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17.

 水源から採れる川魚を三枚におろす。ちなみにこの手際は、長年ソーハの食事係をしていたレンティルのほうが上手だった。

 さばいた白身魚に塩をふり少し待機。

 同時進行でもやしを水につけ少し待機。

 待っている間に適当な調味料を混ぜ合わせてたれをつくる。


「ひとつ、聞いてもいいっすか」

「はい。私に答えられることなら」

「俺をこの世界に召喚したのは、ソーハですか?」


 レンティルは調味料を混ぜる手を一瞬止めた。


「ええ、そうです。いつお気づきに?」

「気づくっつーか……。まあ、召喚したのはこのダンジョンに住んでる人って考えるのが妥当かな、と。レンティルさんはそんなことしなさそうだし」


 確かに、推理と呼ぶほどでもない事実だ。

 豆太郎をこんな魔物の住むダンジョンに連れてきたのがソーハだとバレてしまった。

「よくもこんなところに連れてきたな」と(ののし)られるのか「元の世界に帰せ」と問い詰められるのか。

 いずれにしても、それらはソーハを止めなかった自分が受け止めるべき言葉だ。

 だからレンティルは黙って豆太郎の言葉を待った。

 豆太郎はきのこの汚れを取りながら喋る。


「俺を召喚した理由って、もしかして世界を救って欲しいとかだったりします?」

「え? い、いいえ?」

「じゃあ逆に、魔人と世界を滅ぼしてほしいとか?」

「いいえ」


 レンティルは少し迷って、だがはっきりと告げた。


「あなたを召喚したことに、大した理由はありません」


 ただ人を困らせたい、驚かせたいという、子どもの悪い遊び心が呼び寄せた結果だ。

 日々を必死に生きている大人からすれば、なんともふざけた理由だろう。

 怒鳴られても仕方がないのに、豆太郎は相好を崩して笑った。


「なんだ。それなら良かった」


 レンティルは驚いて、調味料を混ぜる手を止めた。


「いやね、こんなおっさんに世界の運命とか託されたらどうしようかって、ちょっと焦りましたよ。はは」


 レンティルは安心したように笑う豆太郎を見つめ、それから手元に視線を戻した。手にしていたスプーンを置いて、豆太郎に向き直る。


「マメタロウ様。あなたは、ずっとここにいてくれますか?」

「へ?」


 顔を上げると、思ったより近くにレンティルがいた。

 至近距離で自分を見つめる、眼鏡の奥の切れ長の瞳。少し前にも似たようなことがあった。

 思わずきのこを取り落としてしまう。この人パーソナルスペース近いなあと、頭のどこかで考えた。


「元の世界に帰りたいとは思いませんか。そうでなくとも、このダンジョンから出たいと思いませんか。先日、ダンジョンの外に行ったでしょう。街が、人が営む場所が、どんなところか知ったはずです」

 

 魔物だらけの薄暗いダンジョンとは違う、人間たちの光差す世界を豆太郎は知ってしまった。

 

「あなたはそれでも、ソーハ様のそばにいてくれますか?」


 これが、レンティルが今日ここに来た理由だった。

 豆太郎が孤児院に炊き出しに行ってから、ソーハは時々考え事をするようになった。

 本人は口に出さないが、レンティルには分かっていた。ソーハは、豆太郎がここを出ていくのではないかと思っているのだ。

 右も左も分からぬまま異世界転移した1月前と違い、今の彼には人間の知り合いがいる。居場所もある。もやしもある。

 魔人のダンジョンにとどまる理由などないのだと、ソーハは子どもながらに理解しているのだ。

 そんな風に思い悩むソーハを見るのが忍びなくて、彼女はこの場に足を運んだ。


 ずずい、とさらに顔を近づけてくるレンティル。

 思わずのけぞる豆太郎。


「マメタロウさま。あなたは、これからどうしたいですか?」

「どうって……」


 豆太郎の返事を待っていたレンティルが、はっと顔を上げた。

 細い指で自身の髪をかき上げると、長い髪が高貴な紫から茶色へと色を変えていく。

 それと共に瞳の色も茶色に変わっていた。

 この間ソーハが行ったとの同じ、魔人の証を隠す魔法だ。

 と、いうことは。


「こ、こほん! 久しぶりだな、マメタロー。たまたまほんとに偶然近くに寄ったのでもやし料理を……、料理を……」


 早口でまくしたてながら、ちょっぴりおしゃれしたファシェンが現れた。

 だがレンティルを見つけたところで言葉が止まり、わなわなと震え出した。


「な、な、な。お前は!」


 実はファシェンは一度レンティルと戦ったことがある。

 それも「ダンジョンに住む魔人 VS 街の平和を守る人間」という構図で。

 結局その時は色々あって、戦いをやめて帰ったのだが、そのときの記憶はばっちり残っている。


(なんで魔人がマメタローと一緒にいるんだ。しかも、髪と目の偽装までして、しかもしかも、あんなに仲睦まじい様子で……)


 そこでファシェンは「はっ!」と気づいた。


(そういえば、このダンジョンの主はもやしが好きだと聞いた。まさかマメタローをたぶらかして、もやしを作らせているのか!? なんて悪い女魔人なんだ!)


 実際、作ったもやしはソーハがもりもりと食べているのであながち間違いでもなかった。


 心の中で大嵐が吹き荒れるファシェン。

 一方、レンティルも困っていた。

 人が来たと思ってせっかく髪と瞳の色を変えたのに、やってきた相手は自分を魔人と知っていたのだから。変身して損をした。


(困りましたねえ。突然襲い掛かられたら、どうしましょ)


 先に行動したのはファシェンだった。


「き、貴様、ここで何をしている」


 歴戦の勇者の眼力を受け、レンティルはもやしの入ったボウルをかかげた。


「もやしを水につけています」


 ファシェンの目がぎらりと光った。


「ごまかす気か。何が目的だ」

「何が目的なんでしょう、豆太郎さん」

「えっ、あっ、もやしを水につけることでよりしゃきっとした食感が生まれ」

「違う! もやしじゃない!」


 豆太郎のもやし講座は思い切り(さえぎ)られた。


「お前だ、女。何が目的でマメタローに近づいた。答えろ」


 返答次第では容赦はしないと、ファシェンは殺気をふくらませた。


「……今日はもやし料理を教わりにきただけです。本当ですよ」


 疑念の表情でレンティルを睨み続けるファシェン。

 その間に豆太郎が割って入る。


「ファシェンさん。本当にもやし料理を教えてただけだよ」

「…………」


 ファシェンは今度は困り顔になった。


(どうしよう。この女の言葉は信用できない。だけど、マメタローはこのダンジョンの魔人と不可侵の関係を築いているようだし、私がその関係にひびを入れて、マメタローに危険がおよぶのはまずい。でもマメタローをこいつと2人きりにするのは心配だし、ああ、もう!)


 ファシェンは百面相で悩む。何事にも動じない彼女が、こんなにも表情豊かになるのは珍しい。エルプセやザオボーネがこの顔を見たら、幻影かと思うかもしれない。

 悩んだ末、ファシェンは決めた。


「分かった」

「分かってくれたか」

「私ももやし料理を作ろう」

「え、なんで?」


 かくて、豆太郎の料理教室の受講者が増えた。


今日は夕方にもう1本投稿予定です。

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