22 奇妙な地下室から脱出し、ダイナーに戻ったころには僕たちは落ち着いていた。
ちょっとした事後整理と日常回です。
ペット問題の解決とあれやこれです。
奇妙な地下室から脱出し、ダイナーに戻ったころには僕たちは落ち着いていた。
「なんだか、変な、あっごめん。」
ダイナーでランチをごちそうされながら、先ほどの体験から口を滑らせた僕に対してリーフさんは優しく微笑んだ。
「・・・いいの。パパが変なのは確か。ああいう変な建築物が好きで、そういう本も持っていたから。」
ちょっとだけ懐かしそうに言いながら、彼女の目はランチ用に作られたハンバーガーセットに釘付けだった。疑問より食欲。見た目は幸薄そうなのにかなりタフな子だと思う。
「洋服はローズさんがクリーニングをお願いしてくれたから夜には届くっていってたし。安心だね。」
「・・・どうしよう。」
籠に詰め込まれた洋服はしわだらけになっていた。それをみたローズさんは、僕らを叱りつけて、すぐにクリーニング屋を呼んだ。行くのではなく呼びつけるあたりがローズさんらしいけど、洋服の大半を持っていかれたので、荷物整理をすることもできず、午後は暇になってしまう。
夏休みの最終日なので好都合と言えば好都合、どこかへ遊びに行ってもいいのだけど・・・。
「・・・エメルのこともどうにかしないといけない。」
「バウ?」
「「しっ。」」
呼んだとばかりに声をあげた毛玉を僕たちは窘める。ダイナーローズは飲食店、動物を連れ込むのはさすがにまずいと思ってぬいぐるみに紛れさせてこっそりと彼女の部屋へと運び込んだのはいいが、このままというわけには行かない。行かないよね?
「ばう!」
うん、なんかうまいことやりそうな気がするけど・・・。
リーフさんの立場は色々と微妙だ。保護されて3日、父親であるウッディ・リドルは違法薬物の保持と使用、公務執行妨害(調査にきた警官や職員への暴行)で拘留されているれらしい。
ローズさんのところにいるのも一時的なもので、いずれは里親か施設かに送られることになる。そうなったら街にはいられないかもしれないし、ペットなんてもっと難しいかもしれない。
そして、話を聞く限り、彼女も「リドル」を投与されている可能性が高い。そこから始まる3年間の虐待と凌辱と人体実験、それによってモンスターとなる彼女。その危機は去ったがラルフさんや大人がその可能性を知ったら普通の生活も・・・。いやエメルの正体もあやしい。人懐っこい毛玉のようだが、こんな生き物は見たことがない。もしかしなくても、何かの実験生物かもしれない。
見慣れたはずの住宅街をふらふらと歩きながら、私は幸せな気持ちになっていた。
彼は退屈じゃない?と色々と心配してくれているが、自由に出歩けるというだけでも私は満足だ。最近は学校以外の外出も許してもらえなかったし、勉強も厳しかった。
私、リーフ・リドルの家族はパパだけだった。
ママは私を産んですぐに亡くなってしまい、写真やパパの話でしか知らない。
パパは優しい。そう思っていた。食事や洋服で困ったことはないし、家にいるときはいつも近くにいて色々教えてくれた。ママが居ないことで困らないようにと勉強に関しては特に熱心で、私は学校の勉強で困ったことはない。むしろ簡単すぎて退屈なくらいだった。
私がママのような病気にならなようにと、苦い薬や痛い注射をしないといけないことだけが嫌だった。治療と勉強のために、友達と遊ぶ時間とかお出かけの時間をもらえなかった。パパもお仕事で忙しくて食事は冷凍食品とデリバリーばかり、美味しくないわけじゃなかったけど、ローズさんのゴハンの方が全然美味しかった。
少しパパは変わっているのかもしれない。いつからかそう思いはじめ、それが確信に変わったのは。6年生で初潮が来た時だった。学校の授業や本で知識で知っていたけど、あんなに血が出てお腹が痛くなるものだとは思わなかった。だから、パパに相談したら、急に私を見る目が変わった気がした。なんとなくだけど、ママの思い出話をしているときにママの写真を見ているときのような視線を私に向けるようになった気がした。正直、パパのあの視線は気持ち悪かった。
その頃から注射の回数が増えた。腕の注射痕が消えないので長袖を着るようになった。パパと一緒にいるのがなんとなく嫌で、庭で遊ぶようになった。エメルと出会ったのもそんなときだった。
「バウ。」
モフモフの毛で埋もれた緑色の瞳。犬なのか、ネコなのかわからないけどエメルは私が庭にいるとそろそろと寄ってきて、パパが近づくとさっと逃げ出した。一緒に寝たくて部屋に運び込もうとしてもすりと避けてしまい、パパや家には決して近寄ろうとしなかった。
やがてパパは自分の部屋にこもることが多くなり、私は軒先でエメルと過ごす時間が増えた。会えば話もするし、治療も我慢した、食事も一緒にとっていたけど、以前のように勉強を教えてくれたり、思い出話をしたりすることはなく、食事が終わればすぐに部屋に戻ってしまう。言い渡された課題を終えた私が庭先に出ることは許してくれたが、家の外にでようとすると、ふらりと現れてものすごく怒った。
そんな日々が数か月、もうすぐ卒業式となったある日。
「お前は中学へ行かなくていい、必要な事はパパが全て教える。」
突然そう言われた。それも進学の手続きが進んでいないと心配してくれた担任の先生の前でだ。パパのことは嫌いじゃないけど、学校へは行きたかった。友達がいるわけでもないし、勉強も退屈だ。
それでもずっとこの家にいるなんて耐えられなかった。
学校で先生にそのことを相談したら、当たり前のことだから心配しなくていいと言ってくれた。そのまま粘り強い説得で、しぶしぶパパは手続きをしてくれた。
「・・・どうせ無駄になるのに。」
サインをするときに聞いたその言葉に、私は確信した。
パパは私を学校へ行かせる気がない。
今、思えばその頃から、大人たちは私とパパのことを疑っていたのだと思う。
ホーリーに誘われてダイナーローズへ行った。そして気づいたら保護されていた。
パパがお巡りさんたちに暴力をふるって捕まったという話を聞いたときは、驚きよりもああ、やっぱりという気持ちが強かった。ショックだったし、この先に不安もあった。でもそれ以上にあのパパの近くにもう居なくていいと思えたことが嬉しかった。
初めて見るテレビアニメに漫画雑誌はとても面白かった。ジュースもハンバーガーもおいしかった。
ローズさんは女の子の身体のことを色々教えてくれたし、お巡りさんや職員さんたちも優しかった。仮にも犯罪者の娘である私に、どうして優しくしてくれるのか、不思議に思っていると、大人は子どもに優しくするものだ。ローガンという顔の怖いお巡りさんがそう言ってくれた。
ああ、世界はこんなにも温かくて優しい。それを知れただけで満足だ。あのままパパと過ごしていたらきっと私は致命的な何かを失っていたと思う。
ぶるり。
それが何かは分からないし、知りたくもない。けれどあの日、ホーリー君が私を家から連れ出してくれなかったら私の人生はどうなっていたかわからない。
「さて、どうしようか?なんか、あてもなく歩いてたけど。」
もう充分すぎるぐらい色々してくれたのに、ホーリー君はまだ私を心配してくれている。彼がいるなら中学校も楽しくなるだろうし、この街にまだ居たいと思える。
「・・・そうだ。」
そういえば、もう一人、親切な人がいた。
「ラルフさんに御礼を言えてない。・・・近所なんだよね。」
「あ、ああ。割と近くだよ。」
ローズさんやほかの大人とはまた違った感じのおじさん。どこかホーリー君に似た雰囲気の彼にもちゃんと御礼を言いたい。エメルも散歩ができて満足そうだし。
「・・・行こう。」
甘えている自覚はあるけど、きっとホーリー君はついてきてくれるだろう。そう信じれるから私の足は今まで以上に軽かった。
リーフもホーリーも一般人で中学生なので事件の詳細は教えられていない。ただ虐待があったことと、父親が逮捕されたことは理解しています。一方でホーリーはゲームの知識として、リーフは自分の体験から大まかな事情は察していて、その上でお互いに話せずにいます。




