33.
そうして金の糸を頼りに最短距離で走り続け、ついに一行は地下2階の門番の元へとたどり着いた。
最下層への道を守る最後の門番。
みかん色のレンガを何百と積み重ねてできた足、胴体、腕、頭。
四角く積みあがった頭部、その真ん中に空いた空洞。空洞の中でちかちかと点灯する2つの光は、その魔物の意志を示しているようだった。
「ストーンゴーレム。積み上げたレンガに命を吹き込まれた魔物です。今は人型に近いですが、ソーハ様が定期的に遊……、試行錯誤してさまざまな形に合体変形できるようになっています」
組立型の知育玩具みたいな魔物である。
「また、耐火レンガで作られていますから、火の魔法が効きにくいです。戦いの際はお気をつけて」
「耐火レンガ……」
豆太郎が小さく呟き、とても真剣な表情でストーンゴーレムを見つめた。
「なるほどな。それじゃあ、ここは俺がいくとするか」
巨大な盾を背中に背負い、ザオボーネが前に出る。
いつも通り泰然自若としたザオボーネだが、その内心は穏やかなものではなかった。
ザオボーネがリンゼを拾ってから数年。出会った時の彼女は、感情をどこかに忘れてしまった子どもだった。
たくさんの人の愛情に触れ、少しずつ感情表現ができるようになっていく彼女の成長を、ずっと見守ってきたのだ。
彼女はザオボーネにとって、娘同然の存在だった。
そんな彼女が命の危機にさらされている。
あれから2時間近く経過する。彼女の容体は? 今から行って間に合うのか?
早く、一刻も早く彼女の元へ行かなければ。
どくどくと鳴る心臓と焦りを周りに気づかれないよう、足早に前に出たその時だった。
「ザオボーネ!」
真剣な豆太郎の声が、ザオボーネを呼び止めた。
「頼みがあるんだ。あのゴーレムの耐火レンガ、壊さずに倒せないか? できればそう、100個くらい欲しい」
とてもシリアスな空気だが、エルプセは知っている。
彼がこんな風に真剣な顔をするときは、大体「あれ」が絡んでいるのだと。
「レンガがあれば」
豆太郎は拳をぐっと握った。
「レンガがあれば! なんちゃってピザ窯が作れる!! 夢のもやしピザが食べ放題だ!」
ほら、やっぱりもやしだった。
「リンゼを助けたら、みんなでもやしピザパーティーだ!」
ザオボーネはぽかんとした。
失敗することなど微塵も考えていない彼は、明るい未来だけを想像している。
(……いや)
豆太郎は顔色も悪く、立っているのもやっとだ。とてもそんなことを言う余裕はないはずだ。
ならば、ザオボーネの焦りに気づいたから、落ちつかせようとしたのか。
いやでも、本当にもやしのことしか考えていない可能性も捨てきれない。
ザオボーネへの励起か、もやしピザへの欲か。
(はっ、こいつはほんとに分からんな!)
笑いが込み上げて、思わずそのままがっはっはと笑った。
それだけで、肩がずいぶん軽くなった。
ザオボーネは深呼吸した。
(大丈夫、リンゼはきっと生きている)
だから、自分も楽しい想像をしよう。
これを乗り越えた先に待っている明るい未来を思い描いて。
「──土の勇者ザオボーネ、推して参る!!」
ザオボーネが地を蹴った。
大きな盾を前に構え、まっすぐに走る。
ゴーレムの体が振動し、バラバラになった。そのパーツが再びひとつに収縮する。
4本の足と太い尻尾をもったワニを模ったゴーレムに変形した。
「足元から狙う気です!」
ワニゴーレムは、低い位置からザオボーネの足元を狙って突進してきた。
あのフォルムなら、小回りがきくワニゴーレムの方が有利だと皆が思った。
だがしかし。
「ぬん!」
気合いの入った声と共に、盾が地面にめり込んだ。
柔らかい土に杭を埋め込むがごとく、ザオボーネはものすごい力で固められた土に盾を押し込んだのだ。
そしてめり込んだ盾を持って、勢いよく前進した。
激しい土の波が、盾に向かって突撃していたワニを吹っ飛ばした。
豆太郎が「はえー」と間抜けな声を上げた。
「すっご。あいつ、どんな腕力してんだ?」
「いや、さすがに土に干渉する魔法使ってますよ。ゴリラじゃないんですから」
吹っ飛ばされたワニゴーレムは、第ニ形態へと姿を変えた。
レンガがたたたた、と積み上がる。さながら大きなドミノタワーだ。
右と左に順に積み上がっていき、最終的に天井ギリギリまで積み上がった2本のドミノタワーが完成した。
そしてどん! と音を立てて、1番下の部分が射出された。
「ぐっ!!」
ザオボーネは盾を地面から引っこ抜き、その一撃を受ける。
2本のドミノタワーの勢いは止まることなく、次々とレンガを射出していく。
「流れ弾に気をつけろ!」
ファシェンとエルプセが豆太郎の前に出て庇う。
「うおおおお……」
猛攻に耐え、ザオボーネが1歩前に歩み出た。
それに気づいたドミノゴーレムが、レンガを連射する。
だが、ザオボーネは確実に一歩ずつ前進していった。
「うおりゃあああ!!」
ついにドミノタワーに辿り着き、そのまま盾で押し切る。再び吹っ飛ばされたゴーレムは、諦めずにレンガを集めて姿を作る。1番最初に見せた大きな門番の姿へと戻ろうとしていた。
「ハハッ! 最後は小細工抜きのぶつかり合いか? だが、それなら俺も得意だぞ!」
ザオボーネはどんと地面に盾を突き立てる。
「あまねく大地にわたる祝福よ」
周囲の大地がみしみしと音を立てる。
「ある時は神の抱擁、ある時は生命のはじまり。我は敬意をもってその名を呼ぼう」
完成したゴーレムが、右拳を振りかぶる。
それと同時に、ザオボーネは吠えた。
「轟け! 大地の激励!」
地面が咆哮を上げて裂け、巨大な岩の盾が現れる。
それは轟音とともにゴーレムの一撃を受け止めた。
ゴーレムの体がぐわんと波打った。
拳にぴしり、と亀裂が入る。それは瞬く間に大きく広がっていく。
そしてゴーレムの上半身が、勢いよく砕け散ったのだった。
今日は夕方にもう1話投稿予定です。




