18.
一方その頃。
ベンネル・メメヤードのお屋敷にて。
「却下だ」
「ええっ」
レグーミネロは思わず声を上げた。
その目の下には、かわいそうになるほどくっきりとしたクマがある。
徹夜で考えた新しい商品の売り方が、夫であるベンネル・メメヤードに一刀両断されてしまったのだ。
「そんなやり方は金がかかりすぎる」
「で、でも、冒険中の身だしなみに悩む女性はたくさんいます」
「うちは慈善事業者か? 商人だろう。そもそも、金にならないのではどうしようもない」
レグーミネロの夫、ベンネル・メメヤードは、これ以上話すことはないとでもいうように、別の資料に目を通し始める。
「客のことを考えろ、とは言ったがな。極端すぎるんだよ。次はもう少しまともな具体案を持ってくるんだな」
レグーミネロはうつむき、とぼとぼと部屋を出て行った。
反論するかと思ったので、ちょっと拍子抜けだ。
だが、彼女と入れ替わりに3人の使用人が部屋に入ってきた。
「旦那さま、あの言い方はひどすぎます」
「そうですよ。奥さまは寝る間も惜しんで考えていたのに」
「知るか。いくら努力しようと、金にならんものに意味はない」
「守銭奴」「悪魔」と雇い主に対するブーイングが起こる。
ベンネルは舌打ちしたくなった。
家の使用人たちは、最近すっかりレグーミネロの味方だ。
以前は淡々と仕事をこなしていたのに、最近余計な口ばかり挟むようになった。
「相手が商人仲間ならそれでもいいですが、レグーミネロ様は奥方なんですよ」
「そんな態度ばかりとっていると『マメのおじさま』にとられてしまいますよ」
ぴくり、とベンネルの片眉が跳ね上がる。
「マメのおじさま、ねえ」
「ご存じないのですか?」
「知っているさ。例のダンジョン絡みの男だろう」
ベンネルは、この前初めて妻に「お願い」をされ、ダンジョンを買った。
どうやら妻がそんなことをした原因が「マメのおじさま」のせいらしい。
けれど、別にそれをとやかく言うつもりはなかった。
ベンネルとレグーミネロは政略結婚。年だって10も離れている。
今更情熱的な恋愛をするつもりはないし、若い娘なのだから適当に火遊びをしてもかまわないと思っていた。
……思っていた、のだが。最近レグーミネロがダンジョンに出かけていくと、妙に落ち着かないときがある。
そんな自分の気持ちを無視して、ベンネルは高級な椅子に深く腰掛けた。
「おおかた、ダンジョンの研究をする植物学者かなんかだろう」
「いえ、ダンジョンに住み着いた住所不定無職のおっさんだそうです」
ベンネルは高級椅子からひっくり返った。
「住所不定無職のおっさん……だと!?」
「そこで名前もない植物を育て、魔物を育てているとか」
「そのうえこれ以上怪しくなるのか!?」
レグーミネロの動向は把握していたとはいえ、相手の男をそこまで調べてはいなかった。よりにもよって何故そんなヤバめの男と。
妻をちょっと甘く見ていた。火遊びは構わないと言ったら、全身油まみれで燃え盛る炎に突撃していくとは。
ベンネルは腕を組んで思いっきり眉をひそめた。
何故か脳裏に、この間ヨランド子爵の邸で見た彼女の花のような笑顔がちらつき、ますます眉間のしわが深くなる。
商人の妻が、そんなどこの馬の骨とも分からないやつに散財するのはよくない。
恋とか愛とかはどうでもいいけど。お金的に。
ベンネルが無意識のうちに貧乏ゆすりを始めたのを見て、使用人たちは内心「にやり」と笑った。
「気になるなら、一度見に行かれてはいかがでしょう」
「そうですそうです、ダンジョンまでお供いたしますよ」
「……バカバカしい。そんな暇があるなら商売をする」
再び資料に目を落としたベンネル。
そんな彼に聞こえるように、使用人たちは大きな声で「ひそひそ話」をした。
「マメのおじさまは、見識も懐も深い男だそうですよ」
「食べ物を大切にする人だとも言っていましたね」
「やっぱり年上の男は、余裕が大事ですよね」
「ねー」と3人合わせて動きをそろえる。
ベンネルの眉間の皺がどんどん増えていく。
掴んでいた資料の端に、ぐしゃりとシワが寄ったのだった。
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なんだかすごい状況だな、と豆太郎は人ごとのように思った。
右手には美女、左手にも美女。
生まれて初めて「両手に花」を経験している。
美女たちはばちばちと火花を散らし合いながら、もやし料理を作っていた。
塩を振っておいた川魚に混ぜ合わせた調味料を塗って、きのこ・もやしと一緒に葉っぱにくるむ。その葉っぱを耐熱容器に入れ、蒸し焼きにする。
今は火の周りに座って、料理が出来上がるのを待っている状態だ。
ちなみに豆太郎のすぐ右隣にレンティルがいて、左にファシェンがいる。
「……あの。2人とも離れて座ったらどう? ここ広いんで」
「お気になさらず」
「気にするな」
さっきからこの調子である。
豆太郎は困った。ちびちび飲んでいたヤギミルクも底を尽いた。
ファシェンは注意深くレンティルを見て、その視線を豆太郎に移した。
美人の迫力ある流し目に、豆太郎はどきりと肩を跳ねさせる。
「マメタロー。彼女とはどういった関係なんだ?」
「あーっと……」
豆太郎が少し困ってレンティルの方を見る。
レンティルは目を三日月型に細め「しぃー」と唇に指を当てた。
もちろん、その様子はファシェンにもばっちり見えている。
ファシェンは上唇を噛みしめて、ものすごい形相でレンティルにガンを飛ばした。
「どうした? 言えないのか? そういえば、お前のことを街で見たことがないな。お前ほどの美人ならうわさになると思うんだがな、あははは」
「まあ、あなたのような美しい人にそう言ってもらえると嬉しいですわ、おほほほほ」
「わ、わあ~! すごくいい匂いがしてきたなあ! 料理が出来上がったぞ~! やったー!」
豆太郎はむちゃくちゃ棒読みで声を上げて2人の小競り合いを止めた。
(こ、怖え~。やっぱり歴戦の勇者には、魔人の気配とか分かるもんなのかな。ファシェン、レンティルのこと魔人だと疑ってるんだろうなあ)
なんとか平和にもやし料理を食べさせることはできないか。
豆太郎は葉っぱのつつみ焼きをお皿に移しながら、心の中でため息をついた。
もっとも女同士の戦いは、そんな彼の心配とは別のところで起こっているのだが。
葉っぱのつつみを開けると、ふわりと凝縮された香りが広がる。
魚・きのこ・もやしはふっくらと焼き上がり、茶色の調味料がじゅわじゅわと美味しそうな気泡を立てた。
川魚のつつみ焼き、完成である。




