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29.

 魔人であるソーハが人間のリンゼを助けることに疑問を持つザオボーネ。

 しかしエルプセの勘違いを利用して、ソーハをもやし好き魔人とすることでことなきを得たレンティルだった。


(申し訳ありません、ソーハさま。この弁明は今度必ず)


ザオボーネは、やや首をひねりながらも一応頷いた。


「分かった。なら、ダンジョンの主がリンゼを助けようとしている、というのは理解する。だが、リンゼが命の危機というのはどういうことだ」


 ここは嘘やごまかしは効かないだろう。

 レンティルはそう判断して語り出した。


「今からお聞かせすることは、水の勇者が墓場まで持っていこうとした『真実』です。覚悟をもって聞いてくださいね」


 リンゼという偽物の勇者の真実を。



 □■□■□■



「……リンゼが……」

「勇者ではない……」


 エルプセとファシェンは、呆然とレンティルの言葉を繰り返した。

 今までずっと旅をしてきたのだ。突然現れた見知らぬ女にそんなことを言われても、到底信じられないのだろう。

 しかもレンティルは魔人だ。

 レンティル自身、彼らが動くかどうかは賭けだった。

 けれど。


「そうか、分かった。なら、お前が俺たちの道案内をしてくれるってことでいいんだな」


 ザオボーネは少しもためらうことなくそう言った。

 あまりにも迷いのないその問いに、レンティルのほうが虚をつかれた。


「魔人の言葉を、ずいぶんあっさりと信用なさるのですね」

「ここで嘘は意味がないだろう。それに……、納得はできる」


 ザオボーネは、パーティーの監督役としてみなを観察していた。そして彼女の使う魔法に違和感を感じていたのだ。

 だが何より気になっていたのは、リンゼはときおり、自分たちをとても遠い目で眺めていたことだ。

 手の届かない、けれど美しい空の鳥を見るような、そんな眼差しで。


「それに、お前さんがわざわざ俺たちの前に姿を現したんだ」


 ダンジョンは、魔人が人間をおびき寄せ、あるいは喰らい、あるいは(にえ)にするための建造物だ。

 同時に、人間を魔人に近づけさせないための防壁でもある。


 なのにこの魔人は、万全の状態の勇者3人の前にわざわざ姿を見せたのだ。

 罠だとしても、魔人にとってあまりにリスクが高い。

 そこまでされれば信用しないわけにもいかない。


 ついでに──、レンティルのすぐそばにいる男。

 ことの成り行きを不安げに見守る豆太郎の目には、一切の疑いの色がなかった。

 ならばまあ、信じてみようかと、ザオボーネの勘が告げるのだ。


「俺たちは仲間を助けたい。ダンジョンの下層へ連れて行ってくれ」


 ザオボーネは躊躇(ためら)いなくそう言った。

 エルプセとファシエンも同じ気持ちなのだろう。

 まっすぐにレンティルを見つめてきた。


 偽の勇者だという事実を知って、なお彼らは「仲間」だと言い切った。

 レンティルはふ、と小さく笑った。


「分かりました。ですがご期待のところ申し訳ないのですが、私に案内はできません。皆さんを導くのは、この豆太郎さんです」

「俺ぇ!?」


 完全に見守り役として話を聞いていたら、突然大役を振られた豆太郎。

 びしっと指された豆太郎は、手と首をぶんぶん横に振る。


「いやいやいや! 俺地下に降りたことないから、道案内なんてできないけど!?」

「それが出来るんですよねえ」


 レンティルが豆太郎の左手をそっと握った。

 む、とファシエンの眉間に皺がよる。

 レンティルが目をつむって何事か呟くと、豆太郎の腕がわずかに光った。

 豆太郎の腕に、きらきらと光る細い糸が現れた。それはくるりと豆太郎の腕をひと回りして、どこか遠くへ続いている。


「ソーハ様の力を可視化しました」

「ソーハの……あ!」


 ここでようやく豆太郎も気づいた。

 というか、思い出した。

 自分はソーハに異世界から召喚されたということを。

 

 この金色の糸は、そのソーハの力。

 つまりこの糸を手繰れば、ソーハの元へたどり着けるのか。


「どんな複雑難解なダンジョンであろうとも、それがある限り、あなたは最短でソーハ様のもとにたどり着けます」

「おおー、チート能力ってやつだな!」


 ついに豆太郎に目覚めたチート能力。

 別に強くもならないし、あまりにも範囲が限定された能力ではあるが。

 とはいえ、今この状況でもっとも必要な力と言えるだろう。


 だが、慌てたエルプセが割って入る。


「いやいや、ちょっと待ってください。どんなに早く地下に降りられるとしても、マメタローさんは鍛えていない一般人ですよ。地下の魔力濃度に耐えられません」


 下層に行けば行くほど、魔人の力が強くなる。

 大気中の魔力も増大し、人の身には大きな負荷がかかる。


「マメタローさんは加護の魔法も使えない。体力だって人並みだ。いくら最短距離の道案内ができるからって……」


 もっともな冒険のプロの言い分に、レンティルはにっこりと笑って頷いた。


「ご心配なく。マメタロウさんは私が守ります」


 レンティルは豆太郎の手を両手で包み、大切そうに握った。


「加護の魔法もきちんとかけますから。安心なさってくださいな」


 その様子を見て、ファシエンの眉間にがっつりとシワが寄る。

 ずずいとレンティルと豆太郎の間に割って入った。


「そちらに頼るまでもない。マメタローは私の加護魔法で守ってみせよう」

「まあ。頼もしい。では、あなたに()()()()()()()()()()()()て、撤退した時は、私が代わりにがんばりますね」


 先日の出来事を持ち出され、ファシェンの頬がひきつる。


「……そうだなあ。そんなときがあればお願いしよう」

「うふふふふ」

「あはははは」


 女性陣たちの間のただならぬ空気に挟まれた豆太郎。

 助けを求めてエルプセたちに視線を送ったが、すっと視線を逸らされた。


 ザオボーネが場を仕切りなおすため声を張り上げた。


「行くぞ! 目標、地下3階!  ダンジョン制覇の始まりだ!!」


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