15 店飲みのコーヒーもたまにはいいものだ。
ワクワク朝食タイム。
店飲みのコーヒーもたまにはいいものだ。
久しぶりに自分以外が淹れたコーヒーをたしなみながらラルフは上機嫌だった。コーヒー豆を切らしてしまったのは不覚だったが、微笑ましい少年、少女と出会えたことは彼にとって幸運であった。
「そうか、明日から中学校か、そういえば9月になったんだよねー。」
「はい、明日はオリエンテーションとクラス発表なんですけど。」
「ああ、お祝いってことでいつもよりお洒落に行く感じか。懐かしいね。」
思い出すのは警官時代にパトロールで見かけた学生さん達の様子だ。
慣れた様子でスタスタと歩く在校生と、緊張と喜びで背筋をピンと伸ばす新入生、先輩警官に教えてもらった見極め方、微笑ましく思いながら来年は当ててやろうと思っていた・・・。
「・・・あっ。、服あった。」
ホーリー少年とそんな話をしている間、マイペースに食事をしていた少女が急にそんなことをもらした。たしかリーフという名前だったか?ホーリー少年と並んでいると姉と弟と思えるぐらい違和感がある。まあ女子の方が成長は早いことは多い。
(がんばれ、ホーリー君。わりとお似合いだと思うぞ。)
悩みと秘密を抱えた小さな友人。そんな彼の淡い青春がうれしく、コーヒーがいつもより美味しく感じるのであった。
なんか、めっちゃ微笑ましくこちらの様子をうかがっているラルフさんだが、リーフさんもローズさんも気にした様子がない。僕としては、導火線とマッチの火がつかず離れずな感じがして、怖いんですけど。
「・・・中学向けに新しい服が家にあった。」
「へえ、そうなんだ。」
「あれも、人の親だったってことさねー。」
スプーンを片手にぽえーとしているリーフさん。しかしこれは困ったことだ。
「それなら、取りに戻るのが一番さねー。だけど。」
気まずい沈黙を破ったのはローズさんだ。
現在、リドル家は黄色と黒のテープで封鎖されている。警察と職員への暴行の現行犯、その後の家宅捜索で見つかった違法薬物や、おぞましい計画の記録。徹底した捜査が行われたのは昨日で、今日も午後から家探しという話だ。
「娘さんの部屋は本人立ち会いか、後日って話だから、いじられてないだろうけど。」
「・・・大丈夫。」
それは、家が荒らされていることに対してか、それとも服のことだろうか?
「取りに行こう。」
僕の位置からは残念そうにしょんぼり震えている手が見えてしまった。だから。
その場所がもっとも怖く、もっとも危険な場所であっても、彼女の気持ちを汲んであげたかった。
「・・・いいの?」
目をぱちくりさせて驚くリーフさん。ゲームでは前髪で隠れてめったに見ることがない瞳だけれども、コロコロと表情と形が変わるのはちょっと面白い。
「そうさねー。誰かが付き添えばだけど、私は店の準備がある・・・。」
ローズさんも思いは同じらしかった。だが、僕たちだけで行くのははばかられる。だれか職員さんなり警察の人に立ち会ってもらうこともできるけど、リーフさん。
「・・・だったらいい。」
彼女は人見知りだ。父親が悪いことをしていた事実を理解していることもあり、遠慮がちであるけれど、大人、特に男の人には怯えてしまう。それこそ、家に戻ることよりも僕やローズさんから離れることを嫌がるのは予想できた。
「うーん、午後にはまた捜査があるらしいから、行くなら今なんだけど。」
無理を通せばとローズさんも思っているのだろう。しかしそういう気遣いをしてしまうと、リーフさんがまた落ち込んでしまうかもしれない。
あちらを立てれば、こちらが立たず。少なくとも、3人では解決できない問題だ。
そんな時だった。
「なら、私が付き添いましょうか?車もあるので、送っていきますよ。」
ラルフさんの提案は彼らしい、人の良さからくるものだ。
「そうさねー、でも。」
「ローガンから話は聞いています。安全には気を付けますから。」
うん、ローガンさんと言えば、口うるさい上に手が早いことで子供たちから恐れられる怖い警察官だ。元警官だし、ラルフさんとも交流があるのだろうか。
いやまて。
「ホーリー、実は事情は聴いてる。大丈夫だ。」
パニックになる前に、ラルフさんがこっそりと教えてくれた。
「そうかい、まあ、ローガンの話じゃあんたも当事者さね。どうするリーフ?」
「・・・いいの?」
それは誰に問いかけた言葉だったか、だがその場にいた3人は気持ちよくうなづいた。
「・・・だったら、一度帰りたい。色々大事なもの、ある。」
それはそうだろう。数日前まで住んでいた場所だ。当り前じゃないか。
「それなら、急いだほうがいいさね。鍵の場所は変わってないって。」
「・・・大丈夫、合いかぎある。」
ローズさんはポンポンとリーフさんの頭を優しく叩き、ラルフさんと僕は残った朝食とコーヒーを大急ぎで片付ける。
「じゃあ、いこう。買い物はあとでいいし。」
そのままラルフさんは店の正面まで車を回し、僕たちはローズさんから大きな布袋をいくつか持たされ店頭で待った。
「・・・そうだ、一つお願い。」
「うん?」
ラルフさんの大型車に目を奪われる僕に、リーフさんが思い出し方のようにいった。
「・・・私の部屋、はいっちゃだめだよ。」
「わ、わかってるよ。」
さすがに女の子の部屋に入るわけがない。
歩いて、30分、車なら数分の距離にリドル邸はあった。
黄色と黒の物々しさは日常を変える。閑静な住宅街。その場所にある一般家庭、白い壁と赤い屋根の住宅は一般的な中流家庭のものだ。親子二人で住むには持て余す広さのその玄関には、進入禁止を示す黄色と黒の縞々テープが貼ってあった。
「これは・・・。」
新聞配達のついでに今朝も遠目に見ていたけど、近づいてみると非日常感が増してなんとも恐ろしい。きっとそれは「俺」のゲームに関する知識があるからだろう。
見た目は普通の住宅であるリドル邸。だがモンスターが暴れまわって荒廃していく街の中で、ここと周辺できれいなまま残っているのは、それだけでも異常だ。そして、隠し通路から向かう地下迷宮。今までのサバイバル要素から一転、シリーズ特有のホラーなダンジョンが展開する様は、多くのユーザーを驚かせ、攻略への意志を打ち砕いてきた。
まさか、そんな決戦の地を訪れることになるとは。と、俺は感動しているけど、僕としては不安しかない。
「・・・どうしたの?」
「なっ、なんでもないよ。」
怯えているのは僕だけで、リーフさんはコテンと首をかしげ、ラルフさんは鍵を開けてテープをはがしていた。
「・・・あっそうだ。ちょっと待ってて。」
そして彼女はキョロキョロと周囲を見回し、軒下を覗き込んで口笛を吹く。
何をしているんだろうと、つられて覗き込むけど、軒下は暗くなっていてよく見えない。
と思っていた。
「わーふん。」
その暗闇から急に何かが飛び出してきて、僕を押し倒す。
「ひ、ひええええええ。」
至近距離から飛んでくるドッジボールのような衝撃と真っ黒に染まる。
えっ、まさかここでバッドエンド?
生活の場に執着するという発想がなかったリーフなので、お部屋はお汚屋。なので、友人であり、気になるホーリー君が部屋にはいるのは断固拒否。




