22.もやしの9割は水分です その2
とある日、ソイビンの街の酒場で、勇者たちはそろってご飯を食べていた。
土の勇者、ザオボーネ。風の勇者、ファシェン。炎の勇者、エルプセ。水の勇者、リンゼ。
彼らはザオボーネのスカウトで集まった。そしてこれまで様々な困難に立ち向かってきたのである。
そんな彼らの冒険も最近はおおむね平和で、もっぱら「もやし」に振り回されていることが多い。
「そんなわけで、もやしは9割が水分なんだそうだ」
「ヘエーソウナンスカー」
ファシェンのもやし豆知識に、エルプセは感情の無い声で返した。
趣味嗜好は好きな人に影響されるとよく聞くが、こんなファシェンは見たくなかった。
エルプセは、心の涙をミントジュースと共に飲み干した。すかっとした清涼感が鼻を突き抜けていく。
リンゼももやしを気に入っていたようだし、このままではパーティーの半数がもやし派になってしまう。
エルプセが向かいに座ったリンゼに目をやると、何やら彼女はぼうっとしていた。
肩口で切りそろえられた青い髪。エルプセは自分が燃やしてしまった彼女の長い髪を思い出し、少し胸が痛んだ。
「リンゼ? どうした?」
ザオボーネに声をかけられ、彼女は静かに顔を上げた。
「みんなに、言わなければならないことがある」
透き通った水色の瞳で皆を見渡し、彼女は抑揚のない声で告げた。
「私は、パーティーを抜けさせてもらう」
昼下がりの酒場。
最近平和だった勇者一行に、予想もつかない大事件が起きた。
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ダンジョン内にて。
「おい、マメタロー」
「ん?」
「いつも思っていたが、なんでお前はもやしを人に食べさせるんだ?」
ソーハは落花生もやしの天ぷらをしゃくしゃくとかじりながら尋ねた。
その横には普通のもやしのフライドもある。
塩やトマトソース、マスタードなどで無限に味変が楽しめる一品である。
「ここに来たやつらにも食べさせて、外でも孤児に食わせて。別になんの見返りもない。そんなことを続けて、お前になんの得がある」
「得、って言われちゃうとなあ」
豆太郎は頬をかいた。
豆太郎がもやしを皆に振舞う理由はひとつだ。
「美味いものはさ、みんなに教えたくなるじゃん」
ずばり「そこにもやしがあるからだ」理論である。
「ああ、そうそう。お前に言おうと思ってたことがあるんだよ、ソーハ」
「あん?」
先日もやしの調理実習をしたときに、豆太郎はレンティルから色々と話を聞いた。
ソーハは、無理やり自分をここに連れてきたことを気にしている、と。
本当は、ダンジョンから出たいのではないかと。
なので豆太郎は、今度会ったときに伝えようと思っていたのだ。
「もやしを知らない人たちの世界に来てさ、もやしの美味しさを知ってもらえて、今、結構楽しいよ、俺」
豆太郎はへらりと笑う。
「俺を召喚してくれて、ありがとうな」
「…………!」
ソーハは大きく目を見開いた。
しばらくそのまま固まった後、もやしフライドをばくばくばくっ! と一気に食い尽くし席を立った。
「今日は帰る」
「お、そうか? まだもやしフライド残ってるぞ」
「それは持って帰る」
最近食い意地が張るようになってきた。
豆太郎がフライドもやしを少し包んで手渡すと、ソーハはあいさつも無しに「しゅっ」と姿を消した。
瞬間移動である。豆太郎は誰もいないところで思わず拍手をした。
「すげえな異世界、なんでもできるな~」
さて。自分は残りのフライドもやしを食べ尽くそう。
豆太郎が食事を再開しようとしたとき、今度は入口で足音がした。
エルプセか、ファシェンか、はたまた瞬間移動したはずのソーハか。
そんな予想を立てて入口を見る。だが、現れたのはいずれも違う人物だった。
そこにいたのは、杖を握った青い髪の少女。
「……リンゼさん?」
「はい、リンゼさんです」
水の勇者リンゼは真顔のまま片手を上げた。
「もやしを食べにきました、マメタローさん」




