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7.

 さくさくの衣と、食べごたえのある太いもやしの相性はばつぐんだ。

 揚げたてに塩を振って食べるのがシンプルで最高においしい。

 落花生もやしの天ぷらを2人が食べ尽くした頃、空はうっすらと明るくなっていた。

 そろそろ変身も解けるだろうと、ファシェンは立ち上がった。


「行くのか?」

『ああ。ごちそうさま』

「また来いよ。いつでも歓迎するぜ」


 ファシェンはその言葉を聞き、立ち止まって振り返った。


『歓迎するって……、お前、ここに住んでるのか? ここはおそらく、かなり強い魔人が住んでる。危険だぞ』


 ファシェンはそこで言葉を区切り、翼をちょっとはためかせて、視線をそわそわとさまよわせた。


『ま、まあ。私がここの魔人を退治するから、別に住んでいてもいいけどな。そのうちまた遊びに来る。いや、その、もやしをまた食べたいし』

「えっ」


 豆太郎は焦った。もやしに興味を持ってもらえたのは喜ばしいことだが、ソーハを危険にさらすつもりはない。


「あ、あの、えーと。魔人は退治しなくても大丈夫だと思うぜ。魔物だってほとんど出ないし」

『ここはダンジョンだ。そうやって油断していると、突然現れるんだぞ』

「でも、ここの魔人は人を殺したりしないと思うし」

『? お前、ここの魔人についてなにか知ってるのか?』

「えーと、あのな」


 豆太郎は焦りに焦る。

 彼女を納得させるなにかいい案はないかと、頭の中で色々な単語が飛び出してくる。

 子ども、安全、勇者、観察日記、もやし。

 ついには脳がショートして、豆太郎は親指をぐっ! と突き立てながら言い放った。


「ここの魔人はもやしが好きなんだゼ!」


 他に言い訳はなかったのか、豆太郎。


 ファシェンがきゅいっ、と鳥の頭を傾げた。


『……もやしが、好き?』

「そそそう! だから俺のもやし栽培に興味を持ってるし、人間を殺したりもしてない! な、安全!」


 ファシェンは指の代わりに羽を顔に当てて考える。


『確かに最近、もやしを持ってダンジョン周辺を練り歩く魔人が目撃されていた。あれがダンジョンの主というなら、納得がいくな』


 豆太郎の迷惑行為が初めて功を奏した。


(そういえば先ほど戦った魔人も、最初は私を殺すのではなく追い返そうとしていた。今思えば、ダンジョンの主の指示だったのかもしれない)


 彼女はもう一度豆太郎を見て、そして豆太郎の住処を眺めた。


 ヤギに鶏、そしてすくすくと育つ何種類ものもやし。

 それを見て彼女は思った。「確かに普通の魔人なら、ここまで好き勝手にされて黙っているはずがないな」と。


『分かった。ならしばらく様子は見よう。だが、危ないと思ったらすぐに避難するんだぞ』

「ああ、ありがとうな!」


 豆太郎の満面の笑顔に、ファシェンはさっと顔をそらした。

 そして翡翠の翼をはためかせ、ダンジョンの中を一陣の風になって去っていった。

 次に会いに行くときはちゃんと名乗ろうと決めて。



 □■□■□■



「ふわあ」

 

 ソーハは大きなあくびと共に目を覚ました。

 体を起こして大きく伸びをする。いい朝だ。

 天幕を開くと、水晶玉を見つめているレンティルがいた。

 その表情はなんと言えばいいのか。食べたものが予期せぬ変な味だったときのような、微妙な表情だった。


「レンティル。どうかしたのか?」

「ソーハさま、申し訳ありません。私の想定が甘かったばかりに」


 レンティルはちょっと視線を逸らしてこう言った。


「ソーハさまがもやし大好きな魔人になりました」

「俺の寝ている間に一体なにが!?」


 かくて豆太郎は知らないうちに、勇者による魔人討伐を再び食い止めた。

 1人の魔人への大きな誤解と共に。



 □■□■□■□■



 酒場にて。


「ファシェン、その髪型、よく似合ってる」

「そうか、ありがとう。ちょっと練習した」


 仲間の1人、水の勇者リンゼに褒められて、ファシェンは微笑んだ。

 いつも長い髪を後ろで1つに結ぶかそのままにしているファシェンだが、今日は手の込んだ編み込みにしている。

 雰囲気の違う美女の姿に、エルプセもちょっとドギマギしていた。周囲の冒険者たちも言わずもがなだ。


 そんなとき、ふと隣の冒険者たちの話し声がエルプセの耳に入ってきた。

 聞き慣れた「もやし」という単語が耳に入ってきたからだ。


「もやしって知ってるか」

「ああ、捕まったら死ぬっていう魔人のことだろ?」


 もやしのうわさはとどまるところを知らなかった。

 エルプセとザオボーネはこっそり顔を見合わせ苦笑する。

 だがそんなうわさ話に、まさかの人物が割り込んだ。


「違うぞ」


 そう、風の勇者ファシェンである。

 (ちまた)でうわさの美女に話しかけられ、冒険者たちは驚きを隠せない。


「ファ、ファシェンさん!?」

「突然すまない。もやしは栄養抜群、さまざまな料理に使えるすばらしい野菜なんだ」


 エルプセは顎が外れそうになった。

 絶世の美女が、知り合いのおっさんみたいなもやしトリビアを披露(ひろう)し始めた。


「そ、そうなんですか?」

「ああ、色々誤解があるみたいだ。早く誤解が解けるといいんだが」


 少し困ったようにはにかんだ美女。

 いつも表情を変えないクールな彼女とのギャップに、周辺の男はみんな撃ち抜かれた。


「わ、分かりましたよファシェンさん!」

「俺も仲間に教えておきます!」

「もやしは健康増進、延命息災、百薬の長だって!」

(逆方向に盛られ始めたっすね)


 も・や・し! も・や・し! と酒場の中でコールが始まる。

 あっけにとられるエルプセ達。ザオボーネが我に返ってファシェンに尋ねた。


「ファシェンお前、一体どこでもやしのことを知ったんだ?」

「実はこの前、例のダンジョンを見に行ったんだ。そこで……ちょっと変わった男に出会ってな」


「変わった男」のあたりで、ファシェンは少し頬を染めてうつむいた。

 ザオボーネとエルプセはあまりの衝撃に固まった。

 共に旅をして早1年ちょっと。

 あらゆるイケメンの甘いささやきも、チベットスナギツネみたいな顔で受け流していたファシェンが。

 あの、ファシェンが。

 エルプセは内心でだらだらと汗を流す。


(まさかマメタローさん、じゃないよな。いや、しかし、まさか)


「あ、姐さん。ちなみにそれはどんな男でした……?」

「ええと……、世俗を捨ててダンジョンで自然と共に暮らす、壮年の男性だったな」

(すげえや姐さん、住所不定無職のおっさんをこんなきれいな言葉に言い換えられるなんて)


 エルプセは感心しすると同時に確信した。豆太郎だ、絶対豆太郎だ。

 危険なダンジョンにのほほんと住むおっさんが何人もいてたまるか。

 リンゼが首を傾げて尋ねる。


「かっこいい人、だったの?」

「かっ……、そ、そうだな」


 ファシェンが目をさまよわせた後、少しだけ微笑んだ。


「その、すごく大人な人だったよ」


 エルプセの脳裏に、普段の豆太郎が次々とよみがえる。


 ──エルプセ、もやし食おうぜ。

 ──ひゃっほー! 落花生だ。もやしの種類が増えるぜ!

 ──いつもお世話になってる緑豆もやし~、シャキシャキ歯応え黒豆もやし~ヘイッ!(自作のもやしの歌を適当な鼻歌で歌っている)


エルプセは心の中で絶叫した。


(あれが……、あれが、大人あぁぁあ?)


 ものすっごい釈然としなかった。


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― 新着の感想 ―
チベットスナギツネ(笑) 豆太郎さんはクアッカワラビーみたいな表情でもやしを語っていそう
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