54.
その日の夜。
店の入り口の床に座り込み、レグーミネロ達は晩御飯を食べていた。
街中で買い込んできた蒸し豚を葉物野菜でくるみ、ソースをかけて食べる。
さっぱりと塩味のついた蒸し豚の切り身が、労働を終えた腹に染み渡っていく。
晩御飯にぱくつきながら、本日の成果を報告し合った。
「もやし班は、もやしの種植えが終わったぞ」
「種植え?」
不思議そうに繰り返したのは、スパイス粉をふんだんにまぶした野菜を口に運んでいたエルプセだ。
「もやしって、水の中で育てるんじゃないんすか?」
「いい質問だ、エルプセ。もやし中級者の称号をやろう」
「うわあ、いらねえ」
豆太郎は人参と玉ねぎを葉物に包みながら解説する。
「お前の言う通りもやしは水耕栽培が多いけど、今回は土耕栽培だ。そもそも植物は土で育てるのが基本なんだよ。もやしが珍しいんだよな。水は放っておくとカビが生えてしまうから、定期的な水替えが必要になる。たくさん育てるなら土耕栽培の方がいいんだ」
今回はダンジョンでやっているような、数人分のもやし料理を振る舞うのとは状況が違う。
たくさんのお客さんにもやしを食べてもらうため、一度にたくさん収穫する必要があった。
そこで豆太郎は、水替えが不要な土耕栽培を選んだのだ。
「ソーハと《《鎧さん》》のおかげで、あっという間に種植えは完了だ」
「鎧さん」という言葉に、店主がちらりと部屋の隅に目をやった。
壁に沿うように姿勢よく立っている、全身鎧の新顔。
この鎧はいつの間にか店の中にいた。豆太郎からはソーハの知人だと聞かされている。
「あいつは飯食わないのか」
「ああ、あいつは訳ありでな。人が食べていると落ち着かないんだ。放っておいてやってくれ」
「……それならいいけど、あとで飯は食えよ。ぶっ倒れても面倒は見切れないからな」
いっさい鎧を脱がないあたり、何かわけがあるのだろう、と店主は推測する。
豆太郎は平静を装って頷いたが、内心ははらはらだ。
なにを隠そうあの全身鎧は、ソーハに仕える《《魔物》》「動く鎧」なのだ。
荷運びをさせるためにソーハがダンジョンから召喚した。正確には、ちょっと目を離した隙にいつの間にか召喚していた。
店主の気づかいはありがたいが、あの鎧は「中に人なんていません」状態。
うっかりボロが出ないように気を付けなければなるまい。
そうしてめいめいに今日の状況を報告しながら夜は更けていった。
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それから数時間後。
使用人にレグーミネロを宿まで送り届けてもらい、男たちはそのまま雑魚寝した。
皆が寝静まった頃、豆太郎はそっと狸寝入りをやめて起き上がった。
寝ていなかったのは、あることを確認したかったからだ。
豆太郎はろうそくに火をつけた。そして横に眠るソーハの方を向く。
ソーハは寝相がよく、毛布にきちんとくるまって眠っていた。
彼を起こさないようにそっと明かりを近づける。確かめたかったのは髪の毛の色だ。ソーハの髪の毛は、紫色ではなく、擬態の魔法をかけたままの金色の状態だった。
「どうかしました?」
声をかけられて、ぎくりとする。
いつの間にか目を開けていたエルプセが、腕を頭の下に引いたまま首だけ動かした。
「起きてたのか、エルプセ」
「一応冒険者なんで。気配には敏感なんす」
「いや、眠ったら擬態の魔法が解けるんじゃないかってちょっと気になってな」
紫の髪は魔人の証だ。万が一擬態が解けてしまった場合、事情を知らない店主やメメヤード家の使用人たちが見たら大騒ぎになってしまう。
だが、それは取り越し苦労だった。ソーハの髪の毛はきちんと金色のままだ。
考えてみれば、ソーハが寝ていようがいまいが、豆太郎の異世界転移の魔法は解けていないのだ。ならば擬態の魔法も同じだろう。
ソーハが口元をむにむにと動かした。
豆太郎はろうそくを消して笑う。
「眠っていると、本当にただの子どもにしか見えないなあ」
「そっすね」
さて、安心したところで自分も寝るか、と思った矢先。
ソーハが手を天井にかざし寝言を言った。
「むにゃ……、みるがいい、まめたろー。これがまじんのちから」
次の瞬間。
ソーハの手から光の塊が飛び出した。それは天井にそこそこ大きい穴をあけ、きらりと空に消えていく。
「…………」
訂正。
ソーハの寝相は悪かった。
豆太郎はだらだらと汗をかき、一言。
「……ラーヴ・ノワール商会の攻撃ってことにしようか」
「さらっと罪をなすりつけましたね」
とりあえず屋根を修繕する前で良かったと、心の底から思った。




