20.
「えーっ、ベンネルさんまだ26なの!? 俺より全然若いじゃん! 貫禄あるわあ~っ。あっはっはあ」
「……いや、はは。それほどでも」
何度繰り返したか分からないやり取りを、ベンネルは適当に受け流した。
酔っ払いの相手には慣れているが、豆太郎は結構めんどうくさかった。
酒に弱くて笑い上戸。さっきから何かにつけてけらけら笑っている。
やれ川魚が白いだの、きのこがうまいだの、ヤギが鳴いただの。
おかげで欲しい情報はちっとも得られない。
しかもレンティルと名乗った女性は、酔っぱらった豆太郎の相手がめんどうくさかったのか、いつの間にか姿を消していた。
ファシェンは2人の傍らで、高級酒をぐびぐびと飲んでいた。
冒険稼業をやっていると、酔っぱらいは至るところで見る。なんならザオボーネもしょっちゅう酔っぱらっている。
だけどその時とは違って「笑っているマメタローはかわいいなあ」という感情が湧きあがってくる。あばたもえくぼとはこのことだ。
「俺が25の頃は~ぁ、なにしてたっけなあ。……あ! もやし育ててたなあ! あーはっは!」
(もやし……)
ベンネルは部屋の中を見回した。
豆太郎の後ろに幾つもの四角い容器が並んでおり、そこから白い根が伸びている。
おそらくあれが「もやし」なんだろう。この前レグーミネロが売りさばこうとしていたものだ。
そして、今振る舞われた「川魚のつつみ焼き」の中でも、ばっちりその存在を主張している。
(こんなところで育てていたのか……)
光のほとんど差さない洞窟で、魔物のヤギと鶏に囲まれた生活。
普通の人間がここで暮らせば、最悪発狂するだろう。
へらへらとしているが、実際この男の胆力はあなどれない。
(だが、こいつに女性を惹きつける力があるとは、どうにも思えないんだがな。身なりもいい加減、会話ももやしのことばかり、肉体もろくに鍛えていないし、適当に生きているのがありありと分かる)
豆太郎は心の中でボロクソに言われた。
ベンネルは切り口を変えることにして、ファシェンに話を振った。
「ファシェンさん。もしかしてあなたはマメタローさんと一緒に住んでいるんですか」
ファシェンが頬を赤らめて手をばたばたと振った。
「え!? ち、違うっ! 私はもやしを食べに!」
「そうですか。さっきここにいた人は?」
「もやし料理を習いに来たらしい」
もやし、脅威の吸引力。
ベンネルは「はっ」とした。
もしかして、自分は勘違いをしているのではないだろうか。
女性たちを惹きつけているのはこの男ではなく、もやしの方ではないか!? と。
(もやしがただの野菜ではなく、魅力の効果を持つ薬草の類だとしたら? マンドラゴラの根から作る媚薬のように……、ありうるな!)
誤解である。
なんかもう、色々誤解である。
(だとすればこの男は、もやしの効能に気が付いているのか? その上で何も知らないフリをして、美女に次々と食べさせて……、お、恐ろしい!)
頭の回る人間ほど、こういう時はどツボにハマるものだ。
(というか、俺はこの料理を食べて大丈夫なのか……? 下手をしたら俺ももやし漬けになるのでは)
頬を汗がつたう。ごくり、と唾を飲み込んだ。手元の料理を真剣に見つめるベンネルを見て、豆太郎は「商人だからもやしが気になるのかな」と的外れなことを考えた。
「良かったら少し持っていきます? レグーミネロ……さんの分も」
旦那の前なので、一応「さん」付けする。
妻の名前が出たことに、ベンネルは少し反応した。
「もやし=魅力の効能がある怪しい薬草」疑惑は一旦横に置いておく。
まずは「豆太郎がレグーミネロといい仲である」という容疑の捜査だ。
「レグーミネロは、俺のことをなにか話していましたか」
「え? え、ええーと、気前の良い素敵な旦那さまって言ってましたよ」
その後に「銭ゲバ野郎」と言っていたのは伏せておく。
「仲良しなんですね~っ、俺独り身なんで、うらやましいよ」
「いえ。私など」
ベンネルは愛想笑いをして目を伏せた。
普段ならこのまま流すところだ。
なのについ口がすべったのは、酒のせいかもしれない。
「金のことしか頭にない商人ですから。人に慕ってもらえる美点などありません」
ベンネルは今でこそ大金持ちの商人だが、若い頃は貧しい暮らしを送っていた。
幼少期は1日に1度食事ができればいい方で、石を舐めて唾液を飲み、草を噛んで生きていた頃もある。
そんな幼少期の飢餓感が、どんな手を使ってものし上がる大商人を作り上げたのだ。
だけど、そんな自分が周囲にどう思われているかは分かっている。
言い寄る女性たちが見ているのは、地位と財産だと分かっていた。
……そんな自分を、妻が好きになることはないだろう、とも。
「ですから、妻の心はもう別の人に向かっているかもしれませんね」
ベンネルは身の上話の最後に思わせぶりにそう言い放ち、豆太郎を鋭く見つめた。
さあ、どう反応する。
(もしレグーミネロの恋人なら、言葉尻に乗って俺を挑発してくるだろう。あるいは罪悪感から目を逸らすか?)
豆太郎の一挙一足を逃さないよう、注意深く観察するベンネル。
豆太郎は──泣いていた。
大号泣だった。
「ううおおお〜!! がんっ、がんばって生きてきたんすねえ! ベンネルさん!!」
ベンネルの肩をゆすり、おんおんと泣き続ける。
しまった、とベンネルは後悔した。
今の豆太郎は駆け引きもクソもない、ただの酔っぱらいだ。
ちなみにファシェンは「感情表現が豊かでかわいいなあ」と思ってお酒を飲んでいた。もうなんでもありだ。
「若い身空で苦労して……、くぅっ! ほら、もっともやし食べて! もやし!」
「んぐっ!?」
完全に油断していたベンネルは、思い切りもやしを食べさせられてしまった。
口いっぱいに広がるのは、ふっくらとした川魚と、きのこの旨味成分、しゃっきりとしたもやしの織りなすハーモニー。
(美味い! いや違う、マズい!)
俺ももやし漬けにされる! とベンネルは口を押さえて豆太郎を睨む。
3口ほど飲み込んでしまったが、大丈夫。
まだ豆太郎のことは、妻をだます悪い男に見えている。
泣いていた豆太郎。今度は突然笑顔になり、ベンネルの背中をばしばし叩いた。
「な……! 今度はなんだ!」
「だーいじょうぶですって。レグーミネロはあなたのこと慕ってますよ」
豆太郎はつつみ焼きのもやしをスプーンに山盛り乗せた。
「このもやしだって、9割は水分なんすよ? 栄養分はたった1割。にもかかわらず、みんなに愛されて食卓に並んでる。人間、1割いいとこがあれば、うまくやってけるもんなんですってー」
「…………」
酔っ払いの言葉に深い意味はない。
そもそも、人をもやしに例えるな。
ベンネルの中に、たくさんの文句が湧き上がった。
だが、少しだけ、ほんの小さじ一杯分。
「そうだといい」と思う気持ちもあった。
「…………はあ」
情報を聞き出すために酒を飲みすぎて、ベンネルにも酔いが回ってきた。そろそろ考えるのもめんどうだ。
川魚のつつみ焼きを、もやしごとばくりと食べる。3口で平気だったのだ。どうせあと何口食べても一緒だ、多分。
幸いここには、貴族の太客も、警戒しなければならない商人仲間もいない。
ならばあとはせいぜいこの男のように酔っ払って、我を忘れて楽しく飲むのが正解かもしれない。
「今度レグーミネロと一緒にもやし食べにきてくださいね」
「……考えておく」
そう言って、ベンネルはお酒をあおる。
今度、レグーミネロを誘ってどこかに出かけてみるか。そんならしくないことを考えながら。
□■□■□■
そして、小1時間後。
「……みんな、酒に弱いな」
酒豪ファシェンをのぞく2名が地面に伏して屍となったのだった。




