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25.

「私の村は貧しかった。不作のときは、冬が来るのが怖かった。お腹が減るって、怖いことなんだ。人が変わったみたいに凶暴になるからね。村はとにかく食料やお金を求めてた。それであるとき、勇者を作ってみようとしてね。身寄りのなかった私は、水の魔物を飲まされたんだ」

「は? 魔物を飲む?」

「うん。魔物を飲んだら、魔物と合体できるんだって」


 魔人であり、人間よりずっと魔物に詳しいソーハは愕然とした。なんだそれは。


「そんな馬鹿なこと……あるわけ……」

「どうだろう。でも実際、私は魔物と適合したよ。かくして『偽物の水の勇者』のできあがりだ」


 リンゼは両手を広げて、自分という存在を見せた。

 ソーハはまだ呆然としていた。

 魔人たちが嫌悪し、自分に教え込もうとしていた人間の劣悪さ。

 それを目の当たりにして言葉を失った。

 彼の代わりに、レンティルが説明した。


「それはおそらく、寄生タイプの魔物だったのでしょう。共存ではなく、魔物が体内からあなたを操ろうとしているだけ。適合ではありません。このままではいずれ、あなたは殺されてしまいますよ」


 レンティルの伝えた真実は、リンゼにすれば残酷な真実だろう。だがしかし、リンゼは変わらず無表情のまま頷いた。


「そっか。実は私もね、私の内側から、私をのっとろうとする魔物の気配を感じてる。今まではなんとかやってこれたけど、そろそろ覚悟しなきゃダメかなって思ってたんだ」


 リンゼは自分が死ぬことを、まるで他人事のように話す。


「たとえ私が自死を選んでも、水の魔物を解放してしまうだけだ。毒消しの薬や、治癒の魔法も試したけど、効かない。どうしたものかと悩んでいた矢先に、『これ』と出会ったんだ」


 彼女は水源の側に並んでいる、すくすくと成長しているもやしを指差した。


「孤児院で食べたときは驚いた。私の内側で、確かに魔物が苦しむのを感じたから」


 魔物にはさまざまな種類がいる。

 知能が高い魔物は学習能力を持つし、強靭な肉体を持つ魔物は、人間の使用する薬物や魔法を受けることで耐性をつけていく。

 だが、魔人が使用する浄化の道具については耐性がない。何故なら、そもそも魔人と相対することがほとんどないからだ。


「それでね、この食べ物に秘密があるのかと思ったんだけど、最近水のほうだって分かった。ファシェンが言ってたよ、もやしは9割が水分、なんだってね」


 もやしを指していた指をそのまま水源の方に向けた。

 ソーハがダンジョンの中に作った、あらゆる状態異常を治す水。それはつまり、強力な浄化作用も秘めていた。

 その水をもやしが吸い、浄化作用がたっぷりと含まれたそれをリンゼが食した。

 そして、リンゼの中に巣食う魔物を攻撃したのだ。


 リンゼは衝撃を受けた。この力さえ、このもやしさえあれば。

 自分の中にひそむ魔物を殺せるかもしれない。

 もっとも、魔物とつながっている自分もいっしょに死んでしまうだろうけれど。


「まあ、そういうわけだ。魔人の子ども、ダンジョンの主。どうか水を分けてもらえないだろうか」

「仲間に助けてもらえば、他に方法が見つかるんじゃないのか」

「えっ」


 ここで初めて、無表情だったリンゼの顔が崩れた。

 魔人であるソーハが、人間の自分が助かるための方法を口にしたのが意外だったのだ。


「……それは、難しいな。そうだな、ツボに入った蛇を想像してくれ。ツボが私、蛇が魔物だ。蛇を倒すには、蛇自身が外に逃げようとする恐怖を与えなければならない。そして、ツボを壊さないようにするには、外に蛇がいるうちに倒さなければならない。だが、蛇は自分の身が危うくなれば、すぐにツボの中に引っ込めるようにしているんだ。蛇もろともツボを壊してしまう可能性のほうが高い」


 そこで、リンゼは困ったように笑った。


「私は、仲間に殺されるのはごめんだ」


 というか、一度そうなりかけた。

 あれは以前、エルプセの炎の力が暴走した時のことだ。

 ファシェンやザオボーネを攻撃したのは暴走によるものだろうが、自分についてはそうではなかった。

 あの炎は周囲のあらゆる魔物を焼き尽くそうとした。そこに「自分」も含まれたのだ。

 神の与えた炎の力は、自分を真似る不届きものを見抜いていた。


 あの瞬間。

 自分の髪が燃えた瞬間の、エルプセの顔が忘れられない。


 勇者のフリを始めた頃、リンゼは仲間のことをなんとも思っていなかった。

 自分だけは偽物だという劣等感もあった。

 だが、村では魔物の器としてしか扱われなかった自分に、彼らは優しかった。ずっと優しかった。

 それは春に降る、暖かい雨のように。


 だからリンゼは仲間に殺されるわけにはいかない。

 あの優しい手を汚させるわけにはいかないのだ。


「そもそも、魔物が私の中から飛び出してくるような恐怖を感じさせる……、ということがすでに難しくてうまくいかなかった。だから、私が魔物に乗っ取られて、取り返しがつかなくなる前に終わらせる。この場所を汚すつもりはない。水さえもらえれば、人目につかないところで死ぬ。だから、水を分けてほしい。ええと、ください」


 長い長い話を終えて、リンゼは深々と頭を下げた。

 仲間に知られず、たった1人で死ぬために。

今日は夕方にもう1本投稿する予定です。

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