53.
【新装開店まであと9日】
豆太郎とソーハは店主に案内され、温泉の横に建っていた物置小屋に案内された。
小屋の広さは畳6畳分。大人2人が布団を敷いて寝られるくらいの大きさだ。
「元は物置だ。好きに使え」
「その割にものが少ないな」
「他の店が、蒸し風呂を作っていてな。この物置小屋でそれを真似しようと思ったんだ」
今でいうサウナだ。たっぷりと汗をかいてそれを流すときのさっぱり感が好きで、豆太郎も昔はよく使っていた。
「で、作る前に潰された。後には資金繰りのために借りた借金だけが残ったってわけだ」
「あー……。え。じゃあここ、蒸し風呂にする予定だったんだろ? もやしの栽培小屋にしていいのか?」
「いいって言ってんだろ。蒸気の休憩所じゃ、他の店と差がつけられないからな」
つまり蒸し風呂を諦めてもやしに託したというわけだ。責任重大。
豆太郎は室内を見回した。部屋の中はずいぶんと暖かい。おそらく地熱の影響だ。地面の下に通った温泉の影響で、土が温まっているのだ。
「じゃあ、俺は調理部屋の片づけに回る。何かあれば呼べ」
「おー」
店のほうに歩いていくオーナー。さっきまで飲んでいた酒は抜けてしまったのか、足取りもしっかりしている。
「最初はやさぐれてたけど、結構やる気あるな」
本当は彼も、この店を手放したくなかったのだろう。
これは自分も気合を入れねばなるまい。
とはいえ、だ。
豆太郎は床に目をやった。小屋の床には木の板が隙間なく敷かれている。
もやしの栽培小屋を作るには、まずはこれを剝ぎ取るところから始まる。中々の重労働だ。
「レグーミネロに頼んで、こっちにも人回してもらわないとな」
うーん、と作業手順を考えていると服のすそを引っ張られた。
ソーハが自分を見上げている。その額には汗をかいていた。普段涼しいダンジョン住まいの彼からすれば、この空間は少し暑すぎるだろう。
「ああ、ソーハ。悪いな、店のほうでちょっと休んでてくれ。こまめに水分をとっとけよ」
「あほか、俺はお前の『監督』なんだぞ」
腕を組んで監督、を強調するソーハ。
「よってお前は、俺に行動を教える義務がある。まずは何をするつもりなんだ」
「この床の板をはぎとって、土に豆を植えるんだ。けど、重労働だから、人の手を借りないとな」
床を指さし説明する豆太郎に、ソーハは不思議そうに首を傾げた。
「そんなもの一瞬だろう」
「へ」
ソーハが右手を地面にかざした。
瞬間。
空手家の瓦割のような音が爆音で響き、床が爆ぜた。
爆発は連鎖し、つぎつぎと木の床が木っ端微塵になる。
なんということでしょう、隙間なく敷き詰められた木の床は、一瞬にしてこげ茶の土の床に早変わり。
ソーハは何事もなかったかのように豆太郎を見上げた。
「で、次は?」
「……わあーお、ファンタジぃ」
豆太郎は実感する。
毎日平穏なもやし生活を送っていると忘れそうになるが。ていうか忘れてたが。
ここは、剣と魔法の世界なのだ。
□■□■□■
豆太郎達が匠の技ならぬ力業でビフォーアフターをしていた頃。
「……これで説明は以上です。勝手なこととは思いますが、どうか力を貸していただけませんか」
レグーミネロはメメヤード家の使用人たちに頭を下げていた。
ラーヴ・ノワール商会と取引をし、メメヤード家の信用を危険にさらしていること。
そして、そのうえで自分を助けて欲しいとお願いしたのだ。
今すぐベンネルに連絡を取り、自分は何もするな、と言われるかもしれない。
ぎゅっと目をつぶり叱責を覚悟したレグーミネロだった。
「はい、承知しました」
「では私は、酒場で日雇いの大工や石工を連れてきます」
「私が指揮を執りましょうか。奥様1人では大変でしょうから」
しかし、使用人たちはあっさりと快諾した。
拍子抜けしたレグーミネロはずっこけそうになった。
「み、皆さん。怒らないんですか。メメヤード家の評判を落としかねないことをしてしまったのに」
「いやいや、旦那様って方々から憎まれてますから」
「いつも評判を落とす機会を狙われている、綱渡りみたいな状態ですから」
「えええ」
レグーミネロはちょっとショックだった。
メメヤード家は思ったより仲間内の評判が悪いらしい。
「そして、商売敵の妨害工作をひょいっとかわすのが旦那様です」
「それに一役買っているのも私たち」
使用人たちはそろって笑った。
「なので、奥様。どうぞ私たちを頼ってください」
レグーミネロの胸に熱いものがこみ上げた。それが外に出るのをぐっとこらえる。
喜ぶのは、まだまだ早い。
「ええ、お願いします!」
□■□■□■
頼りになる使用人たちに指示を出して解散した。
さて自分も動くぞ、と張り切って歩き出したレグーミネロの前に、青白い顔をした人が現れた。
ラーヴ・ノワール商会のラディだ。
「あ、ラディさん」
「レグーミネロさん、申し訳ありません……!」
ラディは倒れ込みそうなほど頭を下げてレグーミネロに謝罪していた。
「私は商会の一員でありながら、何が行われているのかまったく知らなかった。そのうえあなたをこんなことに巻き込んでしまった」
「ラディさん、顔を上げてください」
「ですが」
「こうなってしまった以上、仕方がありません。私はできることをするだけです」
レグーミネロはラディの顔を無理やりあげさせて、目を合わせた。
「ラディさんには、ラーヴ・ノワール商会の動向を探っていただきます。もし彼らが嫌がらせをするような動きがあれば、すぐに教えてください」
「あなたは……、こんなことがあっても、私を信じてくださるのですか」
ラディは身を震わせ、顔を背けて目元を拭った。
「分かりました。ラーヴ・ノワール商会のことは私に任せてください。絶対に成功させましょう」
「ええ」
2人は力強く頷き合い、見つめ合った。
次の瞬間、どこからか木の板が飛んできた。
木の板はラディの後ろの壁に直撃。
曲がり角から、ひょこりとエルプセが現れた。
「すんません、羽虫がいて手が滑りました」
石の匙亭、もやしで再興作戦。
恋路の邪魔も忘れてはならない。




