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24.

 豆太郎が倒れる、その少し前。


 ダンジョン1階の奥。

 レンティルが床掃除をしていると、音もなくソーハが現れた。


「あら、ソーハ様。わざわざ瞬間移動で帰ってきたのですか?」


 ダンジョンの主は、その中にいる限り様々な特権が行使できる。

 たとえば、ダンジョンの中に自分の声を響かせたり、入ってきたものの気配を感知したり。

 他にも、ダンジョンの好きな場所に現れることができるのもその1つだ。ソーハは、自身が触れているものをダンジョンの中に限り移動することができる。とはいえ魔力も使うので、普段は徒歩で移動しているが。


 ソーハは持ち帰ってきたフライドもやしを、仏頂面で突き出した。


「ちょっとな。これ、土産だ。俺は寝る」


 つっけんどんにそう言って、ソーハはさっさと天幕の中にもぐりこんでしまう。

 付き合いの長いレンティルには、あれがどういう感情のときの態度なのか、よく分かっていた。


(よほど良いことでもあったんでしょうか)


 あれは、嬉しいことを隠しているときの態度だ。


 天幕の中にもぐりこんだソーハはくるりと身をひるがえし、天幕の隙間からレンティルの様子を見た。

 空気を呼んだレンティルは、ソーハのことなど気づいていないフリをして、フライドもやしをお皿によそい始める。

 ソーハは再び身を回転させた。

 頭の中で、さっきの豆太郎の言葉が響く。


 ――俺を召喚してくれて、ありがとうな。


「……へへっ」


 ソーハはくしゃっと笑って、ベッドに飛び込んだ。

 明日は久々に、高級な肉を持っていってやろうか。そんなことを考えていたときだった。


「――っ」


 ソーハはベッドから身を起こし、また天幕の外に出ていった。


「ソーハ様」


 レンティルもやや警戒した様子だ。どうやら、彼女も異変を感じ取ったらしい。

 ダンジョンの中に、異質な気配が迷い込んだのだ。


(人間……か? にしては妙な魔力だ)

(魔物の血が混ざったファシェンとも違う。これは一体……)


 レンティルが水晶玉を取り出し、ソーハもそれを覗き込んだ。

 そこに映し出された冒険者は。


「……女?」

「あ」


 レンティルはその女性に見覚えがあった。

 物資を買うため人間に変装して街を出たとき、エルプセたちと歩いているのを見かけたのだ。


「水の勇者、リンゼ」


 杖を握りしめた彼女は、暗い道を恐れることなく、まっすぐにダンジョンを進んでいた。

 その向かう先は、ソーハがよく知る場所だ。



 □■□■□■



 豆太郎が眠ったのを確認すると、リンゼは杖を持って立ち上がった。

 そのまま後ろの水源に向かって歩いていき、壁の穴から降り注ぐ水を眺めながら杖を構えた。


「それ以上動くなよ、人間」


 幼い、けれど逆らうことを許さない声が、彼女の動きを止める。


 リンゼはゆっくりと振り向いた。

 豆太郎の横に小さな子どもが立っていた。

 さらに彼に付き従うように、女性が1人控えている。

 幼い子どもから放たれる、圧倒的な存在感。

 目を引く紫の髪と瞳が、彼が誰かを教えてくれる。


「わあ、ダンジョンの主だ。しかも子ども」


 リンゼの薄いリアクションに、ソーハの方がずっこけそうになる。

 咳払いを1つして、鋭くリンゼを睨みつける。


「お前、何をするつもりだった? その水源に毒でも仕込む気か」


 魔人を前に慌てることもなく、リンゼは首を横に振る。


「違うよ。ここのお水をたくさんもらおうと思っただけ」

「なんのために」

「死ぬため」


 リンゼは淡々と答えた。

 あまりにも予想外の答えに、ソーハは一瞬反応が遅れた。


「は?」

「私が死ぬためにこの水が必要だった。正確には、誰も傷つけずに死ぬために、かな」


 リンゼは自分の胸あたりをとん、と指差した。


「少し勇者の話をしようか、魔人の子ども」


 そこから、リンゼの昔話が始まった。

 仲間達にずっとずっと秘密にしてきた昔話。

 墓場まで持っていくつもりだった、秘密の話だ。



 □■□■□■



 そも、勇者とは何か。

 人間達は「神が自身の力を分け与えた者」と定義している。

 では、神の力をどうやって示すのか。


 たとえば、魔人さえ従える炎の一撃。

 たとえば、なにものも通さない土の壁。

 たとえば、すべてを吹き飛ばす風の渦。

 たとえば、天候さえも変える水の恵み。


 人々はそんな力を持った者を勇者と呼び特別視した。

 と、ここまではファンタジーだが、その勇者自体は「国に申告し認可が下りる」ことで認められる、なんとも現実的な制度だった。


 力を示し、功績を上げ、勇者と認められたものには、危険区域に入る許可や難易度の高い国からの依頼を優先的に受ける権利がもらえる。

 さらに、勇者を育てた村には報奨金が支払われた。


 これが問題だった。この報奨金を目当てに、ただの人間に勇者のフリをさせる者たちが現れたのである。

 もちろん、実際にはそんな力を持っていないのだから、すぐに嘘がばれてしまう。

 だから欲に目がくらんだ人々は「勇者」を作った。

 人ならざるもの、人が恐れる強大な力を持つもの。

 魔物の力を使って、勇者を作ろうとしたのだ。


第二部を作るにあたって、勇者の設定を少しいじっています。

第一部で「4人の勇者」とされていたエルプセですが、この設定でいくともっといっぱい勇者がいることになるので変えました。

エルプセ、選ばれし感がランクダウン。

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