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9.もやしはいろんな豆から収穫できます

 異世界生活も早15日。

 豆太郎のもやし育成スローライフは順調だった。


 起床と共に鼻歌でラジオ体操。もやしと豆苗の水替えに、ヤギの乳しぼり。

 さらに最近は生活用品も充実している。

 商人の家に嫁入りしたレグーミネロが、なにかと物資を差し入れてくれるのだ。

 エルプセも時々遊びに来ては、色々置いていってくれる。

 当然ながら、豆太郎はこの世界の貨幣は持ってない。何かもらっても、せいぜいもやし料理を振る舞うくらいしかできない。

 けれど2人はあっけらかんと笑って「それでいい」と言ってくれる。

 地元の人々に助けてもらいながらのもやしライフ。渡る異世界に鬼はない。


「あー、起きなきゃいけない時は起きれないのに、起きなくてよくなると自然と起きれるのが社会人の不思議だよなあ」


 独り言を言いながら、本日分のもやしを収穫する。

 そんな時だった。


「おい、人間」


 幼い、けれど尊大な声がした。


「……?」


 空耳かと思ってあたりを見回す。

 上、前、右、左。そうして後ろを振り向いて。


「……ふん、まぬけな顔だな」


 これまた随分と偉そうな子どもと、目が合った。


 そう、豆太郎は知らない。

 この異世界に鬼はいない。

 されど、魔人と呼ばれる存在がいる。人々の安寧を脅かすと恐れられる、魔の者が。



 □■□■□■



 豆太郎は目の前の少年をまじまじと見つめた。

 小学6年、あるいは中学1年生くらいだろうか。紫に染まった紫の髪と目。異世界だけあって、なんともド派手な出立ちだ。

 腕を組んで仁王立ちし、自分を睥睨(へいげい)する少年。見下ろしているはずなのに、なぜだか見下ろされている気分になる。

 少年はくくく、と喉の奥で笑う。


「この俺が相手をしにきてやったぞ。感謝するんだな、人間」




 □■□■□■



 レンティルは水晶玉を通して、豆太郎の様子を見ていた。

 心なしか眼鏡の奥の瞳は、いつもより心配そうに揺らめいている。


 豆太郎にすごむ小さな子ども。何を隠そう、彼こそがダンジョンの主、魔人ソーハである。

 その外見で侮ることなかれ。

 彼がその気になれば、レンティルは一瞬で塵と化すだろう。

 それほどの潜在能力を秘めた魔人だ。

 魔人の証である紫の目をぎらつかせ、ソーハは豆太郎に迫る。


 恐ろしい魔人に凄まれる、なんの力もない人間。常人ならその目を見ただけで怯え、泣き叫ぶところだろう。

 だがしかし。


『よーし、それじゃあ一緒に遊ぶか、坊主!』

『なぁっ!?』


「……まあ、そうなりますよね」


 どこかほっとした様子でレンティルはひとりごちた。

 異世界の知識が皆無の豆太郎。彼は紫の目が魔人の証だということすら分かっていまい。 

 レンティルは薄々気がついていた。

 そんな彼にソーハが詰め寄ったところで、遊びをせがむ子どもにしか見えないことに。



 □■□■□■



 きっと親にかまってもらえなくて、こんなところまで探検にきたんだな。

 それが豆太郎の少年に対する第一印象だ。


 レグーミネロのような町娘もこのダンジョンに入ってくるくらいだ。子どもが好奇心で潜り込むことだってあるだろう。

 豆太郎は上に開いている穴を見上げた。少しだけ日光が入ってくるから、大まかな時間は分かる。日が暮れる前には家に帰そうと決めて、豆太郎は少年に構うことにした。

 少年はあんぐりと口を開けたまま豆太郎を見つめている。


「まあ座れ。ヤギミルク飲むか?」


 椅子がわりにしている岩をたしたしと叩き、お客さまをもてなそうとする豆太郎。

 そもそもそのヤギも俺のだ、と喉まで出かかったのをなんとか堪えた。

 ソーハはじろりとビッグホーンを睨む。

 豆太郎を襲いに行って、そのまま懐柔(かいじゅう)された魔物。

 ビッグホーンと呼ばれるヤギの魔物は、ソーハの視線にわずかに後ずさった。ソーハの正体に気づき、恐れ慄いているのだろう。

 ヤギでさえ気づいているというのに、この男は。


「で、なにして遊ぶ?」


 荒ぶる感情を抑え込む。

 こんな能天気でいられるのもあとわずかだ。


「ふ……、そうだな。死に方くらいは貴様に選ばせてやろう。さあ選べ、どんなふうに死にたいんだ?」


 最近の子は物言いが物騒だなあ。

 豆太郎はしみじみと思った。

 けれど豆太郎も小さい時は、ハマったアニメのキャラクターの口調を真似たりしていたものだ。きっとこの子もなにかの影響を受けているのだろう。


(ええと、今のは俺になにして遊びたいか選べってことか?)


 曲解した骨太郎の出した答えは。


「よし! じゃあもやしの観察日記でもつけるか!」

「は?」


 やっぱりもやしに関することだった。



 □■□■□■



 自分が子どもの頃にやった遊びを思い出して、豆太郎は観察日記を提案した。

 つまり彼は子どもの頃からもやし好きだったのだ。愛は重い。

 はい、と良い笑顔でソーハに新品のノートが進呈される。

 あまりにも予想外の行動に、ソーハの思考は完全に停止した。

 豆太郎は中々ノートを受け取らない彼に首を傾げ、ややあって納得したように頷いた。


「ああ! もやしって言われても分からないよな。もやしっていうのは……」


 知っとるわ、と叫びそうになった。

 何故ならこの男が毎日毎晩もやしの世話をし、もやしを食べ、やってきた人々にもやしを説いているのを水晶玉で見ているのだから。

 もはやこの異世界の魔人の中で、最ももやしに詳しい魔人と言っても過言ではない。なんか嫌だ。


「……というものなんだ。そしてこれをお前に授けよう。しっかり観察してくれ」


 豆太郎のもやしうんちくが終わった。そしていつの間にか豆太郎の手には簡易もやし育成キット(豆2個入り)が完成していた。

 はい、とソーハに差し出される育成キット。

 これまたとても良い笑顔である。


「ふ、ふざけるな! なんでそんなことをしないといけないんだ!」


 ソーハからすればもっともな言い分だが、豆太郎には他の遊びがいい、という駄々にしか聞こえない。


「あー、そうだよな。いきなり見たことない植物育てろって言っても難しいよな。じゃあ他の遊びにするかあ」


 この言葉に、ソーハはぴくりと反応した。

 誇り高き魔人である自分が、人間ごときに「無理」と断定されるのは、なんとも腹が立ったのだ。

 感情に突き動かされるまま、ソーハは噛み付くように言った。


「おい、誰が難しいと言った」


 ──そうして、気がつけば。

 ソーハは豆入りの瓶とノートを持って、自分の寝床に帰還していた。

 水晶玉ですべてを見ていたレンティルが、なんとも形容しがたい表情でソーハを見つめている。


「ええと、ソーハ様」

「なにも言うな」


 ソーハは片手で顔を覆った。

 まだだ、まだやけになるのは早い。

 ソーハは観察ノートを振りかぶって決意を示す。


「覚悟しろ人間、明日この観察ノートを見る時が、貴様の最後だ!」

(観察ノートはきちんとつけていくんだ……)


 口に出すと怒りそうなので、レンティルは心の中だけでそっと呟いた。


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