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7.

「石焼きステーキとかあるくらいだしな。野菜もうまいんじゃないかね」


 中途半端なキャンプ知識を引っ張り出して、豆太郎はさらなる異世界クッキングを試みようとしていた。

 本人はまるで分かっていないが、石化された人を壊して石焼き野菜を作るという狂気の料理である。そんなこととは夢にも思わず、鼻歌まじりに石像の腕を拾おうとした時だった。


『聞こえるか、人間よ』


 突然どこからともなく声がした。

 豆太郎は驚いてあちこちに視線を向ける。だが、そこにいるのはヤギだけだ。


『愚かなる人間よ。本っ当に愚かな人間よ。貴様にいいことを教えてやる』


 天の声はなぜかすごい豆太郎を罵倒してきた。


『貴様が数日前から遠慮なく使っている滝の水。それをその石像に振りかけよ。さすればその女の腕は戻る。そして石化が解けて人に戻るだろう』

「へー、石化が……、石化!?」


 豆太郎は手に持っている腕を2度見した。

 まさか、よもや。


「この石像、人間!?」

『そうだ、やっと気づいたか、馬鹿め。とにかくさっさと水をかけろ。そうすれば治る』

「治るのか!? 腕、結構ぽっきりいってるけど」

『近くにあればな。元の姿に戻ろうとする力が働く。ええい、いいから早くしろ』


 魔物は様々な状態異常を引き起こす力を持っている。

 毒を扱う者は基本的に解毒剤を所持する。それと同様に、魔物がいるダンジョンに治癒の効力を持つものを用意するのは自明の理。

 ソーハはその解毒剤を水源にしていたのだ。尤もそれをもやしの水替えに使い倒されるとは思ってもみなかったが。


 豆太郎は慌てて滝の水を汲んで、思い切り石像にぶっかけた。

 しゅわしゅわと金色の泡が膨らみ、弾けて消えていく。

 やがてそれが全体に行き渡ると、石像に亀裂が生じた。亀裂は徐々に大きくなり、石の外側が砕け散り。


「きゃあああ! ……あ……あ……、……え?」


 床に転がったまま、全力疾走を続けようとした女の子が現れた。

 腕は両方ともしっかりくっついている。豆太郎は心の底から安堵して、大きなため息をついた。


「……石焼きしなくてよかった……」


 ほんとにな、とソーハも思った。



 □■□■□■



「はい、ヤギミルク」

「あ……、ありがとうございます……」


 石化が解けて混乱する女の子を落ち着かせようと、豆太郎はとりあえず飲み物を振る舞った。

 女の子は若干まごつきながら、それを受け取ってちびちびとすする。


 今からパーティーにでも行くのか、随分と化粧を厚塗りし、髪の毛も編み込んでいる。

 必死に走ったせいですっかりぐしゃぐしゃになっているが。

くわえて少女はそんな派手な化粧に反して、ずいぶん陰鬱な雰囲気を出していた。


「お、おじさんは、ダンジョン調査の方ですか?」

「いや、ここに住んでる一般人だよ」


 ダンジョンに住み着いている時点で一般人ではない。


「こういうものです。豆太郎って言います」

「は、はあ。マメ……さんですね。私はレグーミネロと申します」


 前回同様、読めない四角い名刺をもらったレグーミネロはお辞儀した。


「マメおじさま。ここに住んでいると仰いましたが、早く出た方がいいです。調査員の方に怒られてしまいますよ」

「調査員って?」

「ええと、ダンジョンの調査権を取得している人のことです。ダンジョンは国に調査権が帰属しており、最初に国兵が調査を行います。もしくは国から調査権を買った人、ですね」


 レグーミネロはすらすらと話し始めた。

 初回の調査が終わってから、冒険者たちはダンジョンを探索できること。

 ダンジョン調査は順に行われていること。

 このダンジョンはできてから1年ほどで、規模も小さく魔物も少ないことから、まだ調査が済んでいないこと、等等。


「でも、そもそもダンジョンを作るのは魔人です。国が調査の権利を主張するのはお門違いもいいところ。調査権というありもしない商品を作って、お金を絞るのが目的なんです」

「はは」


 どこの世界も、国が税金や制度を増やしてお金をなるべく絞ろうとするのは一緒らしい。

 流暢(りゅうちょう)に喋っていたレグーミネロは、はっとして口をつぐんだ。 


「ご、ごめんなさい。女が知識をひけらかすようなことを」

「ん? いや、面白かったよ。すごいね、先生みたいだ」


 褒められて、レグーミネロはきょとんと豆太郎を見つめた。

 豆太郎も不思議そうに見つめ返す。彼女は視線を逸らして、ドレスの裾を握った。


「確かに、ここは魔物もずいぶんと少なくて、過ごしやすいダンジョンですよね」

「え、魔物少ないの?」


 豆太郎は召喚されたところからほとんど動いていなかった。

 せいぜい用を足すために、このエリアから少し離れたところに行くくらいだ。

 ダンジョンにもトイレがあるのだと知ったときは驚いた。見た感じはゴミ捨て場に近い。割と近い場所にあるが、異臭がこのエリアまできたことはなく、一定期間すると廃棄物は消えている。原理は不明である。


 なので豆太郎はここ数日、部屋とトイレの往復くらいしかしていない。インドア社会人の見本のような生活である。


「普通ダンジョンは、魔人が呼び出した魔物で溢れかえっているものですよ」

「へええ」

「でも、ここは魔物のほとんどいない、廃墟みたいな場所でした。だからついつい、1人になりたいときに訪れてたんです。まさか今日に限ってこんな目に遭うとは」


 その時のことを思い出して少女は身震いした。そして小さくため息をつく。


「逃げ出そうとしたから、罰を受けたのかもしれませんね」

「逃げ出す?」

「ええ、望まない結婚から」


 弱々しい笑みを浮かべて、レグーミネロは語り出した。

 自分がこんなダンジョンに迷い込んだそのわけを。

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