18.もやしはみんなの架け橋になります
あっという間に夜は更けて、また日が登る。
エルプセとレグーミネロを見送って、なかなか波瀾万丈な1日だったと、豆太郎は大きく伸びをした。
「さあて、もやしの水替えを……」
そこで豆太郎の動きが止まる。新たな来客に気づいて、ふっと口角を上げた。
「よう、坊主。3日、いや4日ぶりか?」
通路の影に隠れるように立っている、紫の髪と目の少年。
呼ばれた彼は、慎重に1歩ずつ近寄ってきた。
「いいところに来たな。もやしのチーズ焼きができてるぜ。温め直してやるから、ちょっと待ってな」
いそいそと手料理を温め直す豆太郎。
そんな彼の背中を見つめ、ソーハはぽつりと呟いた。
「お前、もう分かってるんだろ」
「ん?」
「俺が、……俺が」
「あー、分かってる、分かってる」
豆太郎は観察日記を取って、ソーハのところへ持っていく。
「忘れ物、取りに来たんだろ。あとお前に渡したもやし、そろそろ収穫しようぜ。明日持ってこいよ」
豆太郎はソーハの頭をかき回した。
ソーハは豆太郎を見上げる。
なんの力もなく異世界に放り出された人間は。
自分が魔人だと知っているはずの人間は。
今も変わらず笑っていた。
「ソーハ」
「ん?」
「ソーハだ。俺の名前」
「おお、ソーハな、ソーハ。俺は豆太郎だぜ」
「知ってる」
ソーハは観察日記を引ったくって、腰掛けに座った。
豆太郎は温め直したカリカリもやしのチーズ焼きを取り分けてやる。
「ほい、お待ちどうさん。これ、この前教えた緑豆と黒豆をそれぞれ使ってんだ」
種類の異なる2つの豆から育ったもやし。
その2つが混ぜ合わさったチーズ焼きを、ソーハは先割れスプーンですくって頬張った。
豆太郎は頬杖をついて、もくもくともやしをかじるソーハを見つめる。
「どうだ?」
ソーハは豆太郎の方を見て、目を逸らして、もやしに視線を落とした。
「…………ふん、まあまあだな」
──そんな魔人の子と人の様子を。
水晶玉の向こうから、レンティルは嬉しそうに眺めていたのだった。
□■□■□■
レンティルには夢がある。
それは、魔人として願ってはいけない夢だった。
豆太郎が召喚されてから数ヶ月後。
髪と目の色を茶色に変えて、レンティルは街の道具屋へ繰り出していた。
色鉛筆の肌色と紫の単色を買い物カゴに入れる。
すぐ横にはメメヤード家の商品が平棚に並べられていた。
「メメヤード、最近女性向けのアイテムが増えたわよね。助かるわ〜」
「ほんと。ベンネルさんが結婚してからじゃない?」
「あはは、良妻のおかげってやつ?」
そんな冒険者の女性たちの会話が聞こえてくる。
レンティルもそのコーナーに行ってみた。香水より香りが穏やかなボディミストや、女性が好みそうなアクセサリーをモチーフにした魔除けが置いてある。
「冒険者でも使いやすい」をコンセプトにした商品のようだ。
それを横目に会計をして、レンティルは道具屋を出た。
そのまま賑わう路地を歩く。
冒険者達が集まる酒場の裏で、何やらわっと盛り上がっていた。
レンティルは少しだけ騒ぎの元に近寄ってみる。酒場の裏に設けられた冒険者達の稽古場。
どうやらそこで冒険者達が戦っているらしい。
「またエルプセが勝ったぞ!」
「あいつもちょっと見ないうちに成長したな。前はザオボーネさんの影に隠れていたのに」
戦っているうちの1人は、ダンジョンで見たことのある男だった。
その青年は汗を拭うと、自信に満ちた目で剣を構えた。そんな彼に、新たな挑戦者が名乗りを上げる。
試合を見ることはなく、酒場の横をさらに通り過ぎて、街外れへ。
「魔物注意」の看板も無視して、森の奥深くに進んでいく。
そこには小さなダンジョンがあった。魔物もほとんどいないその場所は、この前メメヤード家が買い取ったものだ。
レンティルは暗く複雑に道の分かれたダンジョンの中を、迷うことなく進んでいく。
茶色の髪と目が、すうっと紫に戻っていった。
魔人の姿に戻ったレンティルは、ついにダンジョンの奥に辿り着く。
「帰ったか、レンティル」
自分と同じ紫髪の少年が振り向いた。
彼はこのダンジョンの主人、ソーハだ。
幼いながらに強力な力を秘めた彼は、多くの同胞から、人間を滅ぼす強い魔人になることを望まれている。
けれど。
「ほら、レンティル」
ソーハは自信満々にお皿を出してきた。
そのお皿には、こんがりと焼けたつくね焼きが乗っている。緑の葉を添えて、アクセントもばっちりだ。
「もやしとひき肉のつくね焼きだ。今日、豆太郎と一緒に作ったんだ」
豆太郎というのは、先日ソーハが異世界から召喚した人間のことだ。
そう、魔人の敵である人間である。
その人間と彼は「もやし」という奇妙な野菜を通じて話すようになり、いつの間にか仲良くなっていた。一緒に料理を作るほどに。
ソーハは得意げにふんぞり返る。
「お前にはいつも世話になっているからな。たまには俺の手ずから料理を振る舞ってやろう」
レンティルの気配を感じて温め直したであろうつくね焼きは、ほんわかと湯気を漂わせていた。
レンティルはまじまじとつくね焼きを見つめる。
人を憎めと言われ続けてきた少年が、自分で考え、悩み、人と手を取り合っている。魔人にはあるまじき行為だ。
けれど、レンティルは嬉しかった。
「光栄です。いただきますね」
レンティルは顔をほころばせ、つくね焼きを齧る。
練り込まれた香辛料が鼻腔をくすぐった。もやしがふんだんに使われており、とても食べ応えがある料理だ。
「ど、どうだ?」
ソーハが自分を見上げて、心配そうに感想を聞いてきた。
レンティルはしっかりと味わって、そして色んな気持ちを込めてこう言った。
「幸せです」
レンティルには夢がある。
ソーハが誰も憎むことなく、人と手を取り合い、幸せに生きてほしいという夢が。
それは魔人として願ってはいけない夢だった。
叶うことはない夢だと思っていた。
けれど、もしかしたら。
今自分は、その夢を掴みかけているのかもしれないとレンティルは思った。
もやしを食べれば美味くいく、完結しました!
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これを読んでもやしを食べたくなったら幸いです。
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