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【番外編】山の幸ピクニック 3

 そして翌日。

 リンゼと豆太郎は、動きやすい長袖長ズボンを装着していた。

 柔軟体操もして準備は万端だ。

 ダンジョンの入り口にはそんな彼ら2人に加えて、もう2人の人影があった。


「よし、さっさと行くぞ、お前ら」

「お気をつけて、皆さま」


 見送りのレンティルと、何故か小さいリュックを背負ったソーハである。

 思わずリンゼは突っ込んだ。


「いや、待て。なぜお前も行くんだ、魔人の子。お前の貢ぎ物なんだが」


 ソーハは得意げに胸を張った。


「まあ、脆弱ぜいじゃくな人間2人では頼りないからな。俺への貢ぎ物をちゃんと用意できるのか見張ってやろうというわけだ。感謝するがいい」


 そんなソーハの様子を、レンティルは微笑ましそうに見つめている。

 豆太郎はそっとレンティルに近づき耳打ちした。


「いいんですか、レンティルさん」

「ええ、よろしくお願いいたします。ソーハ様は山登りに興味がおありのようなので。いい体験になると思います」

「ソーハ、今まで山登りしたことないんですか?」

「そうですね、そもそも魔人は、あまりダンジョンの外に出ませんから」


 箱入り息子ならぬ、ダンジョン入り息子というものかと豆太郎は納得した。

 ソーハは新品のリュックサックと新品の登山用ブーツにご満悦だ。何度もぴかぴかの靴のつま先を見つめている。


「あれはいつの間に用意したんですか、レンティルさん」

「いつ何があってもいいように準備をしておくのが従者というものですよ、マメタロウ様」


 豆太郎は感心して息を吐いた。そんな彼の服の裾がくい、と引かれた。

 裾を引っ張ったリンゼが「いいの?」という目で豆太郎を見上げてくる。

 豆太郎はぽりぽりと頬をかいて、一拍考えてから頷いた。


 ソーハは髪と目の色を変え、人間に擬態できる。

 加えてその辺の魔物では太刀打ちできないほどに強い。豆太郎などワンパンだ。

 なによりレンティルのお墨付きだ。連れて行っても問題はないだろう。

 そもそも貢ぎ物を受け取る本人がついてきてどうする、というツッコミはあるが。

 連れの2人が納得したところで、ソーハは元気よく腕を振り上げた。


「行くぞ人間ども! 魔人ソーハの凱旋がいせんだ!」


 かくて魔人の子どもに連れられて、豆太郎とリンゼの山登りが始まったのだった。



 □■□■□■



 レンティルは元気に大地を踏みしめるソーハの背中を、にこにこと見送った。

 近隣の山なら大した魔物もいない。ソーハにとっていいレジャーになるだろう。


 人の生活に興味を持ってはならない。

 老いた魔人達から厳しくそう教えられ続けたソーハは、いつしかダンジョンの外のことを口にしなくなっていた。

 けれどまた外の生活を、人の住む世界を知りたがっている。

 それを感じてレンティルはとても嬉しかった。いつかのためにと買っておいた登山用靴をぴかぴかに磨き上げるほどに。


 さて掃除でもしようかと、レンティルは自分たちの居住空間に向かった。

 ダンジョン1階の最奥には、ソーハとレンティルの住む空間がある。

 キッチンから作業机まで併設された大きな部屋、横には覆い幕が垂れ下がったソーハの寝床がある。

 部屋に辿り着いたレンティルは、ふと違和感に気付く。椅子の位置がなんだかおかしいのだ。引っ張ってみると、椅子の下になにやら色々なものが散らばっている。

 

 「あら? これは……」


 飲み物を入れた容器。敷物、タオル。どれもこれも、ソーハのリュックにレンティルが詰めたはずのものだ。

 おかしい。ソーハは昨晩、忘れものがないかどうか、うきうきと指さしチェックをしていたはずだ。

 つまりソーハの就寝後、何者かがリュックからタオル等を取り出した。そしてバレないように椅子の下に隠したのだ。

 だが、何のために? 


(……空いたリュックの隙間に何かを入れるため?)


 けれど、一体誰がそんなことを。

 夜から出発までの間にそんな行動ができるのは、ダンジョン内の魔物だけのはずだ。

 ソーハに忠誠を誓っている魔物たちが、なぜそんな不可解な行動を取ったのか。

 レンティルが考え込んでいたその時、魔物が1体、ドシンバタンと音を立てながら、慌てた様子で飛び込んできた。

 飛び込んできたのは、レンガでできたストーンゴーレムだ。そのサイズはソーハの身長の約半分といったところか。


「どうしました、ストーンゴーレム」


 ゴーレムは目の部分をぴかぴかと光らせながら、レンガを操り自分の体の形を作り変えていく。

 しゃべることのできない彼(性別はない)は、こうやってジェスチャーで会話をはかるのだ。

 レンガで形作られたのは、丸い胴体にやや長い首、背中には2枚の翼。

 ゴーレムが作ったその形は、まるで龍のようだった。

 レンティルは「ぴーん」ときた。

 最近ソーハに懐いている小さな龍がいたことを思い出したのだ。

 そう、小さい龍だ。《《ちょうどリュックの隙間にもぐりこめるくらい》》の。

 隙間の空いたリュック。

 慌てているゴーレム。

 そして、小さい龍。

 この意味が示すところは。


「……うーん、どうしましょ」


 レンティルは頬に手を当てて、あまり困っていない様子で呟いたのだった。



 □■□■□■



「ん? ソーハ、今リュックが動かなかったか?」

「そりゃあ動くだろう。俺が歩いているんだから」


 人間2人、魔人1人、──プラスアルファ1匹の山登りや、いかに。



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