13 失敗を認めない人間はおろかだ。
悪役ざまあ、そしてホラー要素です。
失敗を認めない人間はおろかだ。愚かだから失敗を認めて諦めるということができない。何にでもすがるし、いくらでも屁理屈をこねる。
「リドルはルール、ルールはリドル。いかなる願いも不死も叶う。」
歌うように話しながら、執行人はゆっくりと染み出すようにウッディ・リドルの前の姿を現した。
「ただし、チャンスは一度きり。」
わずかに緑を含んだ黒いマントで全身を覆った体格は子どもサイズ。すっぽりと隠された顔の部分は空洞のように質感を感じられないが、ランランと輝く瞳には隠しきれない愉悦の色が混じっていた。
「な、貴様は。なぜここに?」
「そりゃ、君。終了を告げるのは僕様君の役割だからねー。」
けらけらと身体を震わせる執行人。なぜは、WHYであり、HOWではない。ウッディ・リドルにとって執行人が目の前に突然現れることは不思議な事ではない。だが、タイミングが悪すぎた。
「き、貴様がもっと早く現れていれば、こんなことにはならなかったはずだ。今更になってよくもぬけぬけと。」
超常の存在である執行人があの場に居れば、ウッディ・リドルがすべてを失うようなことはなかった。あの無法者たちを人知れず消すこともできたし、娘を探し出すこともできたはずだ。
「いやいや、僕様君が君に協力するとかありえないから。」
「な、貴様らは私の願いをかなえると言ったじゃないか。だから私は差し出したし、ルールも決めたんだぞ。」
「うーん、それってアレでしょ、奥様を復活させるというトンチキな願いのことでしょ。僕様君たちはその願いを叶える結果を与えるために協力はするよー。だけどそれは君が準備を完遂できたらだったよね。ルールに従って。」
「ぐぬ。」
実際のところ、執行人はウッディ・リドルの顛末をすぐ近くで見ていた。常に見ているわけではない、彼の願いを叶えるための大きなイベントが近いから、ここ数日間、久しぶりにこのイカレタ科学者の様子を見に来ていただけだ。
そうしたら、思いがけず、些細なひずみから、ウッディ・リドルが長年くみ上げてきた計画が無に返るという喜劇を目撃することになり、執行人は大満足だった。
「本来ならば、君が無様にもがいて、もう叶わない願いを求める人生でリドルを育てるところなんだけどねー。なかなかに見事なショーを見せてもらったからね。御礼に意味もない希望を終わらせてあげることにしたんだよ。」
「なっ?」
「言っただろう、チャンスは一度きり。」
リドルの力は絶大で、醜悪で理不尽だ。条件とルール次第ではどんな願いもかなえるしありとあらゆる力を与えてくれる。その対価は人々の恐怖であり、狂気だ。リドルによって引き起こされる人間の恐怖や狂気がリドルを育て、育ったリドルは願いを叶える。
その条件は厳密で厳格。挑戦者はルールを話し合い、条件を決める。
「不老不死を願うなら、定期的に他者を恐怖を与え続ける。」
かつて、永遠に憧れた老人は、それを為すための城を作り上げて、狂気のゲームを開催し続けたが、そのゲームに敗北して、終焉を迎えた。
「復讐を願うなら、自らが狂気に落ちればいい。」
復讐のために力を求めた存在は、狂気に落ちて多くの人間を巻き込んで復讐を果たす。
「死者との再会を願うなら、贄と時間を。」
亡き妻との再会を願った元科学者は、娘を犠牲にし、自らをその地に縛り付けることを条件に、復活を願ったが。
「私は、ちょっと踏み外しただけだ。」
「願いの成就まで、儀式の場から離れてはならない。娘の代わりも、クスリの代わりもいいけれど、このルールだけは守らないといけない。君のことは気に入ってたんだけどさあ、これは僕様君にも覆せないんだよ。」
まったくもって残念だ。自分の狂気と矛盾に気づいていないこの科学者が、願いを叶えるためにどれほどの代償を支払うのか、願いが叶ってもすべてを失うことが確定している未来に気づいたときにどんな顔をするか。
願いの叶う、叶わないは執行人は関係ない。叶えば、その過程で。叶わなければ、その後に、リドルは大きく育つことになるのだから。
「まあ、ちょっと拍子抜けだったね。ただの子どもに振り回され、己の迂闊さで醜態をさらして大きな手掛かりをつかむことなくゲームオーバー。せめて実験体の一つでも作ってほしかった。」
「ぐっ、記録は私の頭の中にある。いくらでも再現──」
「残念、それも無理だ。」
がちゃがちゃとうるさいウッディ・リドルの頭をマント越しに執行人はつかむ。
「あとあれだ、僕様君は、自分で話すのが好きでね。聞くのは好きじゃないんだ。」
「うぐうぐうう。」
「だから、君みたいなおしゃべりは嫌いなんだ。嫌いだけど、話すのは好きだから、教えてあげる。」
布越しに感じる握力は本物なのに、ひどく冷たい。生き物の腕とは違うそれはたやすく自分の命を奪うだろう。ウッディ・リドルは相手を睨みつつも更なる言葉は紡げない。
「君は失敗した。ルールを決めた上で、それを守れなかった。」
そして行われたのは最後通告。
「チャンスは一度きり。だからリドルはもう力を貸さないし、願いも叶わない。」
ぐぬぬとウッディ・リドルは悔しく思う。
だが同時に、そんなわけはないと思っていた。彼の知る「リドル」は鉱石であり、液体、そしてウイルスだ。仮に目の前の執行人やその黒幕たちの助力が得られなくても自分なら「リドル」を解き明かしその力を操ることもできるはず。
「協力が得られないなら自力でどうにかしよう。敗北者が考えることはいつも同じだねー。」
なに?
「そりゃ、僕様君たちは、化け物なんだから、心ぐらい読めるよ。」
なんということだ。表情を読んだか?それとも脳からの信号を察知?超能力的なものか?
「そんなんじゃないよ。どうしてこう、自分たちの理論に落とし込もうとする。まったく。」
一際怪しく、その目を輝かせ執行人は、存在しない表情を喜色に染める。
「にんげんさんはおろかだなー。」
「ひいいいいい。」
その顔を見たウッディ・リドルは意識を手放した。
気づくと留置所に朝の日差しが差し込み、ウッディ・リドルは悪夢から目を覚ます。
「なんだったんだ今のは?」
夢というにはあまりにリアルな感覚。びっしょりと汗をかいて喉がカラカラだった。
「執行人が現れた。なら本当に。」
リドルの研究をしていく過程で接触した謎の存在。執行人と名乗った彼らは研究に行き詰っていた彼に助言を与え、その対価にルールを提案した。
より重く、達成困難なルールほどリドルの効果を高める。それを聞いたウッディ・リドルは、研究のために敷地から一歩もでないというルールを思いついた。衣食住などの生活の基盤はすでに確立していたし、研究が進めば逃げる必要もなくなる。そういう意味ではあってもないようなルールのはずだった。
だからルールを破った場合を想定していなかった。
「うん、何だ、急に腹が。」
下腹部に感じた違和感。まるで体に大きな異物を無理やり押し込まれたような感覚に首をかしげる。
「ぐあ。」
そして次に来たのは耐えがたい痛み。身体を内側から食い破られるような痛みと手足の指が一本ずつ折れていくような感覚。
「な、なんだこれは。」
「くふふふ、僕様君は話すのが好きだから、最後に教えてあげよう。」
次々と遅いかかかる様々な痛み。だが意識ははっきりとし、この場に居ないはずの執行人の言葉が聞こえた。
「君はこれから、自分がしようとしていたことのすべてをその身に受けることになる。娘さん、リーフさんだっけ、彼女の意識を削り取ってマーガレットさんの器にするために君が考えていたこと、これから考えるであろうとしていたこと、それを自分で受けるんだよ。」
「や、やめ。」
尊厳を踏みにじり、マーガレットが体験した母親になる経験をさせようとしていた。指や手足を折り動けなくして絶望させようとした。ありとあらゆる薬物でリドルを活性化させて生かさず殺さずで身体を作り替えようとしていた。
自分の体験している痛みは、それらということだろうか?
「そうだよ、君の頭の中にあった未来予想図。そして考えられる君の行動。ルールを破り失敗した敗北者である君は、それらをその身に受け続けるんだ。」
「そ、そんな。」
自分はこんなにもつらい事を娘にしようとしていたのか、いや、そもそも娘を犠牲にすることを。
「奥さんは喜ばないだろうね。」
「やめてくれ。」
痛みではなく、その指摘だった。どこかでわかっていた。だが、狂うことで忘れていた。他の子どもを使う?いやそもそもそんな方法で蘇っても妻は、最愛の存在は、自分を嫌悪するだろう。
「うんうん、安心しなよ。痛みはまやかしだ。だから身体は健康そのものだ。まあ、周囲の人とコミュニケーションをとるのはちょっと無理になるかもだねー。」
「あ、ああああ。」
その言葉通り、何かを伝えようとする前に新しい痛みが襲ってきて、身体を満足に動かすことができない。うめくように絞り出す声、よだれ塗れになった自分の顔がなぜかわかる。
「まあ、自分の失敗と敗北を感じながら、一杯恐怖して、苦しんでね。」
「ま。あああ。」
去り行く気配に慌ててすがろうとするが、拘束された身体では無様に床に転がるだけだった。
床に顔がぶつかり唇が切れる。だがそんな痛みを感じないほど次々に痛みが襲い掛かる。体中の骨がひとつずつ折られ、関節が外され、またくっつく。酩酊感のある毒はまだましで、電気が流れたような痛みに引きつりそうになる。
だが、それは彼の心の中で起こっているだけ。
数時間後、様子を見に来た警察官が見たのは、呆けたようにあうあうと言い続けるウッディ・リドルの姿だった。
ホラー要素や恐怖体験、残虐要素。主人公たちが回避したそれらは他の人へと取り立てがいく。
補足
執行人・・・リドルの事件の収束時に現れて、願いを叶える、あるいは対価を請求する存在。次元が違う存在なので、いかなる脅威も受け付けず、いかなる防御も意味をなさない。ゲームではナレーター的な役割を持っていた。




