34.
ゴーレムの上半身が破壊されると、下半身も制御を失い崩れ去った。
レンガの破片が動いて集結し、小さなストーンゴーレムを作る。
チビゴーレムは光る目をちかちかさせながら、そろそろとザオボーネを見上げてきた。
レンティルがザオボーネとゴーレムの間に割って入った。
「ゴーレムが降伏宣言を出しております。……よろしいですか?」
ザオボーネは盾から手を離し、肩をすくめた。
「ああ。こんなにちびっこくなっちゃあ、張り合いがないからな。戦利品として、そこに転がってるレンガを100ほどもらえると嬉しいんだが」
ゴーレムが「いいよ」と言うようにぴかぴかと目を光らせる。
ザオボーネは振り返り、豆太郎を見てにっと笑った。
「さて」
そして再び、正面に目を向ける。
ストーンゴーレムが守っていた階段。
最下層へと続く道。
この先で、リンゼが待っている。
「──行くぞ!」
ザオボーネのかけ声に、皆が「応!」と答えた。
□■□■□■
ソーハのダンジョン地下3階。
ソーハとリンゼが地下に潜ってから、およそ2時間。
(くそ、きつい。苦しい)
ソーハは乱暴に汗を拭った。
浅い呼吸を繰り返し過ぎて肺が痛い。
腕を振り上げることさえおっくうになりながら、ソーハは手を振るって水を弾いた。
もうやめてしまおうか、と何度も思った。
自分に人間を助ける理由などこれっぽっちもない。
どうせ死のうとしていた命なのだから、責任もない。
だけどそう思うたびに、頭の隅で声がする。
『俺を召喚してくれて、ありがとうな』
その度に。
その度に、ソーハは歯を食いしばって耐えてしまう。
あと少し。
あと少しだけ。
そうして、それを繰り返して。
繰り返して繰り返して。
「ソーハ!!」
「ソーハ様!!」
──その声は聞こえた。
頭の隅ではなく、耳に届く距離で。
ソーハは振り返る。
いつも微笑んでいる女性と、へらへらと笑っている男。
その2人が汗だくになって、必死の形相で自分を見つめていた。
それを見た瞬間、なんだか目頭がすごく熱くなった。
それを隠すように、ソーハは思いっきり大声をだした。
「遅いっ!!」
□■□■□■
エルプセは地下3階についた瞬間、彼女を見つけた。
黒い水に巻きつかれ、うつろな瞳で地面に横たわった少女の姿を。
「リンゼ!!」
仲間たちの声に、リンゼははっと意識を取り戻した。
震えるまぶたをなんとか開く。焦点の合わない目に、ぼやけた仲間たちの姿が映る。
「み……」
仲間を呼ぼうとしたその瞬間。
リンゼの体が黒い水に囚われた。
「リンゼッ!」
エルプセが飛び出す。だが間に合わない。
黒い水は鎖のように彼女の身体を絡めとった。
人質として見せつけるように。
「……おい、人間ども」
ソーハはちょっと混乱していた。
豆太郎とレンティルの2人で来ると思っていたら、なんかいっぱいやって来たからだ。
だが、今はとにかく戦力が多ければなんでもいい。
レンティルに汗を拭われながら、ソーハは宙に浮かぶリンゼと水の魔物を指さした。
「1度しか言わんからよく聞け。お前らの仲間を助けたければ、魔物と女を繋いでいる魔力の糸を断ち切る必要がある。今から俺が攻撃して魔物の気を引くから、その瞬間を狙って女から魔物を切り離せ」
「魔力の糸ってのは、あのリンゼの心臓からでている黒い水か?」
「そうだ」
ザオボーネはリンゼを見上げた。
ファシェンの風魔法は機動力に長け、自分の土魔法は防御重視だ。
この場でもっとも攻撃に特化した魔法の使い手は。
「エルプセ。やれるか」
「え……」
「待て、ザオボーネ。それは」
エルプセに宿る炎の力は確かに強い。
だが、それゆえに制御に失敗し、仲間に怪我をさせた過去がある。
1度はそれを気に病んで、行方をくらませたほどだ。
もし、再び同じようなことが起こったら。
だがザオボーネは、力強くエルプセを見つめた。
「どうだ、エルプセ」
「…………」
エルプセは静かに目を閉じた。
頭の中で、さまざまな出来事が蘇る。
自分の炎が仲間を傷つけたこと。
さまよい歩き、豆太郎と出会ったこと。
リンゼに杖でぶん殴られたこと。
ザオボーネに反抗して豆太郎を守ったこと。
もやしのこと、ちんぴらを殴り倒したこと、孤児院のこと。
記憶と一緒に蘇る、たくさんの人の笑顔。
あの日の決意。
そうだ、自分は。
皆といるために強くなると、このダンジョンで決めたのだ。
エルプセは目を開けて言った。
力強く、まっすぐに。
「やります」
今日はもういっちょ夜にあげます!




