31.
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ソーハのダンジョン、地下1階。
「な……、なんじゃこりゃーっ!?」
豆太郎は絶叫した。
階段を降りた先にあるわずかな足場。
その先には空中に浮かぶ石の床、上下に動く床。
天井からぶら下がった鉄球。さらにさらにはぴかぴか光る宝箱まで設置されている。
凝りに凝ったギミックダンジョン。
もはや一種のテーマパークだ。
レンティルが磨かれた鉄球を見上げて解説する。
「一時期ソーハ様がこういう仕掛けにこだわった時期がありまして……」
「いや、やりすぎだろ。これ、本人は突破できんの? あの天井にぶら下がってる宝箱とか、開けれる?」
レンティルはふいっと視線を逸らした。
できないらしい。
「ソーハ様は仰っていました。自分があの宝箱を開けるときは、この迷宮を壊すときだと」
「割らないと開けられない貯金箱じゃん」
豆太郎とレンティルのやり取りを眺めて「やっぱりダンジョンの主って子どもじゃねえ?」と思うエルプセだった。大正解だ。
「うーん、俺は図体がでかいから、こういうのは苦手なんだよなあ」
見るからに重そうな盾を背負ったザオボーネが困ったようにうなる。
エルプセはそれなりに身体能力は高いが、さすがにこんなギミックダンジョンは踏破したことがない。
「どうやら、ここは私の出番のようだな」
進み出たのはファシェンだ。
彼女がとん、と地面を軽く蹴る。それだけで彼女の肢体は、重力を無視して空へと舞った。
見る人が見れば、天使と見まごうその姿。
風の勇者、ファシェン。その呼び名のとおり、風を操るものである。
「ひととおり仕掛けを見てくる」
「お気をつけて。この階にも、門番はいますから」
ファシェンは一陣の風となり天井まで上がると、ダンジョンを上から見下ろした。
宙に浮いた床の続く先、鉄球の動く方向とタイミング、ついでに宝箱の位置。
ひとつひとつ把握して、頭の中でシュミレートしていく。
と、背後から何かが飛んでくる気配がした。
ファシェンはくるりと一回転してそれを躱した。芸術点がつきそうな美しい回転だった。
銀色の矢が通り過ぎて、奈落の底に落ちていく。
矢の飛んできた方向に、翡翠色の目を向ける。そこには自分に向かって矢をつがえる銀の鎧がいた。
レンティルがそれを指差して解説する。
「あちらはリビングメイル。日々この階の鉄球を磨き、床のトラップに異常がないか点検しているはたらきものです。これだけの機械が錆びていないのは、リビングメイルのおかげですね」
「ご、ごくろうさまです」
門番というより清掃員。今このダンジョンで一番働いているのはあのリビングメイルではなかろうか。
ちょっと前まで社会の歯車だった豆太郎は、親近感と同情を覚えた。
「大丈夫? あの彼? 彼女? ちゃんと有休は取れてる?」
「大丈夫、大丈夫。ホワイトですよ、うちのダンジョンは。ただ、この階を突破するには、リビングメイルとの戦いを避けては通れないでしょう。リビングメイルは、ソーハ様からこの階の権限を一部譲渡されています。あの者の操作1つで、罠の静止も可動も思うがままですから」
リビングメイルは矢を弓につがえ、たたんと足を踏み鳴らした。
すると、規則的に動いていた鉄球が突然向きを変えてファシェンに襲いかかる。
間いっぱつでかわしたところに、さらに銀の弓が飛んできた。
「ちっ」
ファシェンは空中で縦に3回転を決めて、皆の元へと戻ってきた。
鉄球が再び方向を変え、今度は豆太郎たちの元へ飛んでくる。
「させるか!」
エルプセが生み出した火球が、鉄球の鎖に炸裂した。
赤みを帯びた鎖はどろりと溶けて、引きちぎれた鎖の先の鉄球は、浮かぶ石の床を巻き込んで底へと落ちていく。
「!!」
リビングメイルが飛び上がり、がしゃんがしゃんと音を立てながら床の端に近寄った。そしてしゃがみこんで、鉄球の落ちていったダンジョンの底をのぞきこんだ。
「…………」
見えなくなった鉄球を見つめ、がくり、とうなだれる。
(え……、え〜〜……?)
悲壮感たっぷりのその姿に、エルプセはすごく気まずい思いをした。
レンティルの解説がたんたんと続く。
「リビングメイルは、毎日毎日、こつこつと鉄球を磨いていました。自分の主を思って、一生懸命ぴかぴかに。今奈落の底に落ちていった鉄球は、そんな、想いのこもった一品なのです……」
「ナレーションやめてもらっていいすかねえ!?」
エルプセは叫ぶ。なんだこの敵、すげえやりづらい。
豆太郎の腕から伸びる光の糸は、あの鎧の後ろに続いている。
一行は規則性がないトラップをかいくぐり、鎧の後ろの出口にたどり着かなければならない。
しかも、なるべくトラップを壊さずに。
あのリビングメイルの悲壮なポーズを何回も見たら、多分エルプセの心が死ぬ。
「……仕方がない。トラップはすべて無視だ。私が皆を乗せて一気に運ぶ」
「え」
ファシェンの提案に、皆のとまどいの声がハモった。
ザオボーネが自分の盾を指さして首を振る。
「ファシェン、さすがに無理だろ。空中浮遊の魔法で他人を運ぶのはかなり難しい。特に俺みたいな重量級を運ぶのはな」
「問題ないさ。風の魔法はおまけだ」
「?」
「いやあ、実は、今までは制御できずに困っていたんだがな。悩みが解決した途端自分で操れるようになったんだ。単純だな、私も」
「???」
なんのことかさっぱり分からず、疑問符を浮かべる男たち。
「……よろしいのですか?」
1人、彼女の事情を知るレンティルが声をかけた。
ファシェンは豆太郎をちらりと見た。それから、はにかんだように笑う。
「ああ。落花生もやしの風味は、残るものだからな」
皆には伝わらない豆太郎語録を呟いて。ふわりと風が吹いて、ファシエンの髪を巻き上げた。
彼女の白い腕が羽毛におおわれていく。淡い緑の羽は草原を切り取ったように美しい。
柔らかい羽を散らしながら、ファシェンの姿が、美しい翡翠の鳥へと変わっていく。
エルプセの手から剣がすこんと抜け落ちた。
豆太郎は顎が外れたのではないかと思うほど大きな口を開けている。
ファシェンが翼をはためかせた。
『呆けている暇はないぞ! 乗れ!』
ザオボーネがはっと我に帰り、エルプセと落ちていた剣を掴んでその背中に飛び乗った。
レンティルも豆太郎を押してその後ろに乗せ、最後に自分が反対向きに腰を下ろした。
フアシェンはリビングメイルを見据えると、緑の目をきゅいっと細めた。
『いくぞ!』
鉤爪で地を蹴り風になる。
風の衝撃に豆太郎はうめいた。耳元で風がびゅうびゅうとうなる。
リビングメイルが再び矢をつがえて狙いを絞ってくる。
ファシェンは飛びながら慎重にその動きを目で追う。
リビングメイルが動いた。だが動かしたのは手甲ではなく、足。
鉄球の速度をいじったのだ。
3つの速度の違う鉄球がファシェンに襲いかかる。
ファシェンは風の動きを読みながら、曲線飛行でそれを躱す。
「うわうわうわああ」
豆太郎は身体が揺れるままに叫ぶ。
余談だが、豆太郎は遊園地に行ったことがないので、こういう激しく動く乗り物への耐性が0だった。
かわす軌道を予測して、リビングメイルが矢を放った。
ファシェンは鉄球の隙間でホバリングし、空中に停止した。
予想の外れた矢が通り過ぎた瞬間、風切り羽を力強く動かし、思い切り飛び出す。
ファシェンが飛んできた風圧で、重い鎧がぐらついた。
リビングメイルの次の攻撃より早く、ファシェンが飛ぶ。
『抜けた!』
ファシェンたちはリビングメイルの横をすり抜け、一気に階段へと飛び込んだのだった。




