11 気づけば夜になっていた。
国家権力は偉大である。
気づけば夜になっていた。役所の遊戯室(そんなものがあることを初めて知った。)そこで、テレビゲームやら雑誌やらを興味津々に読んでいるリーフさんに一日付き合っていたことになる。のんびりと過ごしつつ、なんとなくバタバタとした気配にドキドキしていたら、時間はあっという間に過ぎていた。
「ホーリー、ちょっといいさね?」
「うん、なんですか?」
不意に現れたローズさんが、僕を手招きする。映画に夢中になっているリーフさんに断りを入れて僕は部屋の外へとでた。
「お前さん、どこまで知ってるんだい?」
廊下にでるなり、顔を寄せて真剣な顔で尋ねるローズさんに、僕は正直者に見えるように言葉を「俺」と共に考える。
「リーフさんの家が変なのはなんとなく。彼女っていつも長袖だし、たまに変な音とか匂いがしたから・・・。」
異音や異臭は、ゲームのアーカイブにも乗っている。だから僕が知っていてもおかしくはない。
「そうか、がんばったね。」
ポンポンと僕の頭を叩いてローズさんは改めて部屋に入る。ちなみにローズさんは「俺」の知るゲームには登場せず、廃墟となったダイナーローズで食料を調達するというイベントがある程度だ。けれどこの状況や話を聞く限りローズさんは、地元でも影響力を持った人らしい。
「さて、リーフ楽しんでるかい?」
「・・・うん、こんなの初めて見た。パパはテレビを見るのを嫌うから。」
「そりゃ、ひどいね。テレビも動画も見るのは自由さね。」
リーフの横に座ってローズさんも同じく映画を見る。子供向けのファンタジーな物、ネズミや猫を模したキャラクターがコミカルに走り回るアニメ、僕からするとちょっと恥ずかしいなって思うものだけど、リーフさんは目を輝かせていた。
「なあ、リーフ、お前さんには言いづらいことなんだけどね。」
「・・・パパが捕まった?」
「「っつ。」」
テレビから視線を外さずにあっさりというリーフさんに僕たちは息をのんだ。
「・・・ごめんなさい。私、パパがなにか悪い事をしていたのは分かってたの。」
テレビに視線を固定しているけど、よくよく見れば、どこも見ていない。
「・・・小さいときは、優しいパパだった。時々ママのことを思い出して泣いていたけど、私がさびしくならないようにいつもそばにいてくれたの。」
「そうかい。それはいいことだね。」
リーフ・リドルに母親との思い出はない。物心がついたときは、父と二人きりの家族で外のつながりは最低限だった。幼稚園などへは行かず、小学校でもその容姿と性格から孤立気味。周囲も彼女を不気味に思っていた。
という「俺」の情報だけど。
「でも、でも、どこかおかしいって思ってた。小学校に上がってからは家から一歩もでなくなったし、私が外で遊ぶのも許してくれなかった。門限もすごい厳しくて、休みの日は治療って言われて苦いお薬を一杯飲まないといけなかった。」
「そうかい。」
笑っている、でもその瞳には涙がたまっていた。そんな彼女をローズさんは優しく抱きしめて頭をなでていた。
「私は、ママと同じ病気だから、勝手に外出しちゃだめだって、クスリも注射も嫌だったけど我慢したの。」
「それは偉かったね。でも辛かったんだね。」
「うんうん。」
だが、世界は思った以上に優しい。
「健康のためって、お菓子も食べちゃだめだし、漫画もおもちゃもなかった。難しいお話と勉強ばっかり、あとはママの思い出話しかパパはしてくれなかった。」
「そうかい、そうかい。」
相手の言葉にただうなずいて寄り添うローズさん。やがて、リーフさんはローズさんにしがみついて、しくしく泣き始めた。
大きな声を出して泣きたいだろうけど、そうするともっと怒られる。特殊な境遇で生きた子どもは身を守るためにこうやって静かに泣くらしい。
というのはあとで知ったことだ。
「ぱ、パパはどうなったんですか?」
やがて落ち着いたのか、目を赤くしたリーフさんはローズさんに訪ねた。
虐待や親子関係を危惧して児相と警察官がウッディ・リドルの家を訪ねたとき、ウッディ・リドルは、すでに正気ではなく、家に入ろうとした警察官と職員に襲い掛かった。その様子は尋常なものではなく大の大人が4人掛かりで抑え込まないといけなかった異常性から、なんらかの薬物の使用が疑われ、そのまま家宅捜索が行われた。
「お前のパパは、悪い薬を使っていたさね。それでしばらくは治療のために遠くの病院にいかないといけなくなったさね。」
子供向けに濁した表現だったけど、「俺」は知っている。今のタイミングでウッディ・リドルの家を家宅捜索すれば、えげつないレベルの薬物や証拠がでてくるはずだ。
ゲーム終盤で訪れるリドルの家、その家にはモルヒネや亜酸化窒素といった麻酔薬の他に、アヘンやコカインなどの所持しているだけでアウトな薬物の目録が残されていた。それらは初潮を迎えたリーフ・リドルに様々な薬品とともに投与され、その影響を記録したメモまであった。
ゲームでは、リーフ・リドルの中学へ入学直前から、2年間かけてウッディ・リドルは娘を実験台に狂気の実験を続け、2025年に娘が暴走してRCD3の事件となる。
父親は、事件のどさくさに紛れて、その研究成果をもって、街から逃亡し、のちの作品の黒幕として暗躍することになる。
地下室はもう見つかったんだろうか?
連行されたということは、成就まで家からでないという「リドル」のルールはどうなったのか?
街に仕掛けられた時限式の罠は大丈夫なんだろうか?
色々と疑問が浮かぶが、表には出さない。ここで、妙に悟った行動をしてしまえば疑われてしまう。
何より、今はそれよりも大事にすべきことがある。
何もできない僕だけど、リーフさんが落ち着くまでは傍にいてあげるべき。それが今朝、彼女を連れ出した僕の責任なんだろう。
本来ならば潜伏期間、それもラルフとローガンという強い人達が居合わせたことで、はじまる前に終わってしまったRCD3 しかし、ウッディ・リドルの悲運は終わらない。




