23.
ベンネルとレグーミネロはソイビンの街の大通りを歩いていた。
2人は雑貨屋からの帰り道だ。自分たちが取り扱っている商品の視察に来ていたのである。
ベンネルは基本的に馬車での移動が多い。だが、今日は徒歩で散策するのが好きなレグーミネロに付き合ったのである。
ちなみにこれはベンネルなりの「お付き合い」なのだが、レグーミネロからは「おじさんだから、足腰が弱ってきたのを鍛えようとしているんですね」と思われていた。悲しいすれ違いである。
「ときにレグーミネロ」
「はい、旦那様」
「あのダンジョンに住む男のことだが」
言わずもがな、豆太郎のことだ。
ベンネルは自分の首元を指して尋ねた。
「あの男が首につけているオリハルコン、あれは一体どうしたんだ?」
「えっ、旦那様、マメのおじさまに会ったんですか?」
というか、酒まで酌み交わした。
「ちょっと色々あったんだ。それよりもあのオリハルコンだ。あれはあのダンジョンで採れたのか?」
レグーミネロは少し困ったように眉を寄せた。
「さあ……」
レグーミネロも、オリハルコンの価値には気づいていた。
というか、あれを売ればダンジョンの金貨問題は即解決するので、豆太郎を問い詰めたのだ。
だが豆太郎はへらりと笑って答えてくれなかったので、うやむやになっている。
「オリハルコンが、あんな小さなダンジョンで採れるとは思えないですが……。でもまあ、もしオリハルコンが取れるんだったら、金策は解決するんですけどねえ」
ベンネルが思いきりわざとらしくため息をついた。
「……なんですか、特大のため息をついて」
「逆だろう。オリハルコンなんかが取れたら、大問題になるぞ」
「?」
何が問題なのだろう。オリハルコンは誰もが認める最高品質の鉱石だ。
それが採取できるのなら、金貨500枚どころか、億万長者も夢ではない。
「もやしの騒動をもう忘れたのか」
そう言われて、レグーミネロもようやく気付く。
オリハルコンは最高の金脈だ。誰かを蹴落としてでも手に入れたいと思うほどに。
うわさだけが膨れ上がったもやしでさえ、ごろつき達に散々狙われていたのだ。
それがオリハルコンだったらどうなったか。調査権などお構いなしに、たくさんの人間があのダンジョンを荒らし尽くしたかもしれない。想像してレグーミネロは身震いした。
「次にあの男に会った時は、せめて服の中に隠しておくように言っておけ。それと、ダンジョンの素材を売買するなら『それなりに数が採れて、そこまで珍しくないがまあまあ需要がある』ものを探させろ。あのダンジョンに人を出入りさせたくないのならな」
「えええ、難しい」
何事もほどほどにするのが一番難しいのだ。
だがレグーミネロは、ベンネルが豆太郎のことを考えてくれたことが嬉しかった。
「次にそいつに会ったときには……、いや、やっぱり次に行くときは俺も一緒に行くから、声をかけろ」
あの男が育てている「もやし」には、女性を魅了する効果があるのではないかと、ベンネルはまだ疑っていた。得体の知れないおっさんを、レグーミネロ一人で近づかせるわけにはいかない。
(これは心配とかそういう問題ではなく、メメヤード家管轄のダンジョンで怪しいものを栽培させるわけにはいかないという理由からだ、うん)
誰も聞いていないのに、ベンネルは心の中で言い訳をした。
レグーミネロはベンネルの手を引いて、いたずらっぽく笑った。
「じゃあ、さっそく今日行きましょう。ほら、こっちの道ですよ」
「は? おい……っ」
多少強引に引っ張られながら、ベンネルはレグーミネロとともに豆太郎のもとへと歩き出した。
□■□■□■
本日のもやし料理。
シンプルな卵もやし炒め。時短で栄養バツグンなので、忙しい冒険者にもおすすめ。
もやしと薄切り肉の蒸し料理。酸味のある調味料をかけてさっぱりといただこう。
もやしと余り野菜のスープ。残り物を一掃できる必殺技だ。
今日は品数が多い代わりに、簡単にできる品ばかり並んでいる。
何故かというと。
「もぐもぐもぐもぐ」
「ゆっくり食べろよ。よく噛んでな」
「ぐむぐむぐむぐむ(頷きながら噛んでいる)」
豆太郎の元によく食べるお客さんが突然やってきたからだ。
肩口で切りそろえた水色の髪、澄んだ水のような瞳。
透明感を感じさせる少女は、水の勇者と呼ばれる女の子だった。
「リンゼ、いい食べっぷりだなあ」
「むぐむぐ」
なんでも、孤児院の炊き出しで食べたもやしの味が忘れられず、ここまで食べにきたらしい。
事情を聞いた豆太郎はにっこにこだ。腹ペコ少女のために、さっそくもやし料理を振舞ったというわけだ。
リンゼはよく食べた。その小さな体のどこに吸い込まれているのかと思うくらい、すごい勢いでもやし料理はなくなっていった。
「今度また時間のあるときに、手の込んだ料理も作ろうな」
「むぐむぐ……、ありがとう」
「いいって、いいって。その代わり、ぜひもやし料理は美味しいって広めてくれ、1人から2人、2人から4人、ククク……」
ネズミ講の要領でもやし好きが増えていく図式を思い描き、悪い顔をする豆太郎。
リンゼがすっかりもやしをたいらげたところで、豆太郎は2人分のヤギミルクを持ってきた。
1つはリンゼに、1つは自分が持ったまま腰掛けて飲もうとした。
すると、背後の水源でぱちゃんと何かが跳ねる音がした。
「ん?」
魚か? と思って振り返ってみるが、何もいない。
水はいまだに一定の速度で、ぱちゃん、ぱちゃんと跳ねている。
「なんだ?」
ミルクをいったん置き、様子を見に立ち上がった。
跳ねていた水は、豆太郎が近づくと消えてしまった。
あとにはただ、波紋の広がる水が残るのみ。
「……?」
豆太郎は首をかしげながら戻ってきて、ミルクを手に取った。
「マメタローさん、大丈夫?」
「ああ。なんだったんだろうな」
豆太郎はカップを傾けた。
気のせいか、ミルクの味がいつもより苦い。
まあそんなときもあるか、と気にせず飲み込んで世間話を始めた。
「リンゼは、いつもエルプセ達と戦ってるんだろ? 若いのに偉いよなあ」
「そうかな。でも、もう一緒に戦うことはないと思う。私、パーティー抜けたから」
「え?」
聞き間違えたかと思い、豆太郎がもう一度聞きなおそうとして。
ぐらりと、その視界が揺れた。
「え……?」
豆太郎が最後に見たのは、自分を見下ろすリンゼの顔だった。
無表情なその顔が、なんだか泣き出すのを我慢している子どもに見えた。




