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49.

 数日馬車を走らせて、ようやくたどり着いたラウトの街。


「おお……」

「うわあ……、観光名所って感じだなあ」


 ソーハと豆太郎は感嘆の声を上げた。

 デザイン性の高い建物が並んだ石畳の街並み。

 どれが宿なのか家なのかよく分からないがおしゃれだ。

 少し遠くを見上げると、ひときわ大きな建物が見えた。白と青のコントラストが目立つ豪華な建物。周囲の建物も、同系色で統一されている。エルプセがその建物を見上げながら首を傾げた。


「あれ? 昔はあんな建物なかった気がするけど、新しく建てた宿っすかねえ」

「最近整備した区画なのかもしれませんね。要チェックです」


 レグーミネロが街の地図を見ながら、赤いペンで印をつけた。


「さて、それではまずは宿で荷物を……」


 レグーミネロがツアーの案内人よろしく、皆を引き連れていこうとしたときだ。


「あの、もしやあなたは、ベンネル・メメヤード家の方ではありませんか?」


 唐突にレグーミネロに声をかけてきたのは、1人の青年だった。

 佇まいがとても綺麗な18歳くらいの男性。常に微笑んでいるような細い目は狐のようだ。

 こげ茶のズボンに、丁寧に編み込まれたチョッキ。白いシャツは留め具にこだわった一級品。

 シンプルだがお洒落上級者だ、とレグーミネロはひと目で見抜く。 

 そしてこうも思った。「旦那様と服装の趣味が似ている」とも。

 レグーミネロはドレスの裾を持ち上げて会釈する。


「ええ。ベンネル・メメヤードの妻、レグーミネロと申します」

「ああ! やはり。1度社交界でお見掛けしたことがあったんです。聡明なベンネル様の選んだ方だけある、気品がにじみ出ておりますね」


 狐目の青年はぺらぺらとまくしたてた。

 嘘くせー、とエルプセは心の中で呟く。


「ああ、申し遅れました。私、ラーヴ・ノワール商会のラディと申します」


 ラディと名乗った青年は、優雅な仕草で一礼をした。


 ラーヴ・ノワール商会。

 レグーミネロはもちろんその存在を知っていた。

 元は異なる名前の小さな商会だったが、会長が代替わりして一新。名前を替え、ここ数年で急速に力を付けてきた商会だ。


「あら、最近名を馳せているラーヴ・ノワール商会の方にお会いできるなんて、光栄です」

「はは、言い過ぎですよ。ビギナーズラックが当たって、急成長したように見えているだけです。メメヤード商会に比べれば、足元にも及びません」

「ご謙遜(けんそん)を。ラディさんは商会の会長の右腕なんでしょう? お若いのに、素晴らしいですね」


 ラディがわずかに目を見開いた。


「え、どうしてそう思うんですか?」

「あなたがおっしゃったじゃありませんか。私を社交場で見たと。私も言われて思い出したんですよ、ラーヴ・ノワール商会の会長の隣に、あなたがいらっしゃったのを」

「まさか覚えていてくれたなんて」


 ラディが感極まったように息を吐き、はにかむように微笑んだ。

 三日月のように細い目で、じっとレグーミネロを見つめる。


「初めてあなたを見たとき、とても素敵だと思いました。……ベンネルさんとの結婚を、色々と勘繰る者もいたでしょうから」


 利害のため、10歳も年の離れた男性との政略結婚。

 パーティーに赴けば、好奇の目で見られることも多かっただろう。

 しかしレグーミネロはいつも毅然(きぜん)とした態度でベンネルの横にいた。


「そんなあなたに褒めていただけて、とても嬉しい。良ければこれから、観光名所を案内しましょうか」


 ラディはごく自然にレグーミネロの手に触れようとした。

 それを目撃したエルプセと豆太郎が目をひん剝く。

 エルプセの動きは早かった。豆太郎に足を引っかけバランスを崩す。

 豆太郎は思いきりすっ転び、蛙のようなうめき声をあげた。


「ぐぶえっ」

「マメのおじさま!?」


 レグーミネロが慌てて振り返り、豆太郎のもとへと駆け寄る。

 ラディの伸ばした手は空を切った。


「大丈夫ですか?」

「ああ……、ナイスだ、エルプセ」

「え、なんでエルプセさん?」


 なぜか豆太郎とエルプセが親指を立てて互いの健闘をたたえている。

 レグーミネロは「?」マークを頭にたくさん浮かべながら、再びラディの元に行った。

 エルプセはラディの背中を睨みながら、ひそりと耳打ちをする。


「マメタローさん。責任重大っすよ、俺たち」

「分かってるよ。阻止、阻止」


 まさかの事態。ベンネル不在の中、レグーミネロに粉をかける男が現れた。


(ベンネルさんは上司の友人。もし何かあったら、めちゃくちゃ気まずいっす)

(ベンネルのやつ、最近情緒不安定だしなあ。あとで絡まれるとめんどうだし)


 それぞれの動機からレグーミネロを守らなければ、と団結する男2人。


「……?」


そんな2人の横で、お子さまのソーハは1人首を傾げたのだった。


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