19.
さて、同時刻。
険しい顔をしたベンネルは、ダンジョンの前に立っていた。
その後ろには使用人が2人控えている。
彼女らは先ほどの3人組のうちの2人だ。使用人でありながら戦闘の心得もあるため、用心棒としても使われている。
「ほらほら、ベンネル様早く中に入りましょう」
急かしてくる使用人の言葉に、ベンネルは仕方なく一歩踏み出した。
「いいな、俺は別に、あいつがどこで誰に熱を上げていようが関係はない」
「はいはい」
「一応、相手を確認するだけだ。メメヤード家の風評に傷がつくようなことは避けたいからな」
「はいはいはい」
ベンネルが何かごにょごにょ言ってくるのを、使用人たちは適当に聞き流す。
ベンネルは冒険者ではない。
だが仕事の関係で、2.3度他のダンジョンに入ったことはある。
這い出る魔物、人を引き寄せる宝箱、油断したところで襲う罠。
だが、このダンジョンにはそういったものが一切見受けられない。
ダンジョンではなくただの洞窟なのではないかと思ってしまうほどだ。
「ベンネル様、人の気配がします」
先導していた使用人が指差した先から、明かりと人の声が聞こえてくる。
もしかしたら、レグーミネロが来ているのかもしれない。
そう思うと少し胸の奥が痛んだような気がした。
だが、歩き過ぎたせいで呼吸が苦しくなっているだけだと言い聞かせる。
(別にいい。あいつが誰を好きになっても関係ない。よほどの悪い奴でなければ、それで)
別にいい、心中で何度も繰り返し、そっと洞窟の先を覗き込んだ。
そこで彼が見た光景は。
「マメタロウさん、はい、あーん。熱いので気を付けてくださいね」
「なっ、お、おまっ。……ええい、マメタロー! 口を開けろ! 食らえ!」
「食らうの!?」
美女に囲まれた1人のおっさんの姿だった。
あとおまけでヤギと鶏もいた。
ベンネルは口を半開きにしたまま固まった。
よくよく見れば、美女のうち1人は風の勇者ファシェンである。
(男になびかない絶世の美女と噂のファシェンが、あんな冴えないどこにでもいそうなおっさんに料理を振舞っている……だと!?)
絶句したベンネルは、豆太郎の首元にきらりと光るものを見て、さらに目を剥いた。
(あっ、あれは、オリハルコンっ!?)
ベンネルは、即座にオリハルコンの価値を見積もる。銭ゲバと称される彼は、お金が絡むと視力が3倍くらい良くなる(と使用人たちは思っている)のだ。
金貨300、いや、500枚はくだらない値打ちものだ。ああ、今すぐルーペで検分したい。
いったいどこであんなものを手に入れたのか。100階建てのダンジョンでも中々お目にかかれないようなレアアイテムだ。
ここで手に入れたとは考えにくいだろう。
とすると、答えは1つ。
(貢がせているのか……、あの美女たちに……!)
誤解である。
ベンネルの頭の中で、豪華な宝石にうずもれて、美女をはべらせ凶悪に笑う豆太郎の絵が出来上がった。
悪いやつだ、こいつは絶対に悪いやつだ、とベンネルは確信する。
(こんな男に、レグーミネロは騙されているのか!)
我知らず、底知れぬ怒りに強く拳を握ったときだった。
「あら、お客さまですか?」
ファシェンと共にいた茶髪の女性が、ベンネルの存在に気がついたらしい。
慌てて身を引こうとしたベンネルだが、なぜか後ろから使用人にがっしりと肩を掴まれた。
「っおい!?」
「旦那さま、ここはひとつ、腹を割って話してみるのがよろしいかと」
「は!?」
「逃げてはいけません。こちらが正式の夫ですよ」
「いや、ちょ、待っ」
どかっと使用人たちに突き飛ばされ、ベンネルは豆太郎達の前に転がった。
その姿に、ファシェンが少し目を見開く。
「ベンネル・メメヤード様ではないですか」
「え、メメヤードって、確かレグーミネロの……」
豆太郎も「メメヤード」という言葉に反応し、ひっくり返っている男を見つめた。
「…………」
ベンネルはむくりと起き上がり、なに食わぬ顔で土ぼこりを払った。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
交渉の場において、自分が主導権を握るのがもっとも大切なのだ。
心の声は内に秘め、まずは冷静かつ確実に、この場の主導権を握らなければ。
(はじめまして。いつもレグーミネロが世話になっています)
「あの使用人共、後で覚えていろ」
全然冷静じゃなかったベンネルは、心の声と建前の声が思い切り逆になってしまった。
□■□■□■
「えっ?」
「間違えました。ベンネル・メメヤードです。どうぞよろしく」
つい5秒ほど前の自分の発言をあっさり無かったことにして、ベンネルは再度あいさつをする。
「あ、どうも。俺、豆太郎って言います」
「……どうも」
手を差し出してきた豆太郎に握手を返しながら、ベンネルは豆太郎を足元から値踏みしていく。
安物の冒険者用の簡易靴。
動きやすそうな服の右裾に、青い葉のマークがある。あれはうちで雇っている仕立て屋がつけるマークだ。つまりおそらく、レグーミネロからもらった服。
さらにとどめは金貨500枚のオリハルコンネックレス。
(女に貢がせて、悠々自適に暮らしているんだな)
ベンネルの怒りのボルテージが上がっていく。
彼の怒りが解き放たれるその前に、入り口の方でかたんと音がした。
皆の視線が音のした場所に集まる。いつのまにか入り口に、並々と蜜色の液体が入ったガラスの瓶が置かれていた。使用人が気づかれないようにセットしたのだ。
それを指さしながらファシェンは首を傾げた。
「もしかしてベンネルさんが持ってきたんですか?」
「……あ、ああ」
ベンネルが近寄ってそれを手に取る。
それは家の蔵にしまっておいた高級酒だった。主人の秘蔵の酒を勝手に持ってくるな。
「わ、かなりいいお酒ですね」
「太っ腹な方ですねえ」
女性陣がお酒のラベルを見て口々に褒める。
ベンネルは使用人がこれを置いた意図を考えていた。
(……そうか。酔わせて相手の本音を聞き出せと、そう言うことだな)
人間酔っぱらうと、心のガードが緩くなる。商談の場でもしばしば用いられる手だった。
ベンネルは商売用の笑顔に切り替えて、お酒を傾けた。
「良かったら皆さんでどうですか、お近づきのしるしに」
「えっ、いいんですか。いやー、悪いなあ」
お酒なんて久しぶりだと、ちょっと浮かれる豆太郎。
まんまと自分の策にかかった豆太郎を、ベンネルは笑顔の下で睨みつける。
(お前がレグーミネロをどう思っているのか、聞かせてもらおうじゃないか)
罠にかかった獲物を料理する気持ちで、ベンネルは酒瓶のコルクを抜いた。




