21 どんな目的で作られたのかは知らないが、金の無駄遣いだ
無限ループの種明かし編。
どんな目的で作られたのかは知らないが、金の無駄遣いだ。
「発破は最後の手段だ。ドリルとチェンソーでぶち開けろ。」
「念のための支柱は立てたから遠慮するな。」
黄色のヘルメットとチョッキをきた男たちが行ったり来たりする地下室の片隅でラルフは腕を組んで嘆息していた。
「ラルフ、お手柄だったな。これだけの規模だ、物もあるだろう。」
「そうだな、売人の考えることは分からんが、そういうもんだろうな。」
少年、少女と一匹をダイナーに送り届け、その足で警察署へ行きローガンに事情を説明したら、即時対応され、現場への立ち合いを求められてとんぼ返り。工事現場と化した地下室をローガンと共に歩いていた。
「しかし、準備がいいな。」
「やっこさんは真っ黒だからな。「リドル」とかいう薬物の名前がでたら署長も顔色を青くしていたぞ。」
「まあ、御膝元で麻薬の密売なんて洒落にならないからなー。」
「なんか、FBIだか、CIAだかの人間も来るらしいが、その前に証拠を押さえておけって話だ。工務店への連絡も署長がしてくれたぞ。」
「まるでドラマだな。」
警官を目指す過程でそんな話を聞いたことがあるが、ラルフが麻薬の密売に関わったことはなかった。なんならローガンもだろう。そんな不安がある中でも、田舎ゆえの縄張り意識からか、よその捜査が入る前に自分たちである程度状況を掴みたいと思う署長もなかなかである。
手の込んだギミックで隠された地下室、それも妙に凝った作りの仕掛け。そういった派手な仕掛けを隠れ蓑にして麻薬などの違法な物品を隠すという手法は良くある手口だ。
「お前ら、何があるかわからんから、慎重に丁寧にな。」
そんなおざなりの注意とともに解体されるタイルの壁、やがて地下室の仕掛けはすぐにわかった。
3×3の形で、正方形にされた9個の部屋とはみ出るように1部屋。最初の部屋から奥へ進むと自動的に部屋が動いて、どうやっても奥へは進めないようになっていた。
「仕掛けは止まったけど、今度は壁の向こうに隠された部屋を探せってことか。」
「まったく、頭のいい奴の考えていることはわからんな。」
10個ある部屋、そのインテリアと電気の配線はほぼ同じ。手作りゆえに微妙な違いが見られるが初めて迷い込んだ人間は意味が分からず困惑したことだろう。一度体験したラルフから説明を受けた男達ですら戸惑いがあったが
「「金持ちの考えることはわからん。」」
この二日ほどの捜査から判明したウッディ・リドルの資産とその異常性や経歴を知ったローガン達からすれば、ありえなくもないという話となり、地下の捜査に人員が派遣されることになった。
「マッドサイエンティストの秘密の研究室ってわけか、映画にしたら受けそうだな。」
軽口をたたきながらずかずかと部屋を回るローガンに仕方なくラルフはため息を隠さない。トラウマである「リドル」に関わるのは避けたいが本音だが、万が一が怖いのでしぶしぶ付き従っているわけだ。
破壊され解放された扉を追って奥へと進む。部屋を一つ一つ調べたいところだが、時間も惜しい。
「悪事ってのは一番奥に隠すもんだ。」
階段から進んで一番奥の扉、こじ開け破壊された格子の向こうにあるのは、頑丈そうな金属の扉だった。今までとは明らかに違う扉は怪しく、2人はうなずき合ってドアノブに手をかけるが。
「・・・開いているわけもないか。おい、この扉なんだが。」
「へい、これは隙間から鉄骨用のカッターでいけるかもしれない。ちょっと待っていてください。」
鍵を開けるという発想はない。犯罪捜査であり、敷地の持ち主は確保済みで、娘であるリーフに許可はとってある。事件の捜査が終われば解体が決まっている家屋なので彼らも躊躇はない。
さすがの天才科学者も、侵入者が準備万端で解体作業な侵略は想定していなかったようだ。
けたたましい機械音、準備に十分ほどかかったわりにはあっさりと金属の扉はあいた。
「お前ら、銀行強盗でも食っていけそうだな。」
「ははは、大工廃業したら考えます。」
軽口言いながら下がる大工に頭を下げ、ローガンは意気揚々と扉に手をかける。
「ローガン、ちょっと待て。」
だがそれをラルフは止めた。何事かと思う一同に頭を下げて、大工が持ち込んでいたロープをドアノブに結び、反対の部屋へと進む。
「何があるかわからないからな。念のためだ。」
「慎重だな。まあ、大した手間でもないが。」
ぞろぞろとついてくる一同もラルフの意図が分かり身構える。
「・・・いくぞ。」
全員が隣の部屋に移動したのを確認してラルフはロープを引っ張ってドアを開ける。
バン。
途端に聞こえたのは鋭い爆発音、目に入るのは立ち込める煙。
「馬鹿か、お前ら念のため地上へ上がっておけ。」
とっさに口元を隠しながら大工たちの避難を促すローガン。彼を横目にラルフはも口元を隠しながら扉の向こうを注視する。するとバタンと何かが倒れる音がする。
「爆発か、毒とかではなさそうだけど。」
パタパタと扇ぐが地下室ゆえに煙はなかなか晴れない。
「おーい、サーキュレーターを持ってこい。火事じゃないってことをご近所に伝えることも忘れるな。」
「・・・めっちゃ優秀だなあの人達。」
密閉空間での爆発と煙。それもあっさりと解決する大工さんは優秀だった。
ほどなくして煙が攪拌された地下室。そこには吹き飛んでねじ曲がった鉄の扉と奥へ進む通路があった。
「開けたら向こう側からどーんってわけか、助かったぜラルフ。」
「まさか、こうなるとはさすがに思わなかったけど、油断はできないな。」
あのまま扉を開けていたらローガンや自分もタダでは済まなかっただろう。お互いに背筋を冷たくしながら慎重に通路を覗き込む。
数メートル先の通路と奥に見えるぼんやりとした白い光。壁はツルツルとした白、研究室や病院のようなそれは、ここまでの地下室と違い非日常感がすごい。
「ウッディ・リドルってのは相当なやり手だな。これだけの施設を家の地下に気づかれずに作れるものなのか。」
「協力者がいる可能性も否定できないな。あるいはそう言う業者がいるのかも。」
ぱっと見てわかる異常におののきながら、2人は足を止めない。警官と元警官としての義務感、あとはこれ以上はさすがにないだろうなという予感があった。
「これは、実験室?」
「治療室かもしれない?」
通路を抜けた先、最初に目が入るのは中央に設置された手術用のベッド、リクライニング機能の他に、固定用の金具。ドラマなどでしか見たことのないようなそれの他に壁一面を埋め尽くすモニターと実験器具の数々。
「なるほど、本命はここか。」
嫌悪感を露に周囲を見回すローガン。医学的な知識の乏しい彼らでもここが異常なことは分かる。
「電力は独自のものを使っているのか、パソコンは・・・。」
ポケットから手袋を取り出し、そこにあったパソコンのスイッチを起動させる。スリープ状態だったのか、すぐに起動した画面の一つには見慣れたデスクトップの映像が浮かび、他のモニターには家の周囲やこの部屋が映しだされた。
「パスワードなし? ここのセキュリティーにそれだけ自信があったのか・・・。」
マウスを操作して適当なファイルを開くが、中身は専門的な何かであったり、よくわからない数字の羅列のみで内容は分からない。
「これは専門家にお願いするしかないかもしれないなー。それこそ、今度来るっていうお偉いさんに任せるかねー。」
「そうだな、下手な操作は危険だ。データーが消えるぐらいの仕掛けはあるかもしれないし。」
同じように画面をのぞき込んでいたローガンに同意し、テーブルから離れる。
「これ以上は鑑識を呼ぶしかないな。ラルフ、さすがに」
分かっているとうなずいてラルフは部屋をでる。元警官とはいえ、今の自分は一般市民であり、これ以上首を突っ込むのは色々とよろしくない。
「善意の協力はこれで充分だな。」
「ああ、助かったよ。」
場を荒らさないように慎重に戻りながら、ラルフは、二度とここには戻らないと誓っていた。
(まさか、あんなに無造作に置いてあるとはな。)
蘇るトラウマが表に出ないように必死に表情を取り繕いながら、彼は研究室で目撃してしまった。アレの存在を忘れようとした。
几帳面に整理された薬品棚。様々なラベルのついた薬ビンの中にひっそりと紛れていた緑色の保存用アンプル。見た目は他の薬と変わらないそれ、それこそが「リドル」であることに、ラルフは気づいていた。
かつて、自分が遭遇した理不尽な惨劇と恐怖。その原因たる老人が嬉々して見せたものと同じ形、同じ色、同じ気配。「リドル」は液体であり気体でもあり、ウイルスのようなものだと、老人は語っていた。
(専門家とやらに期待しよう。)
過去の事件は隠蔽された。だが、隠蔽されたということは、事情を知る人間がいるということ。ならば今度こそ関わらず距離を置こう。
固くそう決心した姿は正義感に苦悩するように見えたらしく、ローガンはそれ以上何も聞かなった。
そして現場は封鎖され、翌日には鑑識や専門家による捜査が行われ、地下の備品の多くは持ち出され、ウッディ・リドルの邸宅の解体が始まった。大事な私物とペットをリーフ・リドルが持ち出したあとという、奇跡的なタイミングであり、彼女自身は家への未練をほとんど持っていなかったことで、迅速かつ冷酷に行われたこの作業の噂を、ラルフ・アルフレッドは新聞で知ることになる。
当然だが、その記事には緑色の怪しい薬品のことは書かれておらず、コカインなどの違法な薬物が大量に見つかったらしいとしか書いていなかった。
地下にあった「リドル」それがどこへ行ったか知る者は、街にはいない。事件はこうして幕を閉じ、街は平穏を取り戻していった。
どんな迷路でも、壁を壊せば突破は可能。最強なのは大工さん。




