんのために幾らか残していても不思議ではない。
不思議ではないけど。
「ただ、その貯金が問題だ。ローズさんの話だと君たち親子は親戚はいないんだよね?」
「・・・うん、居るらしいけどママが亡くなったときに縁を切ったって。」
「そうなんだ。ごめん。」
「大丈夫。」
刺激しないように言葉を選びながら、ラルフ・アルフレッドは自分の迂闊さと配慮のなさを嘆いていた。まだ12歳の少女に告げるべきことではなかったかもしれない。
だが、直接話してみて、リーフ・リドルには年齢以上の落ち着きと思慮深さを感じた。そう判断した時点で、彼女は知るべきだと思った。そしてそれを告げる責任を取る覚悟も決めていた。
「君はリドルの性を隠すか、変えるべきだ。」
リドルというのはウッディ・リドルの方だが、その名前を語る親族に彼女に資産があると知られれば群がってくるかもしれない。あるいはウッディ・リドルの研究を知った人間が良からぬことを企んで接触してくる可能性もある。まだ事件は広まっていないが、リドルに関わる事件である以上トラブルはきっとある。
今までの彼ならば、関わることを避けて距離をとっていた。
しかし、偶然とはいえ、ウッディ・リドルの逮捕に関わってしまったこと、リーフと交流して彼女の境遇を知ってしまった今は、このまま突き放すことはできなかった。
「君さえよければ、しばらく僕のところで暮らさないかい?御礼はいらないし、何かしろというわけじゃない。僕は独身のダメ男だから、特別な事はできないけど、部屋とこの子と暮らせる場所は提供できるよ。」
もっとうまい言い方はできないだろうか?自分のセンスのなさに苦笑しつつ、ラルフはそう提案した。
「・・・それって?この街にいられるってこと?」
「そうだね、そこは保証しよう。」
彼の提案は住処の提供であるが、この時点で養子縁組も視野に入れていた。
独身の自分が里親になれるかわからないが、あの事件のおかげで資産はそこそこある。1人と一匹が成人するまで10年程度養っても余裕はある。
「・・・どうしよう?」
色々と足りない言葉をリーフは理解し、困惑してとなりのホーリーに視線を向けた。友人同士ということだが、シートの上で繋がれた手には確かな紲を感じてラルフは微笑ましい気持ちになる。
「家もここから近いし、中学もそこから通える。なっホーリー。」
「は、はい。うんそうだよ。リーフさん。」
自分の言葉に反射的に答える少年。そんな彼の様子を見ても2人が離れることは避けたいと思う。
「すぐに決めなくてもいい。選択肢の一つとして、頼っていもいい大人がここにいるってことは覚えておいてくれ。」
そういって彼は再び車を走らせた。前を向き、運転に集中して後ろの2人の会話は聞こえないように意識する。
「バウ。」
「お前もなかなか賢いな。」
いつの間にか自分の膝にもどってくつろぐエメルをそっと片手でなでながら、ラルフはダイナーへと車を走らせた。ローズやローガン、児相の職員にも自分の考えを話す必要がある。
「どう話したものか。」
今度はもう少しわかりやすく話さなくては。
運転しながらラルフは色々と言葉を考えるのであった。
アメリカは広いから車で移動するイメージが強いですねー。また街とそれ以外の荒野とか森林の区切りがはっきりしているイメージを持っていただけると。




