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21.

 その日の夜。

 メメヤード家にて。


「旦那さま!?」


 レグーミネロは飛び上がった。

 使用人たちがへべれけ状態の夫を連れ帰ってきたのだ。

 商談の場で飲む姿はよく見ていたが、こんなに酔っ払っている姿は珍しい。


「よほどお酒好きの方との商談だったんですか?」

「いえ、これは男の戦いというやつです」

「?」


 なんのことだと首を傾げたとき、ベンネルがうめいた。


「う……、レグーミネロ……」

「ああ旦那さま、急に動かないでください。今寝所に」

「お前は……、俺の長所をいくつくらい言える?」


 唐突な質問に面食らった。

 レグーミネロは、お世辞を言うべきかどうか迷った。

 だけど「どうせ酔っ払いは何も覚えていないでしょう」と考えて、正直に言うことにした。


「2つくらい」


 少ないなあ、と使用人たちは思った。


「なら、短所は」


 レグーミネロは指を折って数え始めた。

 こっちはたくさんあるなあ、と使用人たちは焦った。


「……8つ、くらい?」


 長所の4倍だった。

 普通ならがっかりするところで、ベンネルは突然笑い出した。


「はは! 2割か! なら……じゅうぶん……だな……」


 むにゃむにゃとなにか言いながら、そのままかくりと眠ってしまった。

 

「……なんなんですか?」


 さっぱり事情が分からず、首を傾げ続けるレグーミネロ。その横で、使用人たちは満足げに頷いたのだった。



 □■□■□■



 翌日。


「すいませんでした……」


 豆太郎は二日酔いに痛む頭を押さえながら、ファシェンに深々と頭を下げていた。


 目が覚めてみるとすっかり夜は明けており、ベンネルもいなくなっていた。


 さらに客人であるファシェンに後片付けをさせ、自分はぐーすかと寝ていた始末。

 ファシェンは笑って手を振った。


「気にするな。私は冒険者だし、酔っぱらいの世話は慣れているよ」

「悪かったなあ。今度、礼をするよ、何がいい?」

「え! え、そう、だな……」


 予期せぬ言葉に、ファシェンは上目づかいで豆太郎の様子をうかがった。


「な、なら。また今度、もやし料理を教えてくれ」


 その言葉に、豆太郎は目を細めて笑う。


「ははは、好きなんだな」

「えっ!?」


 ファシェンは顔を赤くし、眉を下げてうろたえた。

 エルプセやザオボーネが見たら幻覚と思う光景だった。


「もやしが! いやー、そんなに気に入ってもらえると、もやしパイオニアとしては嬉しいぜ」

「あ……、うん、そう、そうだな」


 ほっとしたような、残念そうな顔でファシェンは頷く。

 もしエルプセやザオボーネがいたら、豆太郎はぼこぼこにされていた。

 


 □■□■□■


 ソーハの部屋。


「ソーハ様。本日のお昼ご飯は、川魚ともやしのつつみ焼きですよ」

「えっ、もやし?」


 レンティルがもやし料理を作ったことに、ソーハは驚きを隠せない。


「一体どうしたんだ、レンティル」

「実は先日、マメタロウ様に料理を習う機会がございまして。よかったら召し上がってくださいな」


 レンティルがつつみを解くと、ふわりと香りが広がった。

 ソーハはその匂いをたっぷりと吸い込み、高級魚の身をほぐして食べる。


「どうでしょう」


 レンティルはいつも通りの笑顔だが、実は内心ちょっぴりドキドキしていた。


「美味いぞ、さすがレンティルだな」


 レンティルは嬉しそうに笑った。

 それはきっと他の誰も見たことがない、レンティルの1番魅力的な笑顔だ。


「お褒めに預かり、光栄にございます」



 □■□■□■


 そして豆太郎が二日酔いに悩んでいたころ、同じく酒の飲み過ぎに後悔していた男がいた。


「……うっ、頭が……」


 ベンネル・メメヤードである。


 目が覚めると自室のベッドにいた。頭は殴られ続けているようにぐわんぐわんと音が響く。

 服はきちんと着替えているので、使用人たちが自分を連れ帰ったのだろう。


(……途中から記憶がない。くそ、飲み過ぎた)


 ベンネルは損をすることが大嫌いだ。なんとか昨日の記憶を引っ張り出し、収穫を得ようとする。

 だが、浮かんでくるのはどうでもいいもやしの豆知識ばかりだ。おのれ、豆太郎。

 結局もやしに惚れ薬の効能があるのかも分からなかった。レグーミネロとの関係だって、疑惑のままだ。


(落ち着け、俺。1回目の商談が失敗することなどざらにある)


 ベンネルは自分に言い聞かせた。


「次こそは、もやしのことを色々聞きだしてやる」

「もやし?」


 どきっとした。声は扉の向こうからだ。元気なノックとともに、レグーミネロが入ってくる。


「おはようございます、旦那様。今もやしって言ってませんでした?」

「気のせいだ」

「ふうん」


 レグーミネロは大きな車輪のついたワゴンを引いて中に入ってきた。

 その上には、ティーコジ―をかけたポットにカップ、花びらを詰めた小瓶が乗っている。


「シェフが二日酔いの旦那様のために用意してくださった特別レシピですよ。召し上がれ」

「持ってくるな。そんなことは使用人にやらせろ」

「はいはい、外では気を付けますよ」


 淡い色の液体がカップに注がれていく。そこに花びらをひとひら。


「どうぞ、旦那様」

「…………」


 ベンネルは取っ手を指でつまみ、こくりと一口飲んだ。少し苦いが、これが二日酔いによく効くことを知っているので大人しく飲み干す。

 レグーミネロはそんなベンネルの様子をじっと見つめていた。


「なんだ」

「いえ、所作がきれいだなと思って。これも旦那様の好きなところの1つですね」

「は?」


 ベンネルは眉をひそめた。彼女の言いたいことが分からない。


「覚えてないんですか?」

「なにを」

「覚えてないんですね~、ふっふっふ」


 レグーミネロが口元を押さえてにこおっ、と笑った。いたずらを企む子どものような笑顔だった。


「旦那様が、私に自分の好きなところを聞くほど、私に興味がおありだとは知りませんでした」

「…………は?」

「いえいえ、嬉しいですよ。ですのでこれからは、もっと旦那様のいいところを見つけますね!」


 レグーミネロはひょこっと立ち上がり、腕を後ろに組んだ。


「ですから、旦那様も私のいいところ、たくさん見つけてくださいね」


 言うが早いか、レグーミネロはスキップで部屋を出て行ってしまう。

 残された二日酔いの男はしばらく茫然としていたが、やがてそっとカップをワゴンの上に戻した。


 そして、思いきり頭を抱える。


「俺は昨日一体何を言った……!?」



 ──まとめると。

 今回は女性陣の大勝利、ということだ。


 

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