52.
もやしも少しずつ認知されるようになったが、あくまでもソイビンの街止まり。
豆太郎はもやしパイオニアとして、さらに遠方へと広めていきたいと考えていた。
そんな中観光地で訪れたチャンス。
もやし、今こそ進撃の時。
「もやし料理の試食会をして、その流れで温泉に客引きする、とかどうだ?」
得意げに指を立て、商家の妻であるレグーミネロの判断を伺う。
以前貴族に売る商品としてもやしを提案した時は一刀両断されたが、今回はいかに。
「……良い案です!」
「よっしゃあ!」
まさかの合格。
豆太郎はガッツポーズを決めた。
却下されると思って見守っていたエルプセは驚いた。
「いいんすか? レグーミネロさん。以前はもやしはビジュアル的に、目玉商品にするにはイマイチって話をしてたじゃないっすか」
「あれはソイビンの街で売るなら、という話でしたからね。ラウトの街は観光名所。食べ歩きは観光の醍醐味です。さらにこのお店は料理屋を併設しています」
もやしのビジュアルも、観光客になら物珍しさとして受け入れられる可能性が高い。レグーミネロの太鼓判に、豆太郎はさらに張り切りだした。
「となれば、さっそくもやし作りに取り掛からないとな。ふふん。今回は温泉ということもあって、ちょっとした作戦があるんだよな」
「作戦?」
ソーハの復唱に、豆太郎がにやりと笑う。
「ああ。ずばり『温泉栽培』だ」
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温泉栽培。
温泉熱で温まった土床や温泉水を使用した野菜栽培の一種だ。
温泉の成分が植物の生長を促したり、栄養を豊富にする効果を持つ。
前の世界にいたとき、豆太郎は温泉で育てられたもやしを食べたことがある。
普通のもやしの何倍も大きく、しゃきしゃきとした歯ごたえのもやしだった。
あれならこの街の特色も生かせるし、料理としても文句なしだ。
しかし温泉栽培は、その道のプロがあらゆる工夫をこらして生まれた産物。
素人の猿真似で作れるものではない。家庭菜園でもやしを育てるのとはわけが違うのだ。
だが、それでもせっかくの温泉地帯。チャレンジしてみる価値はある。
うまくいけば、この街の「温泉」というアドバンテージを大きく活かせる野菜が出来上がるのだから。
「普通のもやしも一緒に育てておけば保険になるだろ。育ててみないと分からないけど、大体7日後に収穫できるとみていい」
品種にもよるが、5日~10日ほどでもやしは成長する。
いずれのもやしも傷みが早い。試食会をするなら、もやしの収穫日を合わせなければならないだろう。
「料理を研究する時間も必要だよな。店主、どれくらい必要だ?」
「まずその『もやし』ってのが何か分からねえんだよ。野菜か?」
「おうともよ! 栄養抜群、安くて美味い、さまざまな食材と相性が良い魅惑の」
「マメタローさん、その辺で」
いつものもやしトークは、エルプセにショートカットされた。
「とにかく野菜なんだな。じゃあ、お前らの中でそのもやしって料理を取り扱ったことのあるやつは?」
豆太郎が手を挙げた。ソーハもやや得意げに手を挙げた。
店主はそんなソーハを見て「父親の手伝いをして偉い子どもだな」と思った。
「なら、普段どんな料理をしていたか教えろ。大体のレシピを予想する。あとは1日あればいい。下ごしらえが大変な肉や魚じゃないなら、今回はそれでなんとかする」
「やるじゃねえか、酔っ払い店主」
「うるせえ、急ごしらえでの料理だ。期待すんなよ」
もやしを育てるのに7日。
料理を考えるのに1日。
レグーミネロは頭の中でスケジュールを組み立てていく。
「もやしは植える日にちをずらして、7日と8日に収穫できるようにしてください。店の再開は、今より9日目としましょう。私は日雇いの労働者を雇って、店を修繕します」
勝負は9日目。そこから2日で、この店が再構築できると示せるだけの売り上げを出さねばならない。
「どのくらい稼げばいいんすかね?」
「個人経営の飲食店でしたら……、1日金貨5~6枚は稼ぎますね。さらに新装開店した店となれば、その3倍は稼ぐ必要があるでしょう」
つまり、2日で金貨30枚。
「エルプセさんは店の修繕の手伝いをお願いします。マメのおじさまはもやしの栽培、店主は温泉の確認を。ソーハ君は、えーっと、おじさまのお手伝いをお願いしますね」
「手伝い?」
ソーハの眉間にきゅっとしわが寄った。
強く気高い魔人である自分が、人間の手伝い?
ありありと不満が書かれたソーハの顔を見て、レグーミネロはこほんと咳払いした。
「訂正します。ソーハ君はおじさまの『監督』です」
「かんとく?」
「ええ、えらーい人が部下の動向を見守ることです。とっても大切なお仕事」
「ほう、監督」
それならまあ、いいか。
ソーハの眉間がもとに戻った。
魔人が納得したところで、レグーミネロは拳を振り上げた。
「勝負は9日後! この店を再開し、金貨30枚を超える売り上げをたたき出しますよ!!」




