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【番外編】山の幸ピクニック 1

もやし、久しぶりの番外編です。

本日連続投稿の予定です。

ソーハと豆太郎のドタバタっぷりをお楽しみください。

 魔人。

 それはあふれる魔力を秘めた人ならざるもの。

 ダンジョンを作り欲深い人々をいざない、その血肉を喰らうもの。


 ソイビンの街外れにある小さなダンジョン。

 ダンジョンの主の名はソーハという。

 少年のあどけない外見とは裏腹に恐るべき力を秘めた魔人だ。

 凶悪な魔物たちでさえ彼の前では膝をつく。

 そんな彼のべるダンジョンでは、今。


「とゆうことで、リンゼの部屋を作ってくれ! 頼むぜソーハ!」

「よろしくお願いします、魔人の子」

「ええーい、帰れーっ!」


 人間の不法滞在が横行していた。



 □■□■□■



 ダンジョン1階最奥、魔人ソーハの部屋。

 そこには椅子に座った12歳くらいの少年が1人と、そんな少年に深々と頭を下げる中年男性と年頃の女の子がいた。

 さらさらとした紫の髪に、宝石のような赤い目。魔人の象徴を兼ね備えた少年。

 彼こそがダンジョンの主、魔人ソーハである。

 ソーハは眼を怒らせながら椅子をばしばし叩いた。


「お前らな! ここがどこか分かってるのか。ダンジョンなんだよ、ダ、ン、ジョン! 罠が張り巡らされ、魔物が吠え猛り、人間と生きるか死ぬかの攻防戦を繰り広げる場所なんだよっ」


 ソーハの言葉に、中年男性が顔を上げた。

 どこにでもいそうな平々凡々なこの男。実は魔人ソーハによって異世界転移させられた人間だったりする。

 名前は「育田 豆太郎」。しがない元サラリーマンだ。一応この物語の主人公である。

 憤慨するソーハに対し、豆太郎は自分を指差してこう言った。


「そうは言ってもさあ、俺はずっとここに住んでるし、今更だろ?」

「ぐっ」


 育田 豆太郎。

 一見平凡な男だが、彼にはある特徴があった。

 もやし料理が大好きなのだ。


 もやし。

 日光を必要とせず、水と土で育つ強き植物。

 栄養抜群で栽培も簡単、人々の生活に欠かせない一品。

 そんなもやしを育てるのに、ソーハのダンジョンは理想的な空間だった。

 突然異世界に飛ばされた豆太郎は、怯えもせず泣きもせずに「無限もやし栽培空間っ!」とガッツポーズをした。ダンジョンもやし栽培生活の幕開けである。

 以来、もやしを育てながら、ダンジョンの主である魔人ソーハを餌付け……、もとい親交を育み、魔人と人間の奇妙な交友関係を築いている。


 そういうわけでソーハのダンジョンには、人間である豆太郎が住み着いている。

 人が住むことに対して抗議するのは、本当に「今更」なことなのだ。

 なんなら豆太郎が、自分の配下の魔物からミルクやら卵やらを取って毎日美味しく食べていることも見逃してやっている。


 そう、あくまで見逃して「やってる」のだ。

 だってソーハは魔人だから。

 強く気高い魔人は、人間1人の愚行くらいでは動じないのだ。

 だがさすがに入居希望者が増えた挙げ句、部屋の増設まで求められてきたら黙っているわけにはいかない。

 魔人は大家じゃないのだ。


「そ、それとこれとは話が別だっ。だいたいそこの女は、なんで俺のダンジョンに住もうとしてんだ」


 ソーハが豆太郎の隣で平伏へいふくした女性を指差した。

 この場にソーハの従者がいたら「相手をむやみやたらと指差してはいけませんよ」とたしなめたかもしれない。


 今度は豆太郎の隣の女性が顔を上げた。

 肩口で揺れる水色の髪は、陽光の下で見たらとても美しいことだろう。

 彼女はリンゼ。

 少し前まで「水の勇者」と呼ばれていた女性である。

 リンゼは大きく頷き、口を開いた。


「よく聞いてくれた、魔人の子。私は先日、あなたとマメタロウさんに助けられた。その恩返しをしたいと考えたんだ」


 リンゼは自分の胸をどんと叩いた。


「マメタロウさんと言えばもやし。ならば私が弟子入りしてもやしの伝道師となれば、マメタロウさんへの恩返しになるのではないか? と考えたわけだ。だから一緒にこのダンジョンに住もうとしている。恩返しの第一歩だな」

「俺への恩は仇になって返ってきてるじゃねえか」


 1人の人間に恩を返すと、もう1人の魔人への借りが増えていく。

 世知辛い世の中である。


「本当は一緒に住んでもやしを育てたいと思ったんだが、『せめて部屋を分けるようにしないと弟子入りは認められない』とマメタロウさんに言われてしまってな」

「あのなあリンゼ、いくら三十路を越えたおっさんとはいえ、同じ部屋で寝泊まりするのはよくないだろ。コンプライアンス違反だよ、コンプラ違反」


「コンプラ」の意味が分からずにソーハとリンゼはそろって首を傾げた。

 豆太郎が両手を合わせてソーハを拝む。


「頼むよー、ソーハ。贅沢は言わないから。トイレ男女別、しきり付きで魔物が来ない部屋とかにしてくれればいいから」

「色々言ってんだよ、すでに」


 ソーハは心の中で大きな大きなため息をついた。

 実は、ソーハはそこまで不満があるわけではないのだ。

 なにせこのダンジョンは、すでに豆太郎というおっさんがもやしの家庭菜園を作り、ヤギの柵を立てて、鶏小屋まで作っているのだ。

 いまさら人っ子1人増えたところで、どうということもない。

 だがしかし。ここですんなり認めてしまうとこいつらはどんどこ調子に乗る気がする、という気持ちが、ソーハに歯止めをかけていた。


 沈黙したソーハを見て、リンゼはさらに自分のアピールポイントを主張していく。


「安心しろ、魔人の子。こう見えて私は冒険者時代にそこそこ稼いでいる。家賃はきちんと納めると約束しよう」

「えっ」


 そこで動揺したのは無職の居候いそうろう豆太郎だった。

 このままでは自分にも家賃の請求がきてしまう。


「い、いや。ほら、そんな無理することはないんだぜ、リンゼ。ソーハなら分かってくれるって」


 文無し無職は、家賃回収を防ぐため必死に言い募った。

 一方、ソーハもまた彼女の言葉に影響を受けていた。


(家賃……、住むことへの対価。……そうだ、対価だ!)


「そうだな」


 ソーハの頷きに、豆太郎は絶望をあらわにした。


「だが、俺が求めるのは家賃などという生ぬるいものではない」


 ソーハは椅子の上に立って手を突き出した。

 そして朗々と人間たちに宣言する。


「貢ぎ物だ!! この魔人ソーハを納得させられるほどの貢ぎ物を用意するんだな!!」


 かくして。

 ダンジョン入居希望者たちの入居審査が始まった。


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